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主役不在のデモとスタジアム ブラジルのいびつな宴

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

コンフェデレーションズカップの最中のある日、格別のランチをいただいた。卓上に置かれたフェイジョアーダは、ブラジルではまったく珍しいものではない。だが、現地生まれの方の家でいただくとなれば特別で、食卓で聞かされた現地の生の声もまた、貴重なものだった。

ブラジルに入って数日後、同宿のカメラマンに日本からメールが入った。「今回の暴動は、ワールドカップへの反対なのかって聞いてるよ」。今大会開幕直後から始まったデモは、拡大の一途をたどっていた。

恥ずかしながら現地にいてもポルトガル語に明るくなく、暴動の映像は目にしながらも、実際人々が何を訴えているのかは分からない。むしろ、地球の裏からの「逆輸入」の情報で、状況を知らされた格好だ。

だが、世界に実情が正しく伝わっているのかは分からない。むしろ、デモの核心がどんどん分からなくなってくる。

もはや暴動と化した行動について話すうち、ランチに招待してくれたダニエルさんの声が、徐々に熱を増していった。決して、昼から開けた缶ビールのためではない。

彼によると、今回の暴動が広がったきっかけは、警察の蛮行だったという。デモは当初、バスの運賃値上げに反対する平和的なものだったが、警察官が至近距離から女児に向かってのゴム弾発砲が民衆の怒りに火をつけた。さらには、大手テレビ局の記者もゴム弾に打たれ、片目を失明したという。

こうした情報がインターネットを通じてで飛び交い、草原の火のごとくブラジル中でデモを誘発したのだという。そこに、ワールドカップスタジアム建設への過剰としか思えない公費投入、翻っての教育のサービス向上、政治家の汚職等々、人々の不満が爆発した。

ダニエルさんも、コンフェデ杯とW杯を合わせても数試合しか使用しないスタジアムの建設への途方もない金額投入に、「まったくもってナンセンス」と怒りをあらわにする。予算計上時と建設後でそのケタが変わったとなれば、声を荒げたくなるのも当然だ。彼は、「税金は正しく使われなければならない。教育を充実させなければ、貧しい人々はずっと貧しいままだ」と力を込めた。

デモ参加者に銃口を向けたミリタリー・ポリス(実際には軍警察ではない)の警察官も、薄給で働いているという。だが、その警官に上司がささやくという。「撃て。さもなくばクビだ」。そう話したダニエルさんは、「彼らも一緒に訴えたいはずなんだ」と声を落とした。

だが、ダニエルさんが強調する「教育の充実」が果たして一番の核心なのかは分からない。おそらくデモの参加者にも、要点を一つにはまとめられる人間はいない。

間違いないのは、人々が路上で不満を吐き出しているということだ。ある者はダニエルさんのように教育の充実を叫び、ある者はW杯への敵意をむき出しにする。日本にも映像が流れているであろう、商店を破壊する若者に至っては、自分の日常の青い鬱憤晴らしとしか思えない。

ベロオリゾンテでの準決勝終了後、デモが激しい地域に近いホテルへ戻ると、立派なロードレーサータイプの自転車に乗った若者数人がやってきた。ヘルメットの上には、破壊行動をする者たちが顔を隠すための仮面があった。彼らが自転車を停めた道路の角、報道カメラマンらしき男性らと相席となった軽食屋では、少年が小銭をねだってテーブルを回っていた。

「30数年ブラジルにいるけれど、こんなことは初めてだ」。ダニエルさんは言う。あまりに大きく拡大した業火は自らの行先を知らず、もはや何を燃やして前進を続けているのかも分からない。

ただ一つ、確かに思われることはある。まず手を差し伸べられるべきは、最底辺にいる人々であるべきだということだ。だが、彼らの姿は写真には写らないとダニエルさんは指摘する。「貧しい人たちは、教育を受けられない。4人も5人も子供を抱えて、自分たちの毎日を生きることに必死なんだ。デモには、彼らの姿はないだろう?」。

本当に怒るべき「主役」は、その術も力も持たないのかもしれない。

ベロオリゾンテで怒れる人々が結集した同じ日、中心部から車で30分ほどのスタジアムではコンフェデ杯の準決勝が行われ、5万7483人の観客が集った。ダニエルさんが予想した、デモ参加者の数に近いものだった。

試合前、ベロオリゾンテの会場と、決勝の舞台となったマラカナンの周囲を歩いて回った。集まった人々が着込んだシャツやユニフォームの色は、当然ながらカナリア色が9割を越えた。肌の色が白い人の割合は、それ以上。街中では、ロナウドやロナウジーニョと同じ肌の色をした人々が、自分たちが愛するクラブのユニフォームを着て歩いている。

ピッチに立ったブラジル人代表選手たちに目をやり、街中の様子を思い出す。この国で、人種を語ることは、意味がないことなのかもしれない。だが、コンフェデ杯のチケットを手に入られた人々の白人による構成比率は、街中の比率と明らかにずれている。そして、デモの参加者も。

オレたちは起こっている。統一されているのはデモ参加者の感情だけ。ブラジルでさえ核心をつかみかねる状況に、世界は自分たちへの影響と関連付けて「暴動」と伝えるほかはない。

もはや目的さえはっきりしないデモと、別次元のようなスタジアム。少なくともある日本人の目に映ったのは、主役不在のいびつな宴だった。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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