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ボタンを掛け違うトゥヘル。波に乗れないドルトムントで、チームに埋没する香川の現状

清水英斗サッカーライター
CLスポルティング戦に出場した香川真司(写真:アフロ)

どんなに仕立ての良い服でも、最後に一箇所、ボタンを掛け違えたら台無しだ。計算し尽くされたシルエットが意味をなさなくなる。

良いアイデアがあり、良い仕事をしても、わずかなボタンの掛け違いのために、パフォーマンスが台無しになることは往々にしてある。

ドルトムントのトーマス・トゥヘル監督は、一流の仕立て屋だろう。その日、その環境、その対戦相手に合わせ、日替わりのシステムと戦術を用意する。また、試合中にも細かく配置をいじり、状況にフィットさせる積極的な采配でも知られている。

しかし、このトゥヘルを『下手ないじり屋』と見る向きも少なくない。ドルトムントは直近のリーグ戦で3試合勝利がなく、懐疑的な目が向けられても無理はない。王者バイエルン・ミュンヘンが度々勝ち点3を取りこぼしているのに、昨シーズン2位のドルトムントがそれを追いかけられない現状は、歯がゆいものだ。

もちろん、システムや戦術をいじること自体は悪ではない。固定して戦っても、負ければ、それはそれで理由を付けて批判される。勝負の世界とはそんなものだ。

ただし、トゥヘルのいじり方に、ボタンの掛け違いがあるのは間違いない。

たとえば、ブンデスリーガ第6節レヴァークーゼン戦では、攻守の可変システムを用意した。守備時は4-3-3の基本システムを敷きつつ、攻撃時には左サイドバックのラファエル・ゲレイロがボランチへ移る。このとき最後尾は、ソクラテス・パパスタソプーロス、マティアス・ギンター、ウカシュ・ピシュチェクの3バックでビルドアップを開始し、その前には、ユリアン・ヴァイグルとゲレイロのダブルボランチを置く。つまり、3-2-4-1に変形し、攻撃をスタートした。

普段は2人のセンターバックと、その前にヴァイグル1人が立つ形なので、それに比べると、ずいぶんお尻が重たい。なぜ、このような配置にしたのか? その鍵は、相手チームが握る。

レヴァークーゼンの守備は4-4-2を基本とし、激しいプレッシングと鋭いカウンターが持ち味だ。彼らにとって、相手が足下でつなぐポゼッションは、ボールを刈り取る絶好の獲物に他ならない。

そのリスクを抑えるために、トゥヘルは3バックとダブルボランチの計5枚でビルドアップの開始地点に厚みを出し、ボールを安定的に保持した。また、カウンターを食らう場面でも、この後ろの厚みが対策として機能する。攻守両面から、ゲームに落ち着きをもたらす工夫だった。

理にかなっている。開幕から調子が上がらなかったとはいえ、レヴァークーゼンは強豪だ。トゥヘルが相手をリスペクトする戦術にチューニングしたのは、何ら不思議ではない。

もっとも、ドルトムントは3バックが中央に寄りすぎていたので、相手2トップを左右に振り回せず、あまりビルドアップが効果的ではなかった。しかし、中寄りのポジショニングも、カウンターを警戒するが故だろう。トゥヘルのゲーム戦略は、よく理解できるものだった。

セットプレーでプランを壊され、修正に次ぐ修正へ

ところが、前半10分、望まない大雨に振られた。最大警戒していたカウンターではなく、コーナーキックから、あっさりと失点してしまったのだ。ここ数試合、ドルトムントはセットプレーでゲームプランを壊されるケースが多発している。

状況が変わった。試合を落ち着かせるリスクマネージメントよりも、点を取り返すことを重視しなければならない。『いじり屋』トゥヘルは、すぐに攻撃時の可変システムを捨て、4-3-3に戻した。

