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テレビ局の2018年度採用が既に始動している現実を学生達は理解しているのだろうか

篠田博之月刊『創』編集長

ちょうど1年前近く前にもこのブログで、就職戦線のあり方について疑問を呈したが、来る2018年度採用において、その傾向がますます強まっているので再度書いておこうと思う。経団連のガイドラインと現実が乖離しており、それがきちんと学生たちに説明されていないのではないかという問題だ。しかも、そのガイドラインと乖離しているひとつがほかならぬマスコミ業界だから、この話はなかなかマスコミでは報道されない。

私はもう30年以上にわたって『マスコミ就職読本』という本を編集しており、マスコミに関する限り長期にわたって就職戦線の現実を見てきた。そのなかでこの1~2年、大きな疑問を感じるのがこの問題だ。

2年前に経団連のガイドラインが設定された後、マスコミはその運用について一斉に報道し、一部IT業界ではガイドラインが守られていないなどと書いていたのだが、何のことはない。マスコミ自身もそれに従っていない現実についてはスルーしているのだ。この2年ほどガイドラインをめぐる報道で、マスコミ業界に言及したものはほとんどなかったと言ってよい。

ただ、断っておくが、ガイドラインはあくまでもガイドラインで、別に守らなくても罰せられるというものではない。しかもマスコミはほとんどの企業が経団連に加盟していないから遵守義務もない。3月募集開始6月選考という2018年度のガイドラインも、それに従う義務はないわけだ。

だから堂々とその前から募集を始めても何の問題もない。でも現実には、そうはいってもあまり目立つのは困るということなのか、2月に試験を行っているテレビ局は、受験者にあまり口外しないようにという指示を行っていたりする。

この1~2年、大手のテレビ局は選考日程や応募者数などのデータをほとんど公開しなくなったのだが、それも上記のような事情と関わっているのだろう。特にアナウンサー試験など、いったいどの時期にどんな選考を行って採用を決めているのかほとんどわからない状態になっている。

大きな問題は、そういう実情を、大学のキャリアセンターなどが学生にきちんと説明しているかどうかだ。昨年度も気になったのだが、マスコミがこんなに早く採用活動を行っていることを知らない学生が結構いる。学生たちの大半が加入しているマイナビ、リクナビはガイドライン遵守で3月1日以前には募集情報を流さないことにしているから、情報をもっぱらそこに頼っている大学や学生は極端に言うとそれ以前の採用情報を把握できないということになる。

さらに今年というか2018年度採用について驚いたのは、テレビ局の大手、キー局と在阪キー局の多くが、ガイドラインにとらわれずに募集に踏み切りつつあることだ。日本テレビが2月に選考を行っていたのは2年前からだが、2018年度はさらにテレビ朝日が12月初めから総合職の募集に踏み切り、年内に締め切ってしまうという驚くべき動きをした。民放のアナウンサーについてはかなり前から、早い時期にセミナーやインターンシップで事実上の選考を行っていることが知られているのだが、今回特筆すべきは、アナウンサー以外の総合職でも多くの局が早期募集に踏み切ったことだ。それもテレ朝のエントリーの締切が何と12月19日。これではたぶん「知らないうちに終わっていた」という学生が少なくなかったのではないだろうか。

続いて日本テレビも12月16日に募集開始。大体例年通りの展開だ。恐らく選考も例年通り2月になるのではないだろうか。

そして異例だったのは、TBSが12月から募集に踏み切ったことだ。2017年度はガイドラインに沿って3月に募集を行っていたから、2カ月も動きが早まったことになる。その結果、日本テレビ、テレビ朝日、TBSがガイドラインにとらわれずに動き出すことになった。

さらに注目すべきは、キー局以外にもこの動きが広がっていることだ。在阪キー局も、読売テレビ、朝日放送などが次々と12月からエントリーに踏み切った。これらを見ると、大手のテレビ局においては3月から募集どころか、3月前に決着がついてしまう恐れがある。もちろん地方局はもう少し遅いので、会社数からいえば動き出している会社の方が少数なのだが、第1志望にする学生が多い大手のキー局や準キー局がそうだとあっては、志望者は気が気ではないだろう。

数少ない経団連加盟マスコミであるフジテレビが前年まではガイドライン遵守だったのだが、これだけ他の民放キー局が動き出せば黙って見てはいられないだろう。それはNHKも同じで、何らかの対応策をとるのは必至といえる。恐らく年明けに設定しているインターンシップなどを通じて志望者に接触することになるだろう。

NHKの場合、最終内定はあくまでも正規試験を経た6月になるが、以前、就職協定があった時代に同じような状況になった際には、民放に内定を得た学生がNHK受験をやめてしまうことのないよう、かなり密に接触をしていた。なかには毎晩のように人事部から電話がかかってきたという学生もいた。筆記試験はやらないが、接触をはかって事実上の面接を行うことは可能だし、内々定に近い感触を得ていたという学生もいた。

