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「パチンコ釘問題」を世界で最も判り易く説明してみる

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

さて、とうとうパチンコ釘問題に関して、大手メディアが報じ始めました。以下、本日の読売新聞および毎日新聞による報道へのリンク。

メーカー不正改造:パチンコ台、大量回収へ 警察庁要請- 毎日新聞

http://mainichi.jp/articles/20151224/ddm/001/040/124000c

パチンコ台「くぎ曲げ」横行…数十万台回収へ : 読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/national/20151223-OYT1T50109.html?from=tw

本件に関しては実は先行して、フジTV系のオンライン番組「真夜中のニャーゴ」にて、やまもといちろう(投資家)×POKKA吉田(パチンコ業界ライター)×木曽崇(カジノ研究者)で、現在巻き起こっているパチンコ業界における釘問題に関する激論を取り上げております。収録時に聞いた話によると、今回の放送はアーカイブ化して無料視聴できる形にするとの事だったので、見逃した方はそのうち番組サイトで動画視聴が出来るようになるかもしれませんし、ならないかもしれません。

【参照】真夜中のニャーゴ アーカイブ

http://www.houdoukyoku.jp/pc/archive/

一方、この放送を私自身が見直した上で思ったのは、やっぱりこの問題は状況があまりに複雑にからみあい過ぎている、かつ必然的に法律用語&専門用語が多くなるのもあって、一般視聴者の方々にとっては非常に判りにくいだろうなぁということ。一方で、業界外の方が書いたより簡易な解説はあるのですが、それはそれですごく間違った解釈が含まれていたり、情報に過不足があったりと、個人的にはイマイチぴんと来ないのも事実です。

そこで今回は、なるべく専門用語を使わず、あまりに詳細過ぎるところには踏み込まず、かといって本問題の全容を理解するにあたって必要十分な要素を含むギリギリの線でパチンコ釘問題を説明したらどのようになるのだろうか?という試みで、以下、エントリを書いてみますのでよろしくお願いいたします。

1. パチンコ釘とは

パチンコ釘とは、パチンコの盤面に打ち込んである「釘」のことです。これらパチンコ釘は、機器から打ち出される球の行方をコントロールし、ゲームの流れ、もっといえばそれら機器で提供されるギャンブル性を決定づけるパチンコ機の性能において非常に重要な役割を果たすものです。

このパチンコ釘は、風営法の関連規則において、盤面に対して「おおむね垂直に打ち込まれている」ことが義務付けられています。もっといえば世のパチンコ店に設置されているパチンコ機は、各釘が「おおむね垂直」に打ち込まれている前提で機器性能の試験を受け、同じ型式で生産されている機器はおおむね同一性能を保持しているものとして、各パチンコ店への設置許可が行われているものです。

ところがパチンコ業界では、この「おおむね垂直」でなければならないとされている釘を、「メンテナンス」と称してハンマーで叩くなどの手段で曲げる行為が数十年に亘って蔓延してきました。これら「釘曲げ」と呼ばれる行為は、本来あるべき形のパチンコ機を無許可で改造するという風営法上の重篤な違反行為であるのですが、業界内では当たり前の営業行為の一部として長らく存在してきたのが実態です。

2. 何の為に釘を曲げるのか

パチンコ店は何の為に釘を曲げるのか? 一口に言えば、パチンコ機のギャンブル性を向上させる為です。

そもそも我が国の刑法は原則的に賭博を違法としているワケですが、パチンコはその刑法が定める「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない」という例外規定の範疇で、日本社会に存在することが許されている「娯楽業」です。で、あるとするのならば、そこで提供される機器のギャンブル性には自ずと制限がかけられるワケで、パチンコ業界を統制する風営法はその関連規則においてパチンコ機のギャンブル性基準を定め、先述の機器性能試験を通じて店舗で提供されるパチンコ機に統制をかけています。

釘曲げを行っている主体は、この公的に認証されたパチンコ機のギャンブル性を不正に高める為、多くの場合は「小当たり」用の入賞口の真上にある釘間を狭くし、一方で「大当たり」用の入賞口の真上にある釘間を広くするなどの変更を行います。これにより、当該パチンコ機はプレイヤーにとってより「当たり外れ」がハッキリと出る状態、すなわちギャンブル性の高い状態となる。繰り返しになりますが、これは風営法上における明確かつ重篤な法令違反行為であります。

