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ゴロフキン対レミューのミドル級統一戦はなぜ早期実現するのか

杉浦大介スポーツライター

Photo By Rich Kane/Hoganphotos/K2/GBP

10月17日 ニューヨーク

マディソンスクエア・ガーデン

WBA、WBC、IBF世界ミドル級王座統一戦

WBAスーパー、WBC暫定王者

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/33戦全勝(30KO))

IBF王者

デビッド・レミュー(カナダ/34勝(31KO)2敗)

ファン垂涎のカード

「みんなにとって歴史的な試合。素晴らしいショウを約束するよ」

8月18日、マディソンスクエア・ガーデンーーー。ゴロフキンがいつも通りの笑顔とともにそう宣言し、ミドル級統一戦の会見ツアーは始まった。

20連続KOを続ける階級最強王者と、パワー、エキサイティングなスタイル、甘いマスクを備えた魅力的なタレントの対決。実現決定直後からボクシングファンを歓喜させたこのカードは、ビジネス的にも快調に滑り出している。

チケットはすでに1万5000枚以上が売れ、最終的にはソールドアウトが濃厚。セミファイナルにローマン・ゴンサレス対ブライアン・ビロリア(WBC世界フライタイトル戦)というこれまた楽しみな一戦が組まれていることもあり、当日の”ザ・ガーデン”は近年稀に見る熱気に包まれそうである。

「試合を発表したときに、このファイトをどう描写するかと訊かれた。そのときには“Finally(ついに)”と答えたんだ。ようやく他のチャンピオンがゲンナディ・ゴロフキンとの対戦に同意してくれたんだからね。そのことに関し、デビッド・レミューを高く評価したい。事実はシンプルだ。10月17日の勝者こそが世界最高のミドル級王者だよ」

ゴロフキンが所属するK2プロモーションズのトム・ローフラー氏がそう語った通り、この時期にゴロフキン対レミュー戦が実現したことはファン、関係者を驚かせた。

レミューは6月にハッサン・ヌジカムとの王座決定戦に勝ち、悲願の初タイトルを獲得したばかり。ディフェンスに難があるものの、好戦的で客を喜ばせることができる貴重な人気ボクサーである。スター性のある新王者を手に入れたゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)は、まずは1、2度の防衛戦を挟んで“換金”するのだろうと思われた。

しかし、そんな周囲の推測をよそに、レミューとGBPがダイレクトにリスクの大きい怪物パンチャーとの統一戦に向かった理由はどこにあるのか。

実は今が最適?

すでに36戦のキャリアを積み重ねてきた26歳のレミューのスタイルには、良い意味でも、そうでない意味でも、これ以上の大きな変化はあるまい。

早い時期にマルコ・アントニオ・ルビオ、ジョアキム・アルシンに連敗を喫しながら、その後に立て直したのは見事ではあった。ただ、ヌジカム戦でも4度のダウンを奪いながらも後半には苦戦したことが示す通り、依然として“エリートボクサー”とは考えられていないのが事実。好戦的ゆえに試合は面白いが、いつ再び苦杯を喫しても不思議はない。

特にIBFの1位にランクされるトレアノ・ジョンソンは、ここまで18勝(13KO)1敗の実力者。この選手と即座に指名戦を行ったとしても、レミューが絶対優位とは言えまい。

そんな状況であれば、危険は大きいがカネにならないジョンソンと戦うより、輪をかけてリスキーでも、興行的な成功は約束されたゴロフキン戦をGBPが考慮したのも理解できる。 この試合では、レミューにも少なくとも100万ドル以上の報酬は保証されているはずである。

両王者の利害一致

「多くのファイターが(強敵との試合を)恐れている。僕は誰でも恐れはしない。“次の試合でGGGと対戦はどうか?”とマネージャーに訊かれたとき、やろうじゃないかと答えた。これまでゴロフキンほど注目されてこなかったけど、10月17日にはみんなが僕を知るようになる。ゴロフキンと戦うためじゃなく、勝つために(ニューヨークに)行くんだ」

レミュー本人がそう語る通り、世界的な注目を集めるこの試合後にはその名は全国区になっていることは間違いない。

地力はやはりカザフスタンの雄が上で、絶対不利は否めない。それでも、“ビッグドラマ・ショウ”にこだわるがゆえにディフェンスを多少犠牲にしている感もあるゴロフキン相手に、持ち前のパワフルなパンチで序盤に見せ場を作ることは十分に可能。最終的に倒されたとしても、激しい打ち合いをみせればモントリオールの2枚目パンチャーの商品価値は下がらないはずである。

人気、知名度が急上昇する一方で、対戦者の質が取りざたされることも増えてきたゴロフキンにとっても、レミューは願ってもない相手だった。

ミゲール・コットとサウル・アルバレスは直接対決に向かい、スーパーミドル級の帝王アンドレ・ウォードもまだ復帰したばかり。そんな状況下では、カナダ人王者との統一戦こそが最上のオプションだった。

エキサイティングな攻防が約束された一戦だけに、HBOが視聴者数の限られるPPVで放送することは少々残念ではある。しかし、料金は$49.95(HDは10ドル増し)と近年の相場ではかなり安価。PPVの売り上げが20万件程度でも収入は1000〜1200万ドルになり、その場合には合計約500万ドルを主役の2人のファイトマネーに分配できる。

ゴロフキン、レミューのどちらにも過去最高の報酬が支給され、ファンもスリリングなマッチアップを楽しめるのであれば、このシステム採用も適切とみなして良いのだろう。

超満員の大観衆の見守る前で

「できる限りたくさんのPPV視聴者、ファンにこの試合を見て欲しい。だからこそ私たちとゴールデンボーイ・プロモーションズはチケットとPPV料金を適度な額にしたんだ。多くのファンが払えるようにね」

ローフラーは自信に満ちた表情でそう語っていたが、前記通り、実際にここまでファンも熱狂的にこの興行をサポートしている。決戦当日、2万人前後のファンで埋め尽くされた“東海岸の聖地”は壮観に違いない。

交渉で大揉めすることなく挙行が決定し、派手なアクションが観れることも確実という意味で、“アンチ・メイウェザー対パッキャオ”とでも呼びたくなるミドル級の統一戦。近年は好カード成立に呆れるほど長い時間がかかるのが通例になっただけに、ゴロフキン対レミューの早期実現は新鮮だった。

2人の王者はもとより、様々な思惑があれど、「ファンの望むファイトをお届けしたい」という公約を守ったGBPのオスカー・デラホーヤも賞賛されてしかるべき。スリリングな予感、期待感とともに、現代稀に見るパワーパンチの交錯まであと2ヶ月である。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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