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トーチの継承者 〜世界Lヘビー級王座統一戦、セルゲイ・コバレフ対バーナード・ホプキンス

杉浦大介スポーツライター

Photo by Kotaro Ohashi

11月8日 

WBA、WBO、IBF世界ライトヘビー級王座統一戦

米ニュージャージー州アトランティックシティ

ボードウォークホール

WBO王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/26勝(23KO)無敗1分)

3−0判定(120-107、120-107、120-106)

WBA、IBF王座

バーナード・ホプキンス(アメリカ/55勝(32KO)7敗2分)

予想以上のワンサイドファイト

「試合中のすべての時間を支配した(won every minute of fight)」

英語にはそんな表現があるが、11月8日のホプキンス戦でのコバレフの戦いぶりにこそその形容が相応しかっただろう。

14ポイント差が1人、13ポイント差が2人という記録的な点差通りのワンサイドな内容。開始後約1分の時点でコバレフがチョッピングライトでダウンを奪うと、そのパワーを肌で感じたホプキンスが以降は専守防衛状態となり、勝敗の興味は早々と消え失せた。

「絶えずプレッシャーをかけながら、それでいて引くべきときを知っていた。おかげでホプキンスはカウンターを狙えなかった。ホプキンスが年老いたということではなく、コバレフが素晴らしかったということ。パワーがあるだけでなく、距離のとり方も知っているんだから、本当に良い選手だよ」

ホプキンスが所属するゴールデンボーイ・プロモーションズのオスカー・デラホーヤがそう語っていた通り、一般的に“破壊的スラッガー”の印象が強いコバレフだが、実際には技術の下地も備えている。

判定でも十分に勝てるとの自信があるからこそ、ダウンを奪ったあとも攻め急がず、ボディへのジャブを中心にペースを慎重に掌握。パワー、体格で勝る相手に丁寧に攻められたホプキンスは反撃のきっかけすら見出せず、ずるずるとラウンドを重ねる結果となった。

”完全支配”でLヘビー級の頂点へ

コバレフは第8ラウンドにも右ストレートを決めてホプキンスをダウン寸前に追い込むと、最終ラウンドには連打をまとめてKO寸前。この修羅場も耐え抜いたホプキンスもさすがではあったが、ロシア人王者の“完全支配”の印象だけを残して終了ゴングが鳴った。

「(セルゲイは)アウトボクサーをアウトボックスしてみせた。伝説的な選手を破り、現時点でトップに立ったのです」

コバレフが所属するメインイベンツ社のキャシー・デュバ女史は満面の笑みでそう語った。8ラウンド以上を戦ったことがないスタミナがほぼ唯一疑問視されたが、その不安もこの試合で吹き飛ばし、実力を改めて証明した感がある。

特に印象的なのは、同じ旧ソ連出身のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)同様、コバレフもプレッシャーの掛け方が抜群に上手いこと。シフトウェイトを利した最小限の動きで、相手を簡単に追い詰めていく。英語でいう“Cutting off the ring”のスキルゆえに、見た目のスピード不足もまったく弱点になっていない。

次の対戦者は

盤石の強さを誇示した32歳は、今後しばらくは対戦相手探しに苦労しそうである。

8日の前座に登場した指名挑戦者ナジブ・モハメディ(フランス)あたりでは完全に役不足。近い階級では唯一対抗できるスキルを持つアンドレ・ウォード(アメリカ)は所属プロモーションとの訴訟問題で戦線離脱中だ。WBC王者アドニス・スティーブンソン(カナダ)はShowtime所属であり、HBOと関係の深いコバレフとの契約成立は難しい。一部で話題になったコバレフ対ゴロフキンの旧ソ連ドリームファイトも、2階級離れている現状では現実的ではあるまい。

ホプキンス戦の開始ゴングが鳴る直前のことーーー。スタンドに陣取ったロシア人応援団に目をやったコバレフが、8000人以上の観衆を集めたアリーナ全体をゆっくりと見渡すシーンがあった。その視線の先に、いったい何が映っていたのか。

