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FPの妻が国債を買いに行って投信を押し売りされた話

山崎俊輔フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP
銀行の金融商品販売時説明(イメージです)(写真:AFLO)

個人向け国債を買いに行ったら投資信託を買わされそうになった

私の妻が、個人向け国債の償還を迎えた。これに加えて追加資金での新規購入を行うため、地元の銀行に行ったところ、個人向け国債ではなく別の金融商品を押し売りされそうになった。

今回はたまたまSMSで私にメッセージが来て、私がすぐ気がついて返信をしたので、押し売りされずにすんだのだが、話を聞いたところ、素人だったらそっちを買ってしまうのだろうなあと思った。そこで、投資について考えるヒントとしてここに顛末をまとめておこうと思う。

もちろん、投資信託を絶対買ってはいけない、というわけではなく、むしろ個人の運用の選択肢としては投資信託は現実的チョイスなのだが、適当な商品選びについて銀行員に相談しながら受けるというのは(素人ほど相談を希望するが)難しいということが分かると思う。

個人向け国債を買おうと思った理由は以下のとおり

最初に、顧客(つまり妻)がどのようなニーズで個人向け国債を買っているか整理しておこう。これは金融機関職員が商品提案したければ押さえておくべき前提条件である(なお、妻は聞かれていないので下記条件をほとんど話していないことを付記する)。

  • 今回の資金額は約150万円(満期になった個人向け国債があり、これに新規資金を追加したもの)。
  • 安全性の高い資産運用しか考えていない。なぜなら夫(私)が行っている資産形成のほとんどは株式投資であることと、自分の知識が不足しているため
  • 夫は個人向け国債の変動10がよいとアドバイス、変動10(変動金利型10年満期)を購入するつもりであった。
  • 個人向け国債以上のリスクのある金融商品を購入した経験もなく、知識もない(当然ながら自ら申し出たわけではない)
  • 目的は長期の資産形成であり、少なくとも5年以内の解約予定はない

さて、どんな投資信託を銀行員は提案してきたのだろうか。

勧められた投資信託とその問題点

銀行員が提示してきたのはD証券の国内債券(日本国債)のみで運用される投資信託である。その理由はこうだ。

  • 過去1年、年0.70%相当の利回りになっており、これは今回購入する個人向け国債の当初金利を上回る
  • 購入時に手数料が生じるが、これは約半年保有すればペイできる水準である
  • 元本割れのリスクはきわめて低い

さて、一見すると、「そうかもなー、こっちがお得かもなー」と思わせるトークだが、どうだろうか。

ここで改めて、判断材料として個人向け国債と当該投資信託との比較をしてみよう。

購入時のコスト

・個人向け国債  無料

・D社投資信託  購入額の1.08%

保有期間のコスト

・個人向け国債  無料

・D社投資信託  購入額の0.32%(年率)

解約時のコスト

・個人向け国債  過去2回分の金利を没収

・D社投資信託  無料

投資対象

・個人向け国債  日本国債

・D社投資信託  日本国債

分配金・配当頻度

・個人向け国債  年2回

・D社投資信託  年12回(毎月分配型)

利回り

・個人向け国債  初回0.21%(変動する)

・D社投資信託  年1.07%(過去1年)※

※執筆時点 モーニングスター社HPから

「投資対象は同じで、利回りは高いのなら、投資信託もアリじゃないの?」と思うようならあなたはもう少し、取引相手を疑ってみるほうがいい。

SMSでメッセージが来なければ買っていたかもしれない怖さ

まず、顧客たる妻は当面解約するつもりもなく、そこから分配金をもらって何か生活の足しにするわけではないのに、毎月分配型を提案してきていることに疑問が生じる。しかもここしばらく行っている毎月20円の分配金(1万口あたり)は、実際の運用益でまかなえていない状態にある。運用報告書をみるとここ1年については毎月2~5円相当は取り崩しになっている。顧客たる妻はそもそも毎月の収益分配金は必要としていないうえ、タコ足配当で自己資金を取り崩している商品(彼女にはまったく必要のない商品)を提案されていることになる。

