Yahoo!ニュース

催涙スプレーの携帯、護身用は「正当な理由」か

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロ)

■はじめに

先日、高田馬場駅で催涙スプレーが撒かれ、通行人が傷害を負う事件が発生しました。

高田馬場駅異臭 逮捕の女「正当防衛だ」

9人搬送の高田馬場駅異臭事件、自称“芸能人”の36歳女を逮捕

催涙スプレーは、一般に〈防犯グッズ〉と呼ばれ、護身用として販売されていますが、強盗や性犯罪などの手段としても使われることがあります。濃度によっては失明の危険すらあるだけではなく、人が密集するバスや電車、映画館、劇場などの閉鎖的な空間で噴射させると、行動パニックによる二次的な事故も予想されます。

現状では催涙スプレーは、ネット通販などを利用してだれでも自由に購入でき、催涙スプレーの売買に対する法的規制は存在しませんが、使用方法によっては非常に危険な器具であり、犯罪の手段としても使用可能であるので、実際に悪用される段階よりももっと早い段階で購入を制限できるように何らかの規制を行うべきではないかといった意見もあるようです。本稿では、催涙スプレーを携帯することが軽犯罪法1条2号の凶器携帯罪に該当するのかどうかを検討してみました。

催涙スプレー規制“野放し”「護身用品」難しく 業者は自主規制

■軽犯罪法1条2号の凶器携帯罪について

軽い違法行為を取り締まるための法律として、軽犯罪法という法律がありますが、その第1条2号には次のような条文があります。

軽犯罪法1条2号

正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者 (罰則は、勾留〔1日以上30日未満の自由刑〕か科料〔千円以上1万円未満の財産刑〕)

まず、「刃物」ですが、刃の部分が6センチメートルを超える場合には銃刀法で携帯が禁じられていますので、ここにいう「刃物」とはそれ以下の場合です。また、「鉄棒」が禁じられているのは、使い方によって凶器となるようなもの(用法上の凶器)も禁止するという趣旨です。他に、特殊警棒や木刀、カッターナイフ、ヌンチャクなども本条に該当するとされています。

では、催涙スプレーはどうでしょうか。

催涙スプレーは、本来は身に危険が迫ったときに相手に向けて噴射して身を守ることを想定した器具ですから、危険を排除するというその効用から見れば「人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当することは問題はないと思います。これを認めた最高裁判例もあります(最高裁平成21年3月26日判決)。なお、スタンガンについても、本条の「(危険な)器具」に該当するとした裁判例もあります。

すると、問題は、いかに護身用であるといっても、カバンなどに催涙スプレーという〈凶器〉を入れて持ち歩くことが、「正当な理由での携帯」に該当するかどうかということになります。

正当な理由」の典型例としては、例えば、大工が建築現場に行くのにノミやカナヅチを車に入れて運ぶような場合が考えられるでしょう。あるいは、登山に際して登山ナイフを携帯するような場合も「正当な理由」での携帯といえます。このように、職務上や業務上必要な場合は問題なく「正当な理由」があるといえます。さらには、携帯する目的、個人の生活環境、携帯している場所なども「正当な理由」かどうかを判断する手がかりになると思います。

では、護身用での催涙スプレーの携帯はどうでしょうか。

暴力団員や暴走族が闘争に備えて、護身用として催涙スプレーを常時携帯することには「正当な理由」があるとは思えません。もしも実際に襲われた際にこれを使えば、場合によっては積極的な加害意思があったとされ、正当防衛が否定されたり過剰防衛(違法)とされることでしょう。

しかし、最近のいわゆる〈体感治安の悪化〉から、護身用に催涙スプレーを携帯するということを一般的に規制することはできないように思います。特に女性が万一の事態にそなえてバッグに催涙スプレーを忍ばせることなどは、何も違法なことではないと思います(襲われそうになって実際に使用しても、正当防衛になると思います)。特に、軽犯罪法は、犯罪の中でも軽微なものを取り締まる法律ですから規制は緩やかであることが望ましく、「正当な理由」の判断についても制限的に解釈すべきではないと思います。

軽犯罪法の第4条には、「この法律の適用にあたつては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあつてはならない。」という注意規定がありますが、これは軽犯罪法全体の解釈についても重要な指針だと思います。

なお、最高裁は、護身用に製造された比較的小型の催涙スプレー1本を、健康上の理由で深夜行う路上でのサイクリングに際して、護身用としてズボンのポケット内に入れて携帯したという事案で、「正当な理由」があると判断しています(上記最高裁判決)。

■まとめ

以上のように、催涙スプレーの護身用での携帯が一般的に軽犯罪法に触れると判断することはできません。犯罪に悪用する者がいても、それは悪用したことについての刑法的責任を問うことによって足りるのではないかと思います。ただ、催涙スプレーの濃度によっては失明の危険性もあることから、銃刀法が刃渡りの一定の長さ以上のもの規制しているように、濃度に応じた事前の規制は可能ではないでしょうか。一定濃度以上のものについては、特別な理由以外の携帯を原則として禁止し、さらに購入については販売業者に身分証の呈示などを法律で義務付けるような制度を設けることがあってもよいように思います。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

園田寿の最近の記事