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NHK籾井会長再任にNO!の声。次期会長めぐり今何が進行しつつあるのか

篠田博之月刊『創』編集長
10月4日に開かれた集会

2016年10月4日、衆議院議員会館で「籾井会長NO!取り戻せNHKを視聴者の手に!」という集会が開かれた。主催したのは「NHK全国退職者有志」。何千人にも及ぶNHKのOB・OGが署名を集め、籾井会長退任を求めて運動を続けているのだ。間もなく任期切れを迎える籾井会長が再任するのか退任するのかは年内に決まる(次期会長正式就任は1月)。本人はたぶん再任を望んでいると思うが、この人のトンデモぶりには、産みの親というべき安倍政権も手を焼いていると言われ、遠くない時期に何らかの判断がくだされることになる。

「政府が右というものを左というわけにはいかない」「原発報道は公式発表をベースに」などの暴言を始め、NHK史上最も会長にふさわしくない会長と言われる籾井氏だが、意にそわぬ幹部を更迭するなど、支配固めは着々と行ってきた。まっとうな意見を述べる職員は飛ばされるという恐怖政治があと何年か続けばNHKは取り返しのつかない状況に至ると言われている。こういう人がなぜ会長を続けることになり、これが何を意味しているかについては、これを機会によく考えてみる必要があるように思う。

4日の集会で面白かったのは、元NHKの経営委員だった国立音大名誉教授の小林緑さんの発言だ。経営委員会というのはNHK会長を選任する権限を持つ組織だが、その日のメイン講師の上村達男さんも元経営委員会委員長代行という要職にあった。元経営委員会委員がこういう集会で活発に発言するというのも異例のことだ。

その小林緑さんが何を発言したかというと、経営委員というのが実際どんなふうに決められ、実態はどんなふうかという話だ。

「私は2001年から2007年まで経営委員を務めたのですが、これがどんなふうにして選ばれたかというと、ある日突然、総務省から電話があったんです。NHKの経営委委員をお願いしたいというので驚いて、いったいどうして私に依頼することになったのか聞いてみたんです。そしたら50~60代の女性で文系の大学教授をしているということで選んだというのです。肩書きだけで選んでいるわけですね」

「その経営委員を私は6年間も務めたのですが、やっている活動に比して高額な報酬なんです。私はそのことにずっと後ろめたさを感じていました」

高額報酬というのがどのくらいかと思って調べると、ありました。下記サイトに。

http://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/about/pay.html

何と1年間に約500万円ももらえるのですね。経営委員会というのは、世間でほとんど知られておらず、何をやっているのかわからない「お飾り」と言われてきたのだが、報酬が年間500万円というのは、確かに高額かもしれない。

籾井氏をNHK会長に選んだのはその経営委員会なのだが、実際はあらかじめ政府によってお膳立てがなされ、委員会は事実上それを追認するだけとも言われる。籾井会長選任の時に実際どうだったのかは、以前、上村さんが『創』で語った話を紹介しよう。

《上村 驚いたのは、経営委員会が選任の会議をやるその日の朝刊で、読売新聞がもう籾井さんに決まったかのような記事を一面トップに載せていたことです。

あの日は、私は前の日にホテルに泊まっていました。そして翌朝の読売の朝刊を見たら、これから選考をやろうというのに「籾井会長、確定」ですからね(笑)。いつもNHKを担当している読売の記者ではなく、政治部の動きだったようですが。

選任手続きというのは、封筒の中に推薦者の名前を書いて、その場で初めてはさみで開けてそこで開くんですから、我々の中では予断も何もないです。事務局に預けた4通をその場で開いて、その場で見るんですから、もちろん推薦した本人は知ってますけど、他の人は何も知らないわけです。

――そうやって記事として出してしまうということは、反対されることはないだろうと踏んでいたということですよね?

