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C・ロナウドを欠いて栄冠。頼りなさげなポルトガル指揮官の見事な采配

杉山茂樹スポーツライター

開催国という地の利に加え、戦力的な面でもフランスはポルトガルに勝っているように見えた。準決勝までの6試合を振り返るならば。

力関係を数値化すれば65対35。もはや18年前の話となった98年フランスW杯決勝、対ブラジル戦の時とは違った。ユーロ2000決勝対イタリア戦、その再戦となった06年W杯決勝とも違う。過去3回は対戦相手有利、あるいは接戦予想だったが、今回はフランス有利を疑う者はいなかった。つまり、フランスにとっては、絶対に負けられない戦いになっていた。実際、フランスは立ち上がりからポルトガルゴールに再三、押し寄せた。

事件が起きたのは、その順調な滑り出しを確認した7分。クリスティアーノ・ロナウドがディミトリ・パイエに膝を狙われ、立ち上がれなくなったのだ。定石通り、パイエは相手のエースに挨拶代わりのタックルを一発かましたわけだが、挨拶にしてはいきすぎだった。

カメラマンの報告によれば、瞬間、パイエはパトリス・エブラとハイタッチをかわしたという。C・ロナウドは、治療をした後、いったん復帰したが、前半25分、プレー続行不可能となり、担架に担がれ退場した。

C・ロナウドはポルトガルの大エースだ。というか、リオネル・メッシと常に世界一を争うスーパースターだ。メッシのいないアルゼンチンとC・ロナウドがいないポルトガルと、どちらが貧弱に見えるかと言えば後者。ポルトガル優勝の可能性はこの瞬間、ほぼなくなったかに思えた。65対35だった力関係は、80対20にまで開いたような感じだった。

C・ロナウドが前半早々、舞台から消えたフランス対ポルトガルとは、気の抜けたビールを飲まされるようなもの。結末が簡単に予想できるサスペンスを読まされているようなもの――という読みは甘かった。

試合はそうならなかった。立ち上がりから順調に進めてきたフランスは、この事件を境に、勢いを失っていく。絶対に負けられない戦いの呪縛にはまったこともあるが、スタッド・ドゥ・フランスを埋めたフランス人の観衆が、担架に担がれ退場するC・ロナウドに、万雷の拍手を浴びせかけたことも影響しているように見えた。少なくともパイエやエブラにとって、そこは居場所の悪い空間になった。

ポルトガルのフェルナンド・サントス監督は、C・ロナウドに代わってリカルド・クアレスマを投入。布陣を4−1−3−1−1と言うべき4−1−3−2から、4−3−3に変えた。

ポルトガルのF・サントスは悩み多き監督だ。準決勝までの6試合中、ウェールズ戦(準決勝)を除いて、5試合で大苦戦を強いられた。90分勝ちはゼロ。グループリーグは3分け。15番目の成績で決勝トーナメントの16枠に辛くも滑り込んだ。決勝トーナメント1回戦(クロアチア戦)は延長、準々決勝(ポーランド戦)は、PK戦に及ぶ大接戦だった。監督はそのつど頭を抱え、頼りなさげな顔で推移を見守った。一方で、しっかり手を打ちながら。

ポルトガルの強みはズバリ、監督の力にある。これだけ苦戦しながら、F・サントス監督はフィールドプレーヤー、全員をピッチに送り込んできた。絶対に負けられない戦いになれば、監督は頼れる順に選手を起用しがちだが、彼は常にテストを試みていた。試行錯誤を繰り返しながら20人すべてを使った。

F・サントス監督は、当初から長い戦いを想定し、その最終戦から逆算して、選手を起用していた。

今大会とこれまでの大会との違いは、本大会出場国が16から24に増えたことだ。1チームが最大こなす試合数が6から7試合に変わった。チームにはこれまで以上に「体力」が不可欠になっていた。

ポルトガルは前評判で7番手。ベスト8からベスト4をうかがうチームと評価されていた。つまり、5~6試合を戦うであろうと。そこで最大の力を発揮するチームでありたいとF・サントス監督は考えた。終盤にきて強いチーム、息切れしないチームでありたいと。

このやり方は、前半で苦戦するリスクが増大することになる。だがそれを怠り、目先の勝利を欲しがるガチガチの采配をすれば、少なくとも優勝の可能性は低くなる。

ディディエ・デシャン監督の采配の方が、そうした意味では余裕を感じなかった。使ったフィールドプレーヤーはポルトガルより3人少ない17人。レギュラーとサブがほぼ決まっていて、入れ替えも少なかった。また、それにまつわる布陣の変更もなかった。奥行きのない采配。最後にきて息切れしそうな采配。6試合はなんとか持っても、7試合目は苦しそうな采配に見えた。

後半21分にF・サントス監督が行なった2人目の交代、アドリアン・シルバOUT、ジョアン・モウチーニョINも上々だった。ポルトガルに元気をもたらす交代だった。

そして3人目の交代が行なわれたのは後半34分。

ベンチに下がるレナト・サンチェスを、F・サントス監督は笑顔で迎えた。よくやったよくやったとばかり、弱冠18歳の頭をなでながら労をねぎらった。交代で入ったのは、フランスのリールでプレーするエデル。ポルトガルFW陣の中では最も影の薄い存在だ。

しかし、F・サントス監督は彼を、グループリーグ2試合でしっかり使っていた。出場時間は少なかったが、こちらには気になる選手として映っていた。3人目の交代選手として、ピッチに登場してきた瞬間、この身長188センチの大型CFが、ジョーカーの役を果たすとまでは思わなかったが、ピンと閃(ひらめ)くものがあったことは確かだった。期待の持てない選手には見えなかった。

延長後半4分、ポルトガルは左サイドで、ジョアン・マリオが落とし、モウチーニョが頑張ってそのボールをエデルに運んだ。エデルはDFをかわしてミドルシュート。100%の当たりではなかったが、逆にそれがフランス代表GK、ウーゴ・ロリスのタイミングを外すのに十分な効能があった。

1−0。C・ロナウドが前半25分、怪我で退場しても、ポルトガルは勝った。しっかり持ちこたえ、アウェーで初優勝を飾った。ともするとC・ロナウドのワンマンチームに見えるが、実はその逆。彼のいなくなったポルトガルは、とても真面目なチームに見えた。ひたむきに頑張るウェールズ、アイスランド系の匂いさえした。バリバリのラテン系であるにもかかわらず。

それは選手が乗っていたからだ。乗せたのはF・サントス監督。全員を巧みに使い切ったこの采配。ハリルホジッチを含む世の中の代表監督は、よい参考例にしてほしいものである。

(初出 集英社 Web Sportiva 7月11日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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