3団体のタイトルは統一され、ライトヘビー級のトーチはアメリカからロシアに継承された。静かに未来を見つめるロシアの怪物の行方には、しばらくは無人の広野が広がっているのかもしれない。

画像

判定まで持ち込みはしたが・・・・・・

9連続KO中だった怪物相手にフルラウンドまで粘ったことは、それだけでもホプキンスにとっての勲章ではある。ただ、決着を長引かせたことを必要以上に過大評価し過ぎるべきではないのだろう。

開始早々にコバレフのパワーを味わったホプキンスは、序盤から早々とサバイバルモードに突入。カバーを最優先して固まり、ロープ際で左右に動き続ける姿は、最近のコバレフ、ゴロフキンの対戦相手の典型的な“戦法”と何ら変わらないものだった。パンチのかわし方も攻撃に繋がるものではなく、相手が疲労して自滅しない限り、あのスタイルでは万に1つの勝ち目もなかった。

「ジャブの良い選手は、ホプキンスにフラストレーションを感じさせることができる。そして、セルゲイのパワーを体感すれば、ああやって貝のように固まってしまうことは分かっていた」

コバレフ側のジョン・デビッド・ジャクソン・トレーナーがそう予想していた通りの流れになったのだから、もとからフルラウンドを戦うことを思い描いていたロシア人王者の狙い通り。そして、49歳の老雄が1ラウンド間では自己最多となる38発ものパンチを浴びた12ラウンドは、観ている方がその健康を心配に感じるほどだった。

不作年の中で輝いた勇気あるマッチメイク

ただ、例え結果は惨敗だったとしても、キャリアのこの時点でこれほど危険な試合に挑んだホプキンスの気概は賞讃されてしかるべきである。特にアル・ヘイモン陣頭指揮のミスマッチが続出した2014年のボクシング界において、あえて最強の相手を追い求めた大ベテランの姿勢は輝いて映る。

「どんな相手とも戦うという意思を持った2人のボクサーがここに集まった。1人のチャンピオン、タイトルホルダーを決める統一戦。そんなファンが望むものを求めて、私たちはここに来たんだ」

普段は誇張発言も多いホプキンスだが、このコメントは共感できる。

誰が観ても明白なパワー、スキルを持ち、ナチュラルな体格で勝るコバレフは、若き日のホプキンスの手にも余ると思われるほどの恐るべき王者だった。その強者相手に玉砕覚悟で勝ちにいかなかったからといって、誰が責められるだろう?

老雄の今後は?

「現時点では(現役続行するかどうかは)50-50。まだ何も言いたくない。過去9年間を通じて常に50-50だった。キャリアを通じて、やらなければいけないことはすでにやって来たからね」

試合後、ホプキンス本人はそう語ったが、デラホーヤの「1つだけはっきりしているのは、引退はないということ」という言葉の方が真実をついているように思える。50歳というマイルストーンにあと2ヶ月まで迫ったこの時点で引退するとは思えず、少なくともあと一度はリングに立つだろう。

試合自体は退屈なことが多く、決して人気選手ではなかった。反則すれすれの戦い方を毛嫌いするマニアックなファンも多かった。フェリックス・トリニダード(プエルトリコ)、アントニオ・ターバー(アメリカ)、ケリー・パブリック(アメリカ)、ジャン・パスカル(カナダ)といった若きファイターたちを制して来たホプキンスの老獪さも、17歳年下のロシア人には通じなかった。

ただ、それでも、今でもWBC王者スティーブンソンあたりなら十分にさばけそうだと多くのメディアが考えているという事実が、この大ベテランの常軌を逸した力量と、その評価の高さを証明している。

ここで7敗目を喫したが、デヴュー戦を除けば、敗れたのはロイ・ジョーンズ(アメリカ)、ジェーメイン・テイラー(アメリカ)、ジョー・カルザギ(イギリス)、チャド・ドーソン(アメリカ)、コバレフとトップ中のトップのみ。55勝(32KO)7敗2分というレコードには、表層以上の重みがある。

そして、その価値は、コバレフ戦の完敗後にも決して損なわれはしなかったはずだ。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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