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シリア:政治解決への行程に「反体制派」の居場所はあるか?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
数年前のクリスマスのダマスカス

国連の安全保障理事会で、シリア紛争の政治的解決に向けた「行程表」を確認する安保理決議2254号が採択され、これまでにシリア紛争の当事者である諸外国の会合で設定された日程案が国連の場で「お墨付き」を得た。この通りに進めば年明けにもシリア政府と「反体制派」との交渉が始まり、18カ月後には新憲法に基づく大統領と議会選挙が行われることになっている。サウディアラビアはこの安保理決議の採択に先立ち、シリア内外に在住する「反体制派」を招集して会合を開催、「反体制派」側の交渉主体の編成に乗り出した。その結果、リヤード・ヒジャーブ元首相(2012年夏に政権から離反して国外に逃亡。その後「反体制派」として活動)を代表とする三十数名からなる委員会をリヤードに設置した。今後どのような代表団が編成されるかは定かではないが、国際的に著名な「国民連立」、「自由シリア軍」、シリア国内で活動を続けていた活動家などを中心とする「調整委員会」、クルド勢力、さらにはアル=カーイダと近しい関係にある「シャーム自由人運動(アフラール・シャーム)」などの武装勢力諸派など、政治的志向や利害関係が著しく異なる多様な主体から統一的な代表団を編成し、「反体制派」として交渉やその後の行動に責任を負うという難題が待ち構えている。特に、クルド勢力や「アフラール・シャーム」は、トルコやイラン、ロシアなどの諸外国間の交渉の行方によっては「テロ団体」扱いを受けかねない主体である。現在も国内で活動している「反体制派」活動家たちには敬意を払うべきであるが、彼らには政権側の手先の「偽反体制派」との非難が付きまとう。

そうなると、「反体制派」の中心を担う主体としては「国民連立」や「自由シリア軍」に期待が集まるかもしれないが、これらの主体にはシリアの現地にほとんど基盤がないという問題点を抱えている。そもそも、「国民連立」にしても「自由シリア軍」にしても、雑多な活動家や武装集団に包括的な印象を付与するために設けられた連合体、或は共通ブランドとしての性質が強い。また、現在「反体制派」が占拠しているとされる地域には彼らの影響力が及んでおらず、11月半ばには「国民連立」が組織した「暫定政府」が「反体制派」の占拠地域であるイドリブ県入りを拒絶されてトルコに追い返されるという失態を演じた。イドリブ県では、シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」が実権を握り、同地を「解放区」として拠点を作ろうとした「国民連立」や「自由シリア軍」諸派は締め出されている。[http://www.meij.or.jp/kawara/2015_119.html 「ヌスラ戦線」は、イドリブ市などで「イスラーム国」のそれと同様の「イスラーム統治」を住民に科しているとされる。]

「反体制派」の政治組織や「自由シリア軍」を名乗る武装勢力諸派は、これまでシリア人民の安寧や生活の保護に寄与するというよりは、国際会議や報道の世界を活動の場としてきた主体であると言えよう。そして、彼らの活動の内容や彼らを取り巻く環境が劇的に変化し、シリア国内に確固たる基盤を構築できる可能性はほとんど期待できない。

一方、現場の武装勢力の中で、「「イスラーム国」と非「イスラーム国」」、「過激派と穏健派」などの区別や分類はほとんど意味をなしていない。2012年の段階で、武装勢力諸派構成員たちの間で目先の戦局や資金・物資の調達の可能性に応じた安易な移籍や重複所属が常態化していたことが指摘されていた。また、武装勢力諸派の間で装備の融通や売却が行われており、「穏健な」武装勢力に供給した装備がイスラーム過激派の手に渡っていた事例も観察されているようである。つまり「イスラーム国」殲滅に集中し、他の武装勢力を「反体制派」として容認・支援しても、「イスラーム国」の構成員が他のイスラーム過激派武装勢力に移籍して潜り込むだけの結果に終わりかねないのである。シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」や、アル=カーイダと近しい関係にある「アフラール・シャーム」は、シリアを出撃拠点として外国を攻撃しないという「戦術を選択して」おり、諸外国からの認知と支援を獲得しようとしている。現在シリアでは、アレッポ市の周辺で「「ヌスラ戦線」+「反体制派」対シリア軍」、「「イスラーム国」対シリア軍」の戦闘が激化しているが、そんな中でアメリカとトルコが支援する「反体制派」同士の戦闘が発生した。

交戦の当事者となった「反体制派」の片方は、ヌスラ戦線の加勢を受けてすらいる。このような状況は、「対立軸や利害関係が錯綜しているシリア情勢は複雑だ」という分析や説明を放棄した言辞に回収されてしまいがちだが、実態は「反体制派」や「ヌスラ戦線」のような「非イスラーム国」の武装勢力諸派には、どんなに諸外国から支援を受けても「イスラーム国」と戦う意志が乏しいという単純な話である。

結局のところ、政治団体にせよ武装勢力にせよ、政権側との対話や交渉と今後のシリアの政治体制の構築に参加資格を欠いた主体が多く、参加する主体があったとしても実効的な参加は期待薄というところが「反体制派」の現状であろう。しかし、こうした状況は「反体制派」が存在しないとか、今後の交渉やシリアの政治過程に「反体制派」の居場所がないという話ではない。むしろ。安保理決議2254号などで設定された「行程」の論理(=ただしこの日程で進む可能性はほとんどない)では、「反体制派」が現在のような状態でいた方が好都合である。なぜなら、シリア紛争の発生と悪化の原因をアサド政権に求める諸国は、いずれも自力でアサド政権を打倒する意志がなく、政権打倒のための計画・構想とそれを実現するための費用負担の見通しも持っていないからである。そうなると、少なくとも当分の間、現在「イスラーム国」との戦闘の前面に立っているシリア政府の実態にほとんど影響を与えず、なおかつ「なるべく包括的な新体制」を演出してシリアの政治体制の刷新問題を処理せざるを得ない。安保理決議2254号とそれに先立つ諸般の国際会議で、アサド大統領の処遇が棚上げ状態となっているのは、このような事情の産物である。有名無実の「国民連立」や「自由シリア軍」の使い道はここにあり、過去5年近く「反体制派」として自立した基盤を作ることができなかった「国民連立」や「自由シリア軍」は、「なるべく包括的な新体制」を演出するための駒としての役回りを受入れるか否かの選択を迫られているともいえる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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