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緊急発言:自民党の児童ポルノ単純所持禁止案、その危険な問題点

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
国会議事堂

児童ポルノ単純所持禁止に関する自民党の修正案(以下「自民党案」と言います)が公になっています。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律

参議院議員 山田太郎 オフィシャル Web サイト

単純所持禁止に関する自民党案は次の通りです。

第6条の2(児童ポルノ所持等の禁止)

何人も、みだりに、児童ポルノを所持し、又は第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管してはならない。(注:罰則なし)

第7条(児童ポルノ所持、提供)

自己の性的好奇心を満たす目的で、児童ポルノを所持した者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。自己の性的好奇心を満たす目的で、第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識できる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者も、同様とする。(注:2項以下で、現行通りの提供行為等を処罰)

今回の自民党案は、第2条3項各号の児童ポルノの定義規定については、現行のままとして、手を入れていません。現行の定義規定を前提に、その単純所持を禁止ないしは処罰しようとするものです。

この自民党案についての解釈的な問題点について、私は次のように考えています。

■「みだりに」の文言には禁止される行為を限定する機能はない

「みだりに」とは、一般には「故(ゆえ)なく」とか「正当な理由なく」、あるいは「違法に」といったような意味で使用される法律用語ですが、要するに「社会常識からして正当とは認められない程度や方法、または態様で」といったような意味ですから、非常に曖昧な運用を許す言葉です。禁止される行為を限界づけるといったような機能をこれには期待できません。「違法に所持しているのだから、みだりに所持しているのだ」といった不毛な理由付けになる可能性があります。

さらに、この改正案の一番の問題点は、これが通れば、出版社や書店、流通にたずさわる人びとは、自らの倉庫などにある在庫、社員全員のパソコンのハードディスクの中身を総点検することが求められることになります。児童ポルノの定義はそのままですので、たとえば「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」(児ポ法第2条3項3号)が1つでも見つかれば廃棄・削除をしなければなりません。

これには罰則がなく、努力規定といった体裁になっていますが、事実上、かなりの強制力をもった強烈な規定になると思います。たとえば、テレビで「◯月◯日、大手出版社である◯◯社の倉庫に、大量の児童ポルノがあることが見つかりました」なんていうニュースが流れるかもしれません。適用次第によっては、これは表現・出版の自由に対する大きな侵害になりうる規定だと思います。

■「自己の性的好奇心を満たす目的で」の文言には禁止される行為を限定する機能はない

この文言にも行為を限定する機能はないと思われます。

確かに、一般的には「目的」を入れることによって行為が限定されることはあります(このような犯罪を「目的犯」といいます)。たとえば、通貨偽造罪は「行使の目的で」(実際に使うつもりで)偽札を作った場合を通貨偽造罪として重く処罰していて、「行使の目的」がなければ特別法(通貨及証券模造取締法)で軽く処罰されています。このように、目的規定があることによって禁止される行為が限界づけられることはあります。

しかし、目的犯には、実は次のような目的犯もあるのです。

たとえば、刑法92条に外国国章損壊罪という犯罪があります。

第92条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

これも目的犯です。しかし、この場合の目的には行為を限定する機能はありません。客観的に外国の「国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した」者は、外国を侮辱する目的があったのだと認定されるのです。たとえば、どこかの国の大使館に行って、そこに掲げてある国旗を引きずり下ろし、燃やしたりすれば、その行為そのものが外国に対する「侮辱行為」と認定されるわけです。

これと改正案はまさに同じものだと思います。しかも、児童ポルノの定義がそのままですので、運用によっては大変恣意的で、おそろしい結果をまねく危険性があります。たとえば、ある人がいわゆるグラビアアイドルの写真集を何冊かもっていたとします。この場合、それが3号ポルノ(「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」)に該当すると判断されれば、それを持っていることじたいが、「自己の性欲を満たす」ためであると客観的に評価されることになるおそれがあります。

そもそも「児童ポルノ」の問題性はここにあるわけで、本来、人の心の中は外からは分からないわけですが、児童ポルノはその人の心の中を証明する情況証拠となるのです。児童ポルノを所持していたという事実から、その人が児童を性の対象として見ているという性癖が「証明され」、そして社会的に糾弾されることになるのです。この点が一番問題だと思います。

また、カメラマンもこれで処罰される可能性があります。カメラマンやそのスタッフの人たちは、3号ポルノに該当する可能性のあるたくさんのネガやデータをお持ちだろうと思いますが、多数のネガやデータを持っていることじたいが「みだりに」持っていると認定される可能性がありますし(その場合は、罰則なし)、場合によっては、「自己の性的好奇心を満たす目的で」持っていると評価されることもあると思います(その場合は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金)。

以上の2点だけでも、この改正案がいかに危険で問題をはらんだものかが分かると思います。

以上の点とは別に、根本的に「児童ポルノ」の定義じたいにも問題がありますが、それはまた別稿で述べたいと思います。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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