Yahoo!ニュース

シリアにおけるトルクメン人と紛争中での役割

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

2015年11月24日に発生した、トルコ軍機によるロシアの爆撃機の撃墜事件は、トルコとロシアの関係だけでなく、シリア紛争や「イスラーム国」対策にも相応の影響を与えた。一方、現場レベルでは、撃墜されたロシア機のパイロットの殺害や救出作戦妨害、そしてラタキア県北端での戦闘の当事者として、トルクメン人の反体制派武装勢力なるものが登場した。トルクメン人という民族集団のみからなる武装集団の存在は、シリア国内での紛争の推移という観点からは、紛争が「悪の独裁政権に対し自由を求めるシリア人民みんなの蜂起」ではなく、「宗教・宗派、民族集団によるシリア解体と権益奪取闘争」であるとの印象すら与えかねない。本稿では、シリアにおけるトルクメン人の実態と、紛争における彼らの役割について考察する。

1.シリアにおけるトルクメン人

トルクメン人という民族集団の起源には諸説ある模様だが、シリアを含む中東には11世紀にセルジューク朝が進出してきた際に、その一派としてトルクメンという集団が史書に現れる。時代が下り、オスマン朝の時代になると、オスマン朝はトルクメン人の諸部族に金銭や権限などの便宜を与えて現在のシリア領の街道沿いのような要地に居住させた。このような経緯で、シリアにおけるトルクメン人の居住地はアレッポ県の北部、ホムス県、ラタキア県の北端、ダマスカス周辺、ラッカ県に居住している。トルクメン人の居住が最も多いと思われるのはホムス県であり、今般のロシア機撃墜事件で話題となったラタキア県北端はトルクメン人の居住地としては必ずしも中心的な場所ではない。また、2011年の紛争勃発後、一部報道機関がラタキア県の北端の一部を指して好んで使用する「トルクメン山地」なる呼称も、紛争の勃発と激化に伴って現れたものであり、その歴史的根拠は薄い。

一部にはシリアにおけるトルクメン人の人口を数百万人と主張する説もあるようだが、シリア・アラブ共和国の人口は2300万人程度で、うち約9割がアラブ人、8%ほどがクルド人と考えられていることから、トルクメン人も含むその他の民族集団が占める割合は2%弱となる。この推計を採用すると、トルクメン人の人口は20万人ほどと思われる。なお、アレッポ県北部のトルクメン人の主要居住地であるアアザーズ市、ミンバジュ市やバーブ市などは、「イスラーム国」の攻撃にさらされているか、同派に占拠されているかしている地域である。

画像

図:シリアにおけるトルクメン人の主な居住地(赤線で囲んだ部分) 出典:筆者作成

2.シリア紛争の中でのトルクメン人

紛争が勃発するまでは、シリアに居住するトルクメン人とトルコ政府との関係は密接だったわけではない。シリアにおけるトルクメン人の住民の多くは、アラビア語も使用して生活する人々であり、トルクメン人に縁の国会議員や閣僚も輩出していた。シリア紛争勃発後、トルコ政府はトルクメン人の「反体制派」への支援を強化し、政治的支援、報道上の支援だけでなく、武装勢力の戦闘員の訓練や重火器の供与まで行ったとされる。主なトルクメン人の政治勢力としては、「シリア民主トルクメン運動」、「シリア・トルクメン愛国ブロック」があり、前者はトルコ在住の反体制派政治勢力諸派から注目された存在である。なお、トルクメン人の政治家たちは、在外の反体制派の連合体である「シリア国民評議会」で115~120議席中18議席、「シリア国民連合(連立)」では64名のうち3~4名を占めている。

一方、トルクメン勢力の武装集団は、「トルクメン・シリア軍」というアンブレラ組織を形成しているが、これを構成する諸派は実質的には独自に活動している上、民族的に構成員の全てがトルクメン人で占められる団体は存在しない模様である。主な団体は、表の通りである。

活動地域  名称

アレッポ  スルターン・アブドゥルハミード旅団

スルターン・ムラード旅団

ムハンマド・ファーティフ旅団

殉教者アリー・ユルマズ軍

ブハーリー軍

ラタキア県北端 スルターン・サリーム部隊

ヌールッディーン・ザンキー部隊

トルクメン山地旅団

表:トルクメン系とされる主な武装勢力 出典:2015年12月1日付『サフィール』紙を基に筆者作成

上記の団体の多くは、トルクメン人のみからなる集団で、民族主義運動としての集団はではない。また、ジハード主義的な傾向を持ち、アジア系の外国人戦闘員の受け皿として機能しているとされる。また、トルクメン系とされる武装勢力の多くは、シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」と親密な関係にあり、連携して活動していると考えられている。さらに、「沿岸地方のヌスラ戦線」の指揮官であるアブー・アフマド・トルクマーニーのように、アル=カーイダやそれに類するイスラーム過激派の幹部となるトルクメン人活動家もいる模様である。

3.考察

シリア紛争の中でトルクメン人の武装勢力の存在に焦点が当たったことは、従来から比較的著名だったクルド人の武装勢力や、シリアという国や共同体の行方を全く意に介さない「イスラーム国」、「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派諸派と並び、紛争を通じてシリアが宗教・宗派、民族毎に解体・分断される危険性を示している。各々の武装勢力は、シリア紛争に関与する外部の諸当事者から支援を受けており、後援者たちの意向を反映した活動をしている。「イスラーム国」対策の場合でも外部からの資源の流入をいかに遮断するかが最重要課題であるが、それ以外の様々な武装勢力についての同様のことがいえそうだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事