Yahoo!ニュース

コット対カークランド戦がPPV中継される理由 〜カネロに敗れた同士の“敗者復活戦”挙行の舞台裏

杉浦大介スポーツライター

Photo By Roc Nation Sports/Jeremiah Jhass

2月25日 テキサス州ダラス フォードセンター

スーパーウェルター級(153パウンド契約)12回戦

4階級制覇王者

ミゲール・コット(プエルトリコ/36歳/40勝(33KO)5敗)

ジェームス・カークランド(アメリカ/32歳/32勝(28KO)2敗)

激しい打ち合いも期待できるマッチアップではあるが

前戦でサウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)に敗れたもの同士のサバイバル戦ーーー。コット対カークランドは一見すると悪くないカードではある。

今後のボクシング界にとって意味深いファイトというわけではない。将来の殿堂入り確実のコットも36歳を迎え、15ヶ月ぶりの復帰戦では錆付きが残っている可能性は否定できない。カークランドも前戦でカネロに3ラウンドKO負けし、2013年にグレン・タピア(アメリカ)をストップして以降、過去3年は勝ち星がない。

それでも、ワンファイトのエンターテイメントと考えれば、両者の不確定要素が今戦をより興味深くさせる。

「このファイトは終わる瞬間までエキサイティングなものになる」

19日の会見でのカークランドのそんな言葉通り、試合自体は面白くなり、ドラマチックな結末を迎える可能性が高い。カークランドのパワー、コットが時に覗かせる脆さを考えれば、番狂わせもあり得ない話ではないだろう。

ただ・・・・・・アメリカのファンを嘆かせているのは、この試合がHBOのPPVで放送されることだ。

正直、現状ではHBOのレギュラー放送、HBO Championship Boxingのメインとしても弱く、より低予算のBoxing After Darkで放送されるべきマッチアップ。そんなファイトに60〜70ドルの視聴料がかかるのだから、どんな試合も見逃したくないマニアが落胆しているのも当然だろう。

セミに組み込まれる予定のWBAスーパーバンタム級タイトルマッチ、ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)対モイゼス・フローレス(メキシコ)戦もアメリカのファンへの希求力はない。昨今はPPV売り上げが軒並み低調な米国内の流れ通り、今戦もせいぜい10万件程度の購買数に止まるのではないか。

それでは、なぜ今回の“敗者復活戦”はPPV中継になったのか。その背後には、ロックネイション・スポーツとコットが2015年春に結んだ巨額契約がある。

看板選手が欲しかったロックネイション

ボクシングビジネスへの本格参入を目論んだJay-Z率いるロックネイションは、2014年夏以降にスカウティングを開始した。

しかし、ピーター・クイリン(アメリカ)対マット・コロボフ(ロシア)の興行権の入札に140万ドルを投入しながら試合挙行できず、キース・サーマン、エイドリアン・ブローナー、デオンテイ・ワイルダー(すべてアメリカ)といったビッグネームの獲得にも失敗。スター売り出しのうまさに定評あるロックネイションも、ボクシングでは実績がないだけに、大物を惹きつけるのは容易ではなかった。

2015年1月にようやくアンドレ・ウォード(アメリカ)と契約するが、そのウォードも当時はビッグマネーが生める選手ではなかった。そんな状況下で、業を煮やしたロックネイションは、同年3月にコットに3戦で5000万ドル(+500万ドルの契約ボーナス)という超破格のパッケージを与えたのだった。

この時点でキャリアの黄昏期に差し掛かっていたコットだったが、アメリカ東西両海岸で集客できる興行価値の高さは健在。そんな中南米のスターを、それまで深い関係があったトップランク、ゴールデンボーイ・プロモーションズから強奪するために、ロックネイションは常軌を逸した大枚を叩く必要があった。

コットは2015年にダニエル・ギール(オーストラリア)、アルバレスと試合を行い、3戦契約はあと1試合を残すのみ。アルバレス戦はビッグビジネスになったものの、まだ1000~1500万ドルの報酬を残している。

HBOの放映権料ではとてもではないがこれほどの額はペイできない。そんな状況下で、ファンの反発は承知の上で、ロックネイションにはカークランド戦をPPV中継にする以外に選択の余地はなかったのである。

赤字必死の興行はボクシング・ビジネスの難解さを物語る

幸いなのはNFLの人気チーム、ダラス・カウボーイズのオーナー、ジェリー・ジョーンズ氏がボクシングビジネスに熱心なこと。ジョーンズはコット対カークランド戦の招致に大金を支払い、試合は1万2000人のキャパシティを誇るカウボーイズの練習施設で行われることになった。

ただ、このジョーンズ・マネーを考慮に入れても、今戦でロックネイションが赤字を出すことは必至だろう。

プロモーター側が収支をイーブンにするには、約70ドルのPPVを20〜25万件は売る必要があるという。セルゲイ・コバレフ対ウォード戦が16万件に終わった後で、達成可能な数字とはとても思えない。 

せめてカークランドより一段上の対戦相手を選べば、PPVにしてもこれほどの批判は浴びなかったはずだ。例えばティモシー・ブラッドリー(アメリカ)、ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)あたりを起用すれば、それなりの興行成績が期待できた。しかし、当初の契約によってコット側に莫大な権限を与えてしまい、同時にブラッドリーのような上質な対戦相手を起用する予算の余裕も失った。

結果として、ロックネイション・スポーツが“新たな広告塔”として期待したコットとの契約は、“失敗”と記憶される可能性が高い。

結局、ショウビジネスで確固たる実績を持つロックネイションですらもボクシング界では迷走続き。今回の一件は、ボクシング・ビジネスの特殊性、この業界への新興プロモーターの参入の難しさを改めて印象づけたと言って良い。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

杉浦大介の最近の記事