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総合週刊誌トップ『週刊文春』編集長はなぜ突然、現場をはずされたのか

篠田博之月刊『創』編集長
「週刊文春」10月8日号とカラーグラビア春画

この何年か、スクープを連発してきた総合週刊誌トップ『週刊文春』の新谷学編集長が突如、3カ月間現場をはずされる事態に至り、話題になっている。いったい何が起きたのか。

この事態を招いた原因は、10月1日に発売された『週刊文春』10月8日号に掲載された「春画」の特集だった。細川護煕元首相らの音頭取りで開催された日本初の本格的春画展が大賑わいだという話を「空前のブーム到来!」とぶちあげて特集記事と巻末のグラビアで大きく取り上げた。同誌によると「若い女性を中心に人気を博して」いるというのだ。

記事に登場した専門家の解説によると、春画は江戸時代、豪商の妻などを顧客にしていたこともあって、女性の性を謳歌した表現が多く、女性差別的でないのが特徴。いわゆるポルノとは違い、それが再評価されている一因だという。

「春画」ブームについては、月刊『文藝春秋』でも取り上げており、文藝春秋として応援しようという意図なのだろう。それは良かったのだが、問題になったのは『週刊文春』がカラーグラビアに掲載した春画だった。同誌は特集にあわせて春画そのものを掲載したのだが、それが文藝春秋社長ら上層部に問題視されたのだった。8日に松井清人社長と担当役員の木俣正剛取締役が直接、現場編集者らに説明を行い、新谷編集長を3カ月間、「休養」させることを表明した。

問題とされたのは、タコが全裸の女性にからまっている有名な葛飾北斎の作品と、歌川国貞の作品。特に、男女の結合部分が強調された後者の春画が、そのまま掲載するのは行き過ぎと判断されたようだ。『週刊文春』はこれまで「家に持って帰れる週刊誌」をモットーに、ヘアヌードなどの掲載を避けてきたのに、その長年培ってきた編集方針を損ねたということらしい。

この措置はその日のうちに業界で話題になり、新聞各紙の取材を受けて文藝春秋が広報部を通じてコメントを出すという、ちょっとした騒動になった。コメント全文はこれだ。

《『週刊文春』10月8日号(10月1日発売)に掲載した春画に関するグラビア記事について

編集上の配慮を欠いた点があり、読者の皆様の信頼を裏切ることになったと判断いたしました。

週刊文春編集長には3か月の間休養し、読者の視線に立って週刊文春を見直し、今後の編集に活かしてもらうことといたしました。   株式会社文藝春秋》

会社としては敢えて「処分」という表現を使わず「休養」としたのだが、マスコミの報道では「『休養』処分」などと報じられた。

新谷編集長率いる『週刊文春』がスクープを連発し健闘していることは上層部も評価しているから、今回の措置は敢えて喝を入れる目的で、3カ月後には復帰させる意図で、代わりの編集長を置かず、木俣取締役が兼務するという形にした。ただ、この措置が思わぬ騒動となったことで、業界では本当に3カ後に戻せるのだろうかと指摘する声もある。

そもそも春画の掲載については、ブームを伝える意図で、この間、『週刊ポスト』など他誌も掲載してきたため、私も10月8日号を見た時、そんなに問題とは思わなかった。確かに言われてみれば、『週刊文春』にしては大胆だという気もしないではない。だから上層部が現場に注意を喚起するのは理解できる。ただ、3カ月間、編集長をはずすという措置は、いささか厳しすぎる気もする。

このへんはまあ考え方の問題だから外部からとやかく言うべきことではない。ただ、少し心配なのは、週刊誌市場全体が部数減に見舞われ、へたをすると失速してしまう要因が多いなかで、今回の躓きが『週刊文春』の勢いをそぐことにならなければよいが、ということだ。同誌では新谷編集長の就任後、若い記者のやる気をうまく引き出す采配が成功し、それが数々のスクープにつながってきたからだ。

私個人の感想を言えば、性表現の多少の行き過ぎよりも、最近の武藤貴也議員のゲイ騒動のほうが問題であるような気がする。武藤議員の官邸前抗議行動の学生への発言や、最初は脱原発だったのが自民党から出馬を決めたとたんに原発推進に転じたとかいう話はとんでもないことで、ここまでひどい政治家は批判されてしかるべきだと当初『週刊文春』の追及には拍手を送っていたのだが、それが次第に武藤議員の性的嗜好性をめぐる話ばかりになって、「おいおい」と思うようになった。どう見ても、性的少数者に対する差別意識に乗っかった形での攻撃だ。

春画の問題について感想を書いておけば、『週刊文春』に女性読者が多いことは編集部では常々意識して誌面を作っていることがうかがえるし、掲載した春画もいかにも女性の性の奔放さを強調した絵だ。そこを強調して思い切って掲載したものがトップからダメ出しを喰らってしまったわけだが、たぶんそれは性表現についての受け止め方の違いに負うのだろうと思う。ここは思い切って、『週刊文春』がいつもやっているモニターアンケートで、掲載した春画が不快かそうでないか、読者の意見を聞いてはどうだろうか。行き過ぎという意見の方が多い気はするが、どんな比率になるか。

とはいっても上層部からの喝が入った今となっては、そんな余裕は望むべくもないのだろうが。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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