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ベトナム人留学生はなぜ技能実習生を調査したのか(4)気のいい普通のおじさんを変えてしまう恐ろしい制度

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ハノイの若者。筆者撮影

ベトナムから日本に留学したハノイ市郊外出身のグエン・ヒュー・クイーさん(27)。私がハノイで出会ったクイ―さんは技能実習生として来日して3年にわたり日本ではたらいた後に、日本の大学に入学した。そして自身の技能実習生としての経験から出てきた問題意識をもとに、日本の「外国人技能実習制度」について調査し、卒業論文を書いた。

この連載の1回目ではクイーさんの来日の背景を、2回目ではベトナムにおける「実習生ビジネス」について、そして3回目では技能実習生の「技能習得」をめぐる実態と低賃金などの搾取的な労働の在り方を伝えた。

一方、外国人技能実習制度の複雑さはそれが合法的に外国から技能実習生を受け入れる制度ながらも、この制度が運用される中で搾取や人権侵害が起きているということだ。

この半面、技能実習制度の理解を難しくするのは、技能実習生が受け入れ企業と良好な関係を構築するケースもあることだ。その上、技能実習生自身が低賃金労働や人権侵害に直面しても、それを不当なことだと認識していない場合もあり、これも技能実習制度というものが持つ意味合いを容易には咀嚼できないようにしている。

合法的な技能実習生の受け入れなのに、搾取や人権侵害があり、一方では、技能実習生と受け入れ企業とが関係を構築することもある。外国人技能実習制度は、さまざまな側面を持ち、一筋縄ではいかない制度のようだ。

4回目となる今回は日本の受け入れ企業と技能実習生との関係から、技能実習制度について考えたい。

■受け入れ先企業の社長と3年間続けた「交換日記」、”搾取”と”良好な関係”のはざまで

技能実習生など海外への移住労働者を出しているベトナム北部の省。筆者撮影
技能実習生など海外への移住労働者を出しているベトナム北部の省。筆者撮影

「高い日本の技術」を身につけたいと、100万円に上る高額の渡航前費用を借金により工面し技能実習生として来日したクイーさんだったが、受け入れ企業では「雑用」をあてがわれ、技能習得への期待を打ち砕かれた。

一方、クイーさんはこうも語る。

「実習先は中小企業だったので、そもそも日本人社員も楽ではなかったのだと思います。技能実習生とはもちろん給料は違うけれど、日本人社員も残業をするなど、仕事で大変なことがあったと思います」

また、もともとこの企業が技能実習生を受け入れたのは、クイーさんともう1人の実習生が初めてのことで、技能実習生制度についても社内ではよく知られていなかったようだ。そして、日本人社員自身が、仕事に追われていたという。

日本人社員の中にはクイーさんを地域の日本語ボランティア教室に連れて行ってくれるなど、親切にしてくれた人もいた。

同時に、この会社の社長とクイーさんは、日本語学習のためもあり3年にわたり日本語で日記を交換したのだという。

社長はクイーさんのことを気にかけて、日本語のことだけではなく、自身の考えや仕事の哲学を日記に書いて教えてくれた。

社長との日記の交換は、日本での技能習得の希望を打ち砕かれてしまったクイーさんをはげますこととなった。

クイーさんのケースは、現場での仕事では、雑用を押し付けられ技術を教えてもらえない上、低賃金で働かされる半面、親切にしてくれる人もいるというように、その状況は複雑なものだったのだ。搾取され、労働現場で希望に沿わない不当な扱いを受ける一方で、一定の親密さを有する人間関係も構築していたのだ。

技能実習生の経験者からは、クイーさんが経験したような日本企業の日本人との交流も聞かれることが少なくない。

また、技能実習生の経験者と話していたとき、彼ら彼女らから「会社の人とまた会いたい」「会社があるまちを再訪したい」という発言が出たこともあった。

たしかに、海外からやってきた若者たちの面倒をみたり、親切にしたりする人もいるだろう。

さらに、ベトナム人技能実習生の受け入れ企業の中には、実習生の働きぶりにほれこみ、ベトナムに進出して、現地法人の幹部に元実習生を充てるケースも出ている。企業の中にも、技能実習生を事業を支える重要な存在としてとらえ、関係を構築したり、現地法人の幹部に登用したりする企業もあるのだ。

■ベトナム人技能実習生の比較対象はベトナムの賃金水準や就労状況

ハノイの新興地域。地域格差が広がり海外移住労働に期待を抱く人が出ている。筆者撮影
ハノイの新興地域。地域格差が広がり海外移住労働に期待を抱く人が出ている。筆者撮影

この半面、「日本の会社の人に親切にされた」と話す技能実習生経験者に、就労状況や賃金について詳しく聞くと、実際には低賃金の搾取的な労働を行っていたという話がでてくることもある。