上村 それもあると思いますが、あとは「流れはこうなってるんだぞ」ということを示すということですよね。最初から籾井さんを推薦するつもりだった方は初めて聞いた話ではなかったのかもしれませんが、分かりません。

――つまり、経営委員会を含めた成り行きをちゃんと予測できていた人がいたということですね。

上村 もちろん、そうだと思います。》(『創』2015年8月号)

怖い話だ。ちなみに上村さんは、籾井会長の存在自体が放送違反だと批判している人で、『NHKはなぜ、反知性主義にのっとられたのか』(東洋経済新報社)という著書もある。

籾井会長が安倍政権の意向を受けて選ばれたのは明らかだが、ここで見ておくべきは、同政権が当時、かなり戦略的な動きをしていたことだ。

上村さんの話にあった籾井会長を選任した経営委員会は2013年12月13日に開かれているのだが、実はその直前、11月に百田尚樹氏や長谷川三千子氏ら安倍首相に近い人物が4人、経営委員会に送り込まれていた。経営委員会は12人で構成され、会長任命には9人の同意が必要とされている。つまり4人の拒否権というのは経営委員会にとって大きな意味を持つ。安倍政権はまず経営委員会に一定の影響力を行使できる人物を送りこんで地ならしを行っていたわけだ。

ついでに言えば、籾井会長が就任した2014年は、リベラル派の牙城とされてきた朝日新聞社への激しいバッシングが行われた年でもある。NHKや朝日新聞といった戦後の言論報道界をリードしてきたメディアにこの年、次々と楔が打ち込まれていったのだ。

12月にも決まると言われるNHK次期会長をめぐって今、水面下でどんな動きが繰り広げられているのか。ヒントとなる動きはこの間、いろいろある。経営委員会に次期会長を選ぶための「会長指名部会」が発足したのは7月26日だが、実はその前、6月28日の経営委員会で、JR九州相談役の石原進氏が新たに経営委員長に就任している。元々安倍政権に近いと言われる人で、3年前に籾井会長を推薦したのもこの人だ。次期会長を誰にするかの本格的検討に入る直前のこの人事で、籾井会長をどうするにせよ、安倍政権の意向が今後も経営委員会に反映されることは確実になった。石原委員長がどういう経緯で選ばれたかについては、朝日新聞のこの記事が詳しい。

http://digital.asahi.com/articles/ASJ6X5V90J6XUCLV00T.html

このところのNHK会長をめぐる動きについては、朝日新聞がよくフォローしている。安倍政権が次期会長についてどう考えているかについては、同紙の川本祐司さんが7月21日にWEB RONZAに書いたこの記事が参考になる。

http://webronza.asahi.com/national/articles/2016071500008.html

骨子となる部分を引用しておくと、こうだ。

《 さまざまな思惑が交錯するなか、籾井会長の後任候補の名前が飛び交い始めた。籾井会長の実現に動いた安倍政権としても、失言を重ねた籾井会長は不安要因だった面がある。任期途中で辞任すれば、会長の任免権をもつ経営委員を任命した首相の責任を問われかねなかった。しかし、1期3年を満了すればそうした声はあがらない。

様々な観測が早くも流れている。NHK関係者は「官邸と太いパイプをもつ板野裕爾NHKエンタープライズ社長(62)が、籾井会長の後任に選ばれる可能性がある」と指摘する。板野氏は4月に専務理事を退任するまで放送総局長であり、「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターを降板させる路線を主導した、と見られている。》

どちらに転んでも安倍政権の意向が反映されることは間違いないと言われるところがちょっと絶望的なのだが、10月4日の集会では、次期会長候補として、先に都知事選に敗れた増田寛也元総務相の名前も一部で取りざたされていることも紹介された。