いずれにせよ2018年度マスコミ採用戦線は、実質的に前年より1~2カ月早まるのではと言われている。問題は前述したように、そういう実態であることがきちんと志望学生たちに理解されているかということだ。マスコミ志望者が多い大学では、情報は入ってくるだろうが、そうでない大学では知らない学生が多い可能性がある。

こうしたチグハグさが就職戦線につきまとうのは、恐らく人材獲得をどういうルールでどう行っていくかというきちんとした方針なりポリシーが確立していないからだ。2年前に経団連のガイドラインが導入され、しかもそれが前年まで年末だった募集開始をいきなり8月まで遅らせるという乱暴なものだったから、ブーイングが一気に噴出したのだが、それに対して経団連の一部からは、それを主導したのは経団連でなく官邸だったという指摘もなされた。恐らく政府の上層部で図面が描かれ、民間主導の形をとるために経団連がガイドラインを発表という形になったのだろう。しかも、どうも採用の現場をあまりよく理解していない者が描いた図面だったようで、採用現場は相当に混乱した。

採用の現場というのは、長い間の熾烈な競争により、ある種のルールができあがっている。例えば試験日程が大手から中小へと移っていくのは、中小の会社が先に内定を出しても、優秀な学生ほどその後に大手を受けてそちらに決めてしまうから内定辞退が続出する。このパターンで痛い目にあった企業は翌年から日程を少しずらすのだが、そういう経緯が長期間にわたって続いた結果、「神の見えざる手」が働いて、ある種の業界秩序というか暗黙のルールができあがっているのが採用戦線だ。それを2年前に乱暴に破壊したせいで、採用戦線は一時、大混乱に陥った。大量の内定辞退に多くの企業が悩まされたのだ。

人材採用あるいは人材の移動というのは、国家や産業の根幹に関わることだから、本当はある程度、政治や行政が関わる形で社会的ルールを決めて行ったほうがよいのだが、それを下手にやるととんでもない混乱を市場にもたらす。年金問題というこれも国家の根幹に関わる問題でもあれだけデタラメをやっている政府だから、採用についても下手に介入しない方がよいという気もするが、終身雇用制が崩れ就職市場が大きく流動化している現状で、基本ルールや枠組みを提示できていないという現状はどうなのだろうか。

これまでの新卒的採用をベースにした就職戦線の枠組みは、1970年代にリクルートが作り上げたものだと言われている。その後、第2新卒という市場ができ、フリーターや非正規雇用の増大で、採用市場は大きく変わり、リクルート自身も転職市場に目を向けるなど、採用戦線は大きな構造変化を遂げつつある。しかし、それに対応する枠組みが十分にできていないのが現実だ。

それとの関係で書いておくと、就職情報市場にジャーナリズムが成立していないのも大きな問題だ。これもリクルートが作り上げたビジネスモデルだが、学生たちには無料で情報を提供し、掲載企業からお金をとるというシステムが70年代に成立する。就職情報の多くはジャーナリズム的な意味での情報でなく、掲載した側がお金を出しているペイドパブリシティであり、お金を多く出した企業の情報が大きく掲載されるという仕組みだ。掲載企業に不都合な情報はカットされる。

それでは企業に関する客観的な情報提供や評価などできないという趣旨で1980年代に登場したのが東洋経済新報社の『就職四季報』で、これは独自取材によって客観的な情報を学生に提供するという触れ込みだった。そして時を同じくして1983年に創刊したのが『マスコミ就職読本』だった。掲載料をもらわない代わりに不都合な情報も書くという編集方針で、マスコミ採用に限った本ではあったが、たちまち支持を受け、一時はマスコミ志望者のほとんどが読むというバイブル的存在になった(今年も既に2018年度版が第3巻放送編まで発売されている)。

いまでも通称『マス読』こと『マスコミ就職読本』は創刊時と同じポリシーで発行しているのだが、難しい状況になったのは、ネットの浸透によって採用戦線の枠組みが大きく変わってしまったことだ。つまり情報はタダで提供し、お金は企業から広告としてもらうというビジネスモデルが改めて市場を席巻することになったのだ。

そういう中で比較的ジャーナリズムの手法で就職戦線をウォッチしているのが、新聞などの就職情報蘭で、この2~3年、各紙とも結構人気を博しているようで年々拡充している。しかし、冒頭にも書いたように、新聞などの就職情報コーナーは、同業のマスコミ企業に関する話題はタブーにしてしまう。日本のマスコミは、新聞とテレビなど互いに資本関係でつながっているから、新聞もテレビ局の採用の実態などは報道しにくいのだろう。

再度確認しておくが、私は何もテレビ局が経団連のガイドラインを無視しているのがけしからんなどと単純なことを言っているのではない。ガイドラインを建て前として設け、それと異なる基準で現実を動かしていくという日本的手法は、ある意味でこういうことには有効かもしれない。

ただ、懸念するのは、それが正しく機能し、学生たちにきちんと理解されているかどうかだ。この2年程の実情を見ていると、本当にこんなやり方でいいの?と疑問を感じざるをえないのだ。

http://www.tsukuru.co.jp/masudoku/

マスコミ就職読本2018年度版
マスコミ就職読本2018年度版
月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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