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「イスラーム国」と戦うとはどういうことか

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

13日にパリで発生した同時襲撃事件をきっかけに、「イスラーム国」が攻撃の矛先を欧米諸国に転じた、すなわち「国際化」したとの分析や論考が目立つ。また、インターネット上では「イスラーム国」の地方組織が製作・発信したこの事件についての宣伝動画が多数出回り、動画の中で気勢を上げる末端の構成員たちがアメリカを攻撃すると叫んだり、アメリカへの攻撃をほのめかす場面が現れたりすると、各国の報道機関がこれをこぞって速報した。一連の動画は、一定の指針に沿って製作され、登場人物の口上や、引用されるニュースの場面や演説、BGMとなる歌などに共通点が多い上、過去に発表された無関係の動画からの映像の使いまわしがあるなど、粗雑な点が目立つ。

「イスラーム国」は、これまで欧米諸国やアラブ諸国でヒト・モノ・カネなどの資源を調達し、トルコ経由でイラクとシリアに送り込むことで勢力を支えていた。このため、欧米諸国への攻撃は末端の構成員がその決定過程や攻撃の全容を知ることができたり、今後の方針を発信できたりすることが考えにくい、組織の経営方針や命運に重大な決定である。末端の制作部門や構成員が「攻撃予告」を繰り返すことは、事件や「イスラーム国」への関心の高まりに便乗したり、同調者の単独犯的行動を促したりする意味が強く、組織を代表した情報の発信とは思われない。

また、「イスラーム国」の方針や性質が変わったとしても、一度の攻撃や短期間のうちの広報活動ではなく、より長期的な視点で「イスラーム国」の行動を観察・分析して実態を解明すべきだろう。その一方で、「イスラーム国」がどのように資源を調達していたのかを理解すれば、彼らが欧米諸国の国内で攻撃をかけるとはどういうことなのか、そしてフランスをはじめとするEU諸国が“「イスラーム国」と戦う”ためにすべきことが明らかになる。「イスラーム国をはじめとするイラクやシリアで活動するイスラーム過激派諸派には、2011年以来100カ国以上からおよそ3万人の戦闘員らが流入したとされ、そのうち欧米から流入した者の数も数千人と推定される。流入した人数の合計も、そのうち欧米諸国から流入した者の人数の合計も、この1年で倍以上に増加していることから、これまでのところ諸外国からイラクやシリアへのヒト・モノ・カネの流れはほとんど滞っていないと考えてよい。

このような資源の流れを、人材勧誘に焦点を当てて考えると、その過程には「イスラーム国」などを目指してイラクやシリアに潜入する本人(=潜入者)、彼らを勧誘・選抜・教化して送り出す者(=勧誘者)、潜入の旅程、特に旅券の偽造や国境のすり抜けを援護する者(=案内者)、そして彼らを迎え入れる組織(=受け入れ者)の4つのアクターが関与する。イスラーム過激派は敵対する国家などからのスパイの潜入を嫌うため、人員を勧誘する際は組織と人的な関係を持つ勧誘者が、親戚やジハード経験者の仲間らを対面の意思疎通を通じて勧誘することを人材調達の基幹としてきた。この点については、現在も変わりがないとの説が有力である。一方、最近問題視されているSNSなどを通じて既存の勧誘の過程に乗らずに「イスラーム国」などに合流する者たちは、やはり「イスラーム国」などの構成員ではないが彼らが発信する情報を取りまとめたり、翻訳したりしてネット上で提供する者(=拡散者)から得た情報を基に潜入を試みる。こうした不正規ともいえる潜入者は、直接「イスラーム国」の一員となるのではなく、いったん下部の戦闘部隊か訓練施設に配属され、そこで信頼を勝ち取り推薦を受けなければ「イスラーム国」の構成員にはなれないらしい。このような人材勧誘の営みを図示すると、下図の通りとなる。

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出典:「中東かわら版」No.127、『「イスラーム国」の生態がわかる45のキーワード』87頁

従来、EU諸国と「イスラーム国」との関係は、赤枠で囲んだEU域内から、緑枠で囲んだイラクやシリアへと人材が供給される関係だった。そうなると、このたび問題となったフランスやベルギーには、「イスラーム国」のために人材や資金を調達し、送出す組織やネットワークがそれなりに広く、強固に存在していたことになる。ここで、「イスラーム国」が「国際化」した結果フランスを攻撃したのならば、ヒト・モノ・カネなどの資源は緑枠で囲んだ部分から赤枠で囲んだ部分へ流れることになる。つまり、「イスラーム国」にとってはイラクやシリアでの活動を支えるために必要な外部からの資源が流れてこないことになる。一方、既にEU諸国の内部に存在していた資源調達のための組織やネットワークは、活動の内容が戦闘員を支援したり、自ら攻撃を実行したりすることへと変わるだろう。これに対し、攻撃を受けたフランスなどは自国内での取り締まりを強化することになるので、これもEU諸国から「イスラーム国」への資源の流れを妨げる要因となる。

以上のような構図に鑑みれば、フランスが「イスラーム国」と「戦争」するつもりならば、イラクやシリアの田舎で行う爆撃の数を多少増やしても、「イスラーム国」の打倒にはつながりにくい。「イスラーム国」が「国際化」しようがしまいが、フランスは上の図で言うと赤枠の内側、つまり自国内で「イスラーム国」のために活動している者を封じ込めなくてはならない。ただし、フランスやベルギーの国内には、これまで「イスラーム国」のために活動していた組織やネットワークがそれなりに強固に存在していると思われることから、これらに対する取り締まりを強化すれば、反撃や攪乱のための攻撃を受ける確率が上がる恐れもある。今まで通り等閑な取り締まりで済ませれば自国内で攻撃を受ける可能性は上がらないかもしれないが、それでは「イスラーム国」と戦っていることにはならない。フランスをはじめとするEU諸国は、自らが犠牲を払って自国内で「イスラーム国」と対峙する局面に差し掛かっているのである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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