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「報道ステーション」は大丈夫なのか? 4月24日の岡本行夫氏出演めぐる意味

篠田博之月刊『創』編集長

これまでずっとテレビ朝日の「報道ステーション」を見て来た人は、4月24日の放送内容にビックリしたに違いない。元首相補佐官の岡本行夫氏がゲストコメンテーターだったのだが、安倍政権が進める安保法制化に関するニュースについて、とうとうと集団的自衛権容認論をぶちあげたのだ。

強調したのは2つの点だ。一つは集団的自衛権に基づく自衛隊の参戦について「他国のために」という見方は誤りで、それは日本を守ることにもなるのだという指摘。そしてもうひとつは集団的自衛権について「戦争巻き込まれ」論を述べる人がいるがこれも間違いで、集団的自衛権こそが武力攻撃に対する抑止になるのだという指摘だ。

ふたつとも集団的自衛権行使容認論の人がこれまでも主張してきたことだが、「報道ステーション」はそういう主張にはこれまで批判的だった。古賀茂明氏が3月27日の番組で、「報ステ」は政権に批判的だったプロデューサーを更迭し、安倍政権寄りに路線を変えつつあると暴露したのだが、今回の放送を見る限り、それが実証されたように見える。たぶん以前なら、4月24日のような安保法制化の重要局面ではコメンテーターに古賀氏が呼ばれていたと思うのだが、今回は180度意見の違う岡本氏が呼ばれたわけだ。

今回の事態については、同番組関係者の間でも話題になっているようだ。というのも、岡本氏の起用をめぐっては『週刊文春』4月9日号が報じているが、実は昨年、ひとつの騒動があったからだ。昨年12月12日の番組で総選挙をめぐるニュースについての岡本氏のコメントが安倍政権を擁護するものだとして、当時のMプロデューサーが番組終了後の反省会で「あんな政権擁護をする人を出してしまったのはミスだった」と述べ、「万死に値する」というメールをスタッフらに送ったというのだ。実際に岡本氏のコメンテーター依頼はその後途絶えていた。

ところがテレビ朝日ではその12月、それまで政権に批判的な番組を作ってきたMプロデューサーを異動させるという内示が出される。直接のきっかけは昨年9月10日に放送された川内原発に関する報道が編集上の誤りを指摘され、BPOで「放送倫理に違反する」とされたことだった。この件でプロデューサーらは減給処分を受けたのだが、実はこの時、異例なことにBPOへの申し立てを行ったのは局自身だった。誤りをただすのは当然のことだとはいえ、番組関係者の間でも上層部が何を考えているのかといぶかる声があがった。つまり上層部は、Mプロデューサーの脱原発・安倍政権批判という路線を修正しようとしているのではないかという危惧の念が囁かれるようになったのだった。

さらに4月10日発売の『文藝春秋』5月号の上杉隆氏のレポートで、昨年11月26日には自民党から番組プロデューサーに文書が送られていたことも暴かれた。昨年秋以降、テレビ朝日は様々な形で政権から揺さぶりを受けていたのだ。そうした政権の意向を斟酌して、テレビ朝日上層部がMプロデューサーをはずすという人事を行ったのではないか、というのが、先の古賀氏の告発だった。

その古賀氏の告発事件をめぐって『週刊文春』が明らかにしたのが、Mプロデューサーが岡本氏のコメンテーター起用について「万死に値する」と言っていたという出来事だった。そうした経緯があったうえで、敢えて今回岡本氏を起用したというのは、局としてのある種の意向を示したと考えるのが普通だろう。「報道ステーション」をめぐって政権の意向を斟酌した自主規制が推進されているという、この間、古賀氏が告発し、『文藝春秋』5月号で上杉氏が指摘していたことを局自らが認めてしまったことを意味するのではないか。

しかもそれがよりによって、4月17日に自民党が古賀発言を問題にしてテレビ朝日幹部を呼びつけ、事情聴取を行うという報道機関への介入を行った直後に行われたということの意味は大きい。もしかすると岡本氏の出演依頼は、その17日の自民党の介入の前に決まっていたのかもしれない。というのは、「このタイミングにあわせて敢えて舵を切るほど今のプロデューサーは度胸のいいタイプではない」という関係者の声もあるからだ。

しかし、たとえそうだとしてもこの局面での岡本氏の起用は、自民党の意向に今後は従いますという白旗メッセージを発したと思われても仕方がないだろう。岡本氏が安保法制にどんな意見を述べようとそれ自体は自由だが、このタイミングで番組に登場し、安倍政権擁護の発言を行うというのは、その1週間前の自民党の政治的介入と絡めてある種の政治的意味を持ってしまうことぐらい誰でもわかるだろう。

そもそも自民党に呼び出されたことに対しても、百歩譲ってそれに応じたのはやむをえなかったとしても、権力が番組に介入することに苦言を呈するくらいのことはすべきだった。新聞は産経新聞や読売新聞のような保守系だって、一応は政治介入に批判的な社説を載せるくらいのことはやったのだが、テレ朝はそれさえもしなかった。

このままで本当に「報道ステーション」は大丈夫なのだろうか。Mプロデューサーを形式上は経済部長へと栄転させる形をとりながら実は現場をはずしたというのは、ほぼ明らかだが、前出の『文藝春秋』上杉レポートを読むと、今年に入って同番組では明らかに安倍政権の意向を気にして自主規制する空気が広がりつつあったという。ちなみにこの上杉レポートは番組に関する内部資料がふんだんに使われており、番組が自主規制を強めることに危機感を抱いている番組関係者が協力していると考えるのが普通だろう。そう危惧していたのは古賀氏だけではないのだ。

さて、同じように気になるのはテレ朝だけでなく、本日4月27日の朝日新聞の紙面にも驚いた。この春新設されたパブリックエディターに就任した3人の識者が所信表明をしているのだが、元NHKキャスターの高島肇久氏が仰天のコメントをしている。沖縄問題について米軍の辺野古移設に賛成だと公言しているのだ。

別に高島氏が個人的意見として辺野古移設賛成を唱えること自体は何の問題もない。問題は、そう公言する人を紙面を監視する「読者代表」に据える朝日新聞社の見識だ。今これだけ世論が割れている問題について政権支持を打ち出した人を「読者代表」として朝日新聞の紙面チェックを行う任につけたというのだ。いったい何を考えているのかと思わざるをえない。

昨年、保守派から猛烈なバッシングを受けた朝日新聞社はそれを斟酌して、慰安婦問題の第三者委員会に保守派の岡本行夫氏を入れたり、パブリックエディターに高島氏を据えたりしていると思われる。だいたい「報道と人権」委員会やら「紙面審議会」やらと外部から紙面をチェックする機関が既に幾つもあるのに、さらにそのうえパブリックエディターを置く必要があるのだろうか。「再生」をやたら強調している朝日新聞社だが、その「再生」の方向性がさっぱり見えないと、同社の現場でも囁かれている現実を上層部は認識しているのだろうか。

これまで長きにわたって朝日新聞グループが日本の言論報道界のリベラル派の代表だったのは論をまたない。しかし、この間の動向を見ていると、上層部が自信を失って迷走し始めたように見えて、本当にこれから大丈夫なのかと心配にならざるをえないのだ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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