さてここでNHKの経営委員会が公共放送NHKとどんな関係にあるかについても少し言及しておこう。

私は、2007年から2011年にかけて「NHK受信料督促裁判を考える」という『創』の特設ブログを立ち上げ、受信料拒否裁判をフォローしてきた。当時、NHKの不祥事を背景に受信料拒否の動きが拡大し、それに危機感を持ったNHKは、法的督促という手段に打って出た。つまり、支払い拒否を続ける人のところに突然裁判所から通知が送られ、このままだとあなたは裁判の被告になります、と告げられるという、いわば脅しのような手法をNHKが本格化させたのだ。実際、そういう脅しに逆に反発して裁判にまで持ち込まれるケースが頻発し、東京では弁護士の梓澤和幸さんを団長に弁護団が結成されて、受信料制度をめぐる本格的な論戦が法廷で展開された。その一連の経緯は、このブログに裁判資料なども含めて公開されている。

http://www.tsukuru.co.jp/nhk_blog/archives.html

当時はこのブログを見て、各地で受信料裁判を闘っている人から次々と連絡が入った。そういう人たちの情報を共有しようという目的でこのブログが使われたのだった。

で、この裁判に関わる過程で、私も弁護団の勉強会に参加し、公共放送とは何なのか、受信料とは何なのかといったことを学ぶ機会を得た。

公共放送のあり方を規定した放送法は、戦後、憲法や教育基本法と並んで、戦争に対する反省のうえに日本の民主化を進めようという流れから生まれ。マスメディアが戦争推進の一翼をになったことへの反省に立って、権力からの独立性をどう保つかという趣旨で制定されたのが放送法だった。ところが、昨今では先の高市総務相発言のように、放送法が権力のメディア介入の論拠に持ち出されるという事態になっているわけだ。考えてみれば、ほとんどブラックジョークの世界だ。

ともあれその放送法の枠組みの中で、視聴者が公共放送を支えるための重要な機関として作られたのが経営委員会だった。つまり視聴者各層から選ばれた委員が、会長の任命罷免を含め、NHK経営についての権限を行使する組織としてできたものというのだ。公共放送というのは、権力から独立を保ち、視聴者市民がその言論報道を支えるという仕組みだというわけだ。

ところが戦後、実際にはその機能が形骸化し、経営委員会は市民に存在さえもよく知られない機関になってしまった。そしてこれもブラックジョークだが、そのシステムを本来と逆の方向に活用したのが安倍政権だったというわけだ。

経営委員会が本来の機能を果たしているなら、「政府が右と言うものを~」などと発言している籾井会長は放送法の理念に明らかに反しているのだから、早い時期に罷免されるべきだった。ところが、実際は全くそうはなっていない。これは明らかに籾井会長の背後に安倍政権の影があったためだろう。

ついでに書いておくと、籾井会長はこの間、受信料不払いを減らして業績をあげていることを称揚して再任を狙っていると言われるが、その受信料不払いをなくすために使われた方法が、前述した法的督促だ。実際この措置は威力を発揮し、督促を受けた時点で滞納額を払いという人があとを絶たないらしい。それによって確かに不払いが減って行ったのだ。

前述したように私は当時、その受信料拒否裁判をずっと傍聴していたのだが、いつも疑問に感じていたのは、本来ならその法廷で、NHK側が「公共放送の理念」をアピールして、それを機に国民に受信料制度への理解を広げるべき機会なのに、ほとんどそれがなされなかった。むしろ、受信料とは何か、公共放送とは戦後どういう理念で作られたのか訴えていたのは、支払い拒否側の弁護団だった。弁護団は、公共放送というのが本来はどういう趣旨のもので、今のNHKがその理念からどんなに離れているか訴え続けたのだった。

このへんのねじれも、経営委員会が形骸化していった現実と関わっているといえる。籾井会長はある意味で「公共放送とは何なのか」を反面教師として浮き彫りにしている存在で、籾井会長批判の中で、もっとその議論がなされるべきだと思う。

いずれにせよ、12月には決すると言われるNHK次期会長の行方が、メディア界、ひいては言論報道をめぐって大きな意味を持つことは間違いない。NHK退職者の会や市民グループも先日の集会を機に独自の「次期会長候補推薦委員会」を立ち上げ、次期会長について要望を出して行く方針だという。

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10月4日の集会会場に掲げられた「籾井会長NO!取り戻せNHKを視聴者の手に!」の横断幕には、籾井会長と安倍首相の顔をつなげたコラージュが描かれていた。籾井会長の問題が安倍政権のメディア支配の動きと関わっているのは確かだが、この問題、水面下の動きを含めて注視していく必要があると思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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