また、購入時のコストも気になる。購入時手数料は別途払うのが基本だが、内枠にすることもできる。150万円買って別途16200円払うのではなく、つまり148万3973円分買って1.08%分を払えばちょうど150万円という買い方もできるわけだ。しかし、148万円3973円が(商品セールスで言われたところの)年率0.7%上昇してくれたところで、149万4361円にしかならないわけだ。この投資信託が同じペースで利回りを上げ続けるとは考えにくいが、その場合だと2年でようやく原点復帰というイメージだ。これは顧客のニーズを満たしてはいない(収益分配金を再投資した場合、原点復帰は早まるものの収益分配金には税金がかかる)。

くせものはこの購入時に発生する16200円の手数料で、これは金融機関の取り分である。そして、確実に発生するコストになる。その後の利回りの変動状況については保証されるわけではないし、結果は顧客のみが責任を持つことになる。繰り返すが、顧客たる妻は今後の金利情勢について何の意見も理解も持ち合わせていない。

向こうもダメ元で話を振った雰囲気も感じられるので(断ったら素直に引き下がったらしい)、追求はこれくらいにしておく。しかし、恐ろしいのは、一言私にSMSが届かなければ、また私がすぐに返事をできなければおそらく彼女は150万円をD社日本国債ファンドにつぎ込んでいたということだ。

その日はたまたまiPhoneが手元にあって「買うな 変動10でいい」と速攻で返したおかげで、セールスに負けずにすんだ。しかし、そうでなかったら(あるいはそういう相談相手がいなくて「よく分からないけど、いいんじゃない」とコメントする人しか身近にいなかったら)、販売担当の彼女(女性だった)は150万円の営業成績と16000円ほどの販売手数料を手に入れていたことになる。

要するに、銀行員は信頼すべき相談対象ではないという証明か

金融機関の提案を意地悪に捉えれば、適合性の原則にも反しており、そもそも顧客のヒアリング不足で、顧客ニーズに合った提案をしていないように思える。地元の銀行であるからなんとなく親しみを抱いてはいけないのだ。

要するに、販売担当の彼女もただの会社員であって、販売実績が人事評価やボーナス額にも反映される「営業」なのである。民間企業でもより多くの成約を取り付ければボーナスがアップするのと同じだ。

そして、銀行がとりつけてくる営業成績というのは、行員があなたにどれだけ投資信託を売りつけ手数料を獲得してきたか、ということなのだ。

妻は「でも、いい人そうだったよ」とコメントしているが、銀行の窓口に極悪人風情の人が立っているはずがないし、極悪人ほど極悪顔はしていないものだ。いい人そうな人ほど気をつけるべきだろう。

繰り返すが、銀行員は、あなたのお金のあり方について親身になってくれる相談相手ではないと考えるべきだ。(ところで、某メガバンクは「そば」にある相談相手、と自称して、相談内容が分からない場合はそもそも何を相談すればいいか相談しろとそそのかしているが、これも恐ろしい広告である)

山崎元さんの近著に「信じていいのか銀行員 マネー運用本当の常識 (講談社現代新書)」というものがあるが、まさにこれを地で行ったケースであった。未読の人で、「銀行に相談すれば親身になって投資のアドバイスをタダでしてもらえる」と思っている人は読んでおいた方がいいだろう。

フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP

フィナンシャル・ウィズダム代表。お金と幸せについてまじめに考えるファイナンシャル・プランナー。「お金の知恵」を持つことが個人を守る力になると考え、投資教育家/年金教育家として執筆・講演を行っている。日経新聞電子版にて「人生を変えるマネーハック」を好評連載中のほかPRESIDENTオンライン、東洋経済オンラインなどWEB連載は14本。近著に「『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」「共働き夫婦お金の教科書」がある。Youtube「シャープなこんにゃくチャンネル」 https://www.youtube.com/@FPyam

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