けれど、そうした状況を、彼ら彼女らは一定程度、受け入れてもいるのだ。

なぜだろうか。

これは、ベトナム人技能実習生にとっては、比較の対象になるのは、日本の賃金水準や就労状況ではなく、ベトナムの賃金水準や就労状況だからだろう。

技能実習生の賃金は、日本人労働者にとっては就労を躊躇する金額であっても、ベトナムの水準とくらべればたしかに高い。

その上、ベトナムでは労働者保護や関連法規の整備は現在でも課題となっている。出身国で、労働者保護のぜい弱性や賃金水準の低さといった課題がある中で、技能実習生としての日本での就労は場合によっては「出身国よりはよいし、まし」としてとらえられることもあるのではないだろうか。

なによりも、経済発展の最中にあるベトナムから来た技能実習生にとっては、お金を稼ぎ、家族に送金することは、家族の暮らしを支えるという重要な意味を持つ。家族のため、自分の人生のために、さまざまなことを我慢してでも、日本での就労を乗り切り、ベトナムよりも高い賃金をできるだけ多く持ち帰りたいと思うのではないだろうか。

だが「出身国よりはよいし、まし」という技能実習生としての就労を、技能実習生本人が許容したとしても、それを日本社会の側が許容してもいいのだろうか。

日本人労働者が敬遠しがちな労働部門で、日本との経済格差のあるベトナム出身者が、低賃金で、かつぜい弱な労働者保護体制のもとで働くという技能実習制度のあり方への疑問はつきない。日本の労働現場で、アジア出身の若者が搾取的な低賃金労働を担うとことが、公然と行われてしまうのはなぜだろうか。

■「よい会社」と出会えるかどうかは”運しだい”

ハノイの商業施設。地域格差が広がり海外移住労働に期待を抱く人が出ている。筆者撮影
ハノイの商業施設。地域格差が広がり海外移住労働に期待を抱く人が出ている。筆者撮影

その上、受け入れ企業と技能実習生とが常に良好な関係を構築するとは言えない。

技能実習生制度では、たしかに場合によっては「人と人との交流」が生まれる可能性があり、受け入れ企業やそこで働く日本人と技能実習生との間で「個人的な関係」が構築されることもあるだろう。

しかし、技能実習制度をめぐっては、賃金水準の低さや差別的な待遇、長時間労働、賃金の未払いなど数々の課題が既に起きている。

私が聞き取りをした元技能実習生の中にも、就労先企業の日本人に暴力やセクハラを受けた人もいた。 

重要な問題は、技能実習生がどのような受け入れ企業で就労するのかは、「偶然」に左右されることが少なくないということだ。

さらに、技能実習生は受け入れ企業との間で課題があっても、別の企業に転職することができない。

そのため技能実習生が日本で搾取的な処遇に直面するのか、あるいはきちんと処遇してくれる受け入れ企業で働けるのかどうかは、「運まかせ」なのだ。

■”期間限定の低賃金労働”を許す技能実習制度、構造が生み出す搾取と人権侵害

ベトナムの北部にある農村の路地。筆者撮影
ベトナムの北部にある農村の路地。筆者撮影

こうした日本の受け入れ企業と技能実習生との関係をどうみればいいのだろうか。そして、この複雑に入り組んだ外国人技能制度とはなんなのだろうか。私は技能実習生の経験者に話を聞きながら、頭を悩ませることが少なくなかった。

一方、私の疑問にこたえるヒントになりそうなのが、次の言葉だ。

「技能実習生制度は、気のいい普通のおじさんを変えてしまう恐ろしい制度」

この言葉を発したのは、技能実習生など外国人労働者の支援活動を長年にわたり行ってきた鳥井一平氏(全統一労働組合)だ。

鳥井氏は2015年6月27日に法政大学市ヶ谷キャンパスで開かれた公開研究セミナー「在留管理と共生-“偽装”移民政策を問う」(主催:移住者と連帯する全国ネットワーク=移住連)で、技能実習制度が構造的に持つ課題をふまえながら、「技能実習生を受け入れる企業の経営者は気のいい普通のおじさん。技能実習生制度は気のいい普通のおじさんを変えてしまう恐ろしい制度」だと語った。

個人それぞれの優しさや親切心があったとしても、そもそも低賃金での期間限定の労働を日本と経済格差のあるアジア出身者に担わせるという技能実習生制度の構造そのものが、技能実習生への搾取や人権侵害を招くなど、技能実習生を困難な状況におとしめるのではないだろうか。

技能実習制度の中で、人と人との交流も確かに生まれるだろう。けれど、そもそもの制度の持つ構造的な課題は受け入れ企業の「気のいい普通のおじさん」を変えるとともに、技能実習生を搾取や人権侵害のリスクにさらされやすくする。(「ベトナム人留学生はなぜ技能実習生を調査したのか(5)」に続く)

■用語メモ

【ベトナム】

正 式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少 数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台 湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねて より制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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