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リスペクトを勝ち得るために 〜WBC世界ウェルター王者ダニー・ガルシアが”審判の一戦”へ

杉浦大介スポーツライター

Photo By Ryan Hafey / Premier Boxing Champions

11月12日 フィラデルフィア

ウェルター級ノンタイトル10回戦

WBC世界ウェルター王者

ダニー・ガルシア(アメリカ/28歳/33戦全勝(19KO))

7ラウンドTKO

サミュエル・バルガス(コロンビア/27歳/25勝(13KO)3敗1分)

チューンナップ戦で順当にKO勝利

予定調和の内容、結末だった。来年にWBA王者キース・サーマン(アメリカ)との統一戦が決まっているガルシアは、無名のバルガスを相手にした前哨戦で危なげなくストップ勝ち。2ラウンドに右オーバーハンドで痛烈なダウンを奪うと、その後も常にワンサイドのまま勝利を収めた。

対戦相手のコロンビア人は一線級相手の実績に乏しく、唯一ステップアップした2年前のエロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)戦でも5ラウンドTKO負け。そんなクラブファイターとのこの時期の対戦は“時間の無駄”とまで囁かれた。

正直、意図の分かりづらい一戦で、サーマンも首を傾げたほど。今年1月のロバート・ゲレーロ(アメリカ)戦以降はリングから遠ざかっていたガルシアは、来春の大一番前に錆びつきを取る必要があったということか。

ともあれ、ケガもなくチューンナップファイトを終えたことで、来年3月4日のサーマン戦が決定。試合後、この日はテレビ放送にゲスト登場したサーマンとガルシアはリング上で短い舌戦も繰り広げた。

「キース・サーマンに次は君の番だと伝えたかった。彼を叩きのめしてやるよ。他にあまり言うことはない。望んでいた対戦が実現し、彼は次に本物の王者と対戦することになるんだ」

そう語ったガルシアにとって、ここまでのキャリアで最大の一戦であることは間違いない。

“ウェルター級現役最強を決めるファイト”とは言い切れなくとも、同級トップ5に入る実力者同士の統一戦。開催が近づくにつれて、特にアメリカ東海岸では大きな話題を呼ぶことだろう。 

評価されないタイトルホルダー

デヴュー以来33連勝、無敗のまま2階級制覇達成、スーパーライト級時代にはルーカス・マティセ(アルゼンチン)との頂上対決にも明白に勝利・・・・・・目を見張る実績を積みながら、ガルシアほど多くの批判を浴びてきた王者も珍しい。アメリカでのこの選手の皮肉られ方は、恐らくは日本で考えられている以上である。

常にそうだったわけではない。

スーパーライト級時代の上昇期には、エリック・モラレス(メキシコ)、アミア・カーン(イギリス)、ザブ・ジュダー(アメリカ)といった各国の著名選手を連破。2014年9月には絶対不利の予想を覆してルーカス・マティセ(アルゼンチン)に明白な判定勝ちを収め、スーパーライト級最強を証明した。この頃のガルシアは、誰からも好感を持たれるライジングスターだった。

しかし、その後、少なくとも名声に関しては、坂を転がり落ちるように急降下を始める。2014年3月には両親の母国プエルトリコでの“凱旋試合”でマウリシオ・エレーラ(アメリカ)を何とか下したものの、不当判定の声が出るほどの大苦戦。その後、実績、サイズ、実力のどれも持たないロッド・サルカ(アメリカ)との超ミスマッチを挟み、昨年4月にはラモン・ピーターソン(アメリカ)に再び微妙な判定で勝利。以降もポーリー・マリナッジ(アメリカ)、ゲレーロと危険の少ないベテランばかりと対戦し、勝ち続けても評価は上がらなかった。

いや、評価、知名度をアップさせるどころか、マティセ戦をピークに、以降はむしろ批判の対象になることの方が多かった。強豪相手の微妙な判定勝負とミスマッチを繰り返しているのであれば、それも仕方なかったのだろう。

マッチメークの甘さと、報酬面まで含めて契約選手に過保護すぎることがアル・ヘイモンと“プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)”の問題点として指摘されてきた。サルカ戦ですら75万ドルのファイトマネーを受け取ったガルシアはその代表的な存在。今回のバルガス戦などは、ヘイモンとガルシア絡みの典型的なファイトだったと言って良い。

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一世一代の大勝負へ

そんな状態だからこそ、来年3月のサーマン戦はガルシアにとって極めて重要な一戦になる。会場は恐らくブルックリンのバークレイズセンター。テレビはShowtimeの親会社、地上波CBSでプライムタイムに生中継されることが有力という正真正銘の大舞台だ。

5月には元王者のショーン・ポーター(アメリカ)に競り勝ったサーマンは、スーパースターと呼べる選手ではないが、実力面でガルシアより一段上のリスペクトを集めてきた。そのWBA王者に勝てば、28歳のプエルトリコ系アメリカ人にとって、マティセ戦を上回るキャリア最大の勲章となる。

その時には、これまでの紆余曲折もある程度は正当化される。“時にまわり道をしながらも力をつけていった”と解釈してもらえる。周囲に数いるアンチファンも、ガルシアのレジュメに突っ込みを入れるのはより難しくなるだろう。

ただ、もしも敗れてしまったら・・・・・・?

内容にもよるが、この一戦で完敗した場合、ガルシアの過去のマッチメークも改めて批判されるに違いない。近年のマティセはもう一つ精彩がないことも手伝い、彼に辛勝したガルシアのスーパーライト級時代の実績にまでケチがつけかねられない。

「ダニーはこれまでにすでに馬脚を現したことがある。本物のウェルター級を相手にした場合、多くの選手に苦戦すると思うよ」

12日のバルガス戦後、サーマンはそんな余裕の言葉を残していた。その言葉通りにWBA王者が実力の違いを示した時には、一部で信じられている“ガルシアは過大評価”との定説を否定するのは容易ではなくなるはずである。

ダニー・ガルシアにとって、2017年3月4日は“審判の日”ーーー。

向こう4ヶ月間こそがボクシング人生で恐らく最も重要な時間であり、そのレガシーの大半もここで決定づけられる。逆に言えば、口うるさい周囲を黙らせる絶好機でもある。これまでも常に勝利の術を見つけてきたガルシアは、再び正念場を迎え、その勝負強さを改めてアピールできるだろうか。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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