しかし、この形は、中盤の底でヴァイグルが厳しくプレスを受けて孤立すると、うまくビルドアップできない。トゥヘルは、右インサイドMFのセバスティアン・ローデに、ヴァイグルの横、つまり相手2トップの脇のスペースに下がり、ボールを引き出すように指示したが、この選手は守備のハードワーカーだ。技巧的な要求をうまくこなせない。

後半にマルセル・シュメルツァーを左サイドバックに投入し、ゲレイロを左インサイドMFに移すと、このポルトガル代表がヴァイグルの左横に下がってボールを受け取り、ビルドアップがスムーズになった。しかし、逆の右サイド、ローデの側は、やはり同じようにはいかない。

そして、0-1のまま迎えた後半26分、リスクをさらに追うべき時間帯になると、トゥヘルはローデに代えて香川真司を投入。香川は、上記の問題をうまくクリアしてボールを運んだ。

ところが、結果的には香川が機能して、攻撃を仕上げたことで、ドルトムントは攻め込んだ後ろのスペースを突かれ、ロングカウンターから0-2と決定的なゴールを挙げられてしまう。

トゥヘルの修正が、後手、後手に回る試合。レヴァークーゼンの術中だった。

特に、明らかな采配の間違いと指摘できるのは、ハーフタイムにクリスチャン・プリシッチに代えて右ウイングへ投入した、19歳のドリブラー、エムレ・モルだ。

ドルトムントは両翼からドリブラーに仕掛けさせ、4-4-2でコンパクトに守るレヴァークーゼンの両サイドに問題を引き起こそうとした。そのねらいは良いが、左利きのエムレ・モルは、右サイドに入ると、ボールを持つたびに、中へ、中へ進んでしまう。わざわざコンパクトな狭いほうへ突き進み、囲まれ、潰され続けた。効果的ではない起用だった。

トゥヘルの采配は、戦術的で、理にかなっている。しかし、たくさんの采配を一つずつ紐解くと、このような細部には、ボタンの掛け違いが見られる。

セットプレーでゲームプランを壊される脆弱性は、負傷者続出の現状があり、監督だけの問題とは言えない。また、香川投入でギアを上げて食らったカウンターも、試合展開でリスクを受け入れた以上、やむを得ないものだ。

しかし、エムレ・モルの間違った投入や、ローデに対する要求のノッキングなどは、トゥヘルの采配に疑問符が付く。

それは多彩な要求に対応できない選手たちに問題があるのか、あるいは、20歳前後の若い選手をあっちこっちといじりすぎる、トゥヘル自身に問題があるのか。

さらにシーズン序盤で、新戦力の見極めが済んでいないのも一因だろう。いずれにせよ、なかなか戦略通りに試合が進まない、ドルトムントの近況だ。

難しいチーム情勢に埋没する香川

そんなわけでチーム情勢は芳しくないが、香川は、トゥヘルの要求によく応えているのではないか。

サイドのドリブラーを生かす現在のドルトムントの主要スタイルにおいて、中央のMFは黒子である。最終ラインからボールを受け取り、運び、サイドへ展開する。中盤のリンクマンだ。香川はこのような役目を、コツコツとやり続けている。

昨シーズンもそうだった。マルコ・ロイス、ヘンリク・ムヒタリアンといった個で打開できるアタッカーに、いかにボールを届けるか。今シーズンは、個のアタッカーがデンベレやシュールレらに置き換わっただけで、香川のやることは変わっていない。すでにセカンドアタッカーの香川の姿はなく、すっかりMFだ。

しかし、チームそのものが厳しい状況では、チームプレーに徹する香川の評価は高まらない。波に乗れないチームで、香川が埋没している。一方、ゲレイロやカストロといった同ポジションのライバルは、中盤のリンクマンをこなしつつ、自らも決定的な仕事に関わるため、相対的に香川には物足りなさが残ってしまう。

29日のシャルケ戦では、チームと香川に、何かの兆しは見られるだろうか。ルールダービーに強い香川に、期待したいところだ。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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