3. 突如始まった警察による指導

このような「釘曲げ」行為の存在は、パチンコ業界において「公然の秘密」ともいえる状態で数十年に亘って存在してきた業界慣行であり、パチンコ愛好家の間においてすらも本来同一性能で提供されているハズのパチンコ機において、「釘を見ながら台の選択を行う」ことが当然のプレイスタイルとされてきました。ところが、その長年に亘る悪しき業界慣行に対して、今年になって急に切り込んだのが警察庁です。

その背景には、ここ数十年でギャンブル性が著しく向上したパチンコに対する社会的批判の高まりがあります。レジャー白書による統計に基づくと、平成元年におけるパチンコプレイヤーの平均消費金額(遊技料)は年間50万円程度であったのに対して、現在のプレイヤーの平均消費金額は年間およそ200万円と、この25年で4倍に膨れ上がっています。

これは、この25年間の物価上昇分を考えても異常ともいえる消費金額の上昇であり、一方でカジノ合法化などという警察庁にとっては迷惑極まりない政策提案をしている者達が居るのもあって、それと対比をする形でパチンコのギャンブル性向上に対する社会批判が今後ますます高まるであろう事は予想に難くありません。

このような背景もあり、警察庁は今年の年初の業界団体の会合において、長年の悪しき慣行であった「釘曲げ」行為の撲滅を宣言。半年間の改善期間を設けた後、全国調査に踏み切るのでありました。

4. 改善されない「釘曲げ」行為

ところが、警察庁があれだけ声高に問題改善を訴えたのにもかかわらず、半年間の改善期間を経た後にもその状況が全く改善していないことが判明します。今年6月からおよそ2か月に亘って行われた全国161店舗、258台のパチンコ機を対象とした調査において、法令の定める基準に則って運用が行われているパチンコ機が世の中に「一つもない」という仰天結果が出てしまいます。

当然、警察庁としては業界に対して「激オコ」な状態になるワケですが、一方であれだけ厳しく改善指導が行われたにも関わらず、世の中に一台も正しい状態にあるパチンコ機が存在しないというのは幾らなんでも違和感があるワケで、警察庁は後続調査として今度は各パチンコ機器メーカーの出荷時点おける機器性能の調査を業界団体に命じて実施させることとなります

そして、その調査によって出てきた「答え」が業界を更なる震撼を与えることとなります。実は、各メーカーがパチンコ機を出荷する時点で既に検定を通ったものと「異なる形」で釘が打たれており、ギャンブル性の高められた状態になっている、と。。そりゃぁ、パチンコ営業者側に改善を求めたところで、事態が改善しないワケです。

5. 噴出する撤去騒動

先述したとおり、今年の冒頭から警察庁が問題視し、近年のパチンコのギャンブル性向上の「主犯格」として一種の吊るし上げを行ってきたのは、パチンコ営業者が店舗内でハンマー等を使って釘を曲げる不正改造行為でありました。勿論、この種の不正行為が業界内で当たり前のように行われてき慣行であるのは事実なのですが、一方で当のパチンコ機を製造する機器メーカー自身も、出荷時にパチンコ機の釘を弄り、ギャンブル性を高めた状態で店舗に納品していたことが判明した。

このような大問題が発覚し、当初はホール側に営業改善を行うべしとする指導であったものが、急転直下、そのような不正改造機は可及的速やかに撤去を行うべしという方針に急転し、警察庁からその通達が行われることとなったのが、この11月の出来事となります。

「不正改造があった機器は、即刻撤去すべし」

この警察庁の通達は一見、正当な主張に聞こえるかもしれません。一方で、一部の思慮深い方々は、こんな素朴な疑問を持つはずです。「もし、メーカー出荷時に釘に手が加えられているのならば、それを各店舗で『おおむね垂直』とされる正しい状態に戻す作業さえ行えば、撤去なんてしなくても良いんじゃないの?」と。

これはある面では非常に「ごもっとも」な指摘ではあるのですが、それが出来ない事情があるからこその現在の一斉撤去騒動であり、実はそこには警察庁がどうしても言及したくない、次なる構造問題が隠されているのです。

6. 更なる深淵にある構造問題

なぜ、問題があると指摘されたパチンコ機の釘を、各店舗で修正するだけでは事態の収拾が図れないのか。そこには、実は以下のような構造問題が存在しています。

先にも言及したとおり、パチンコ店に設置される各パチンコ機は型式試験と呼ばれる性能試験を受け、それらが法令に定める基準に合致していると確認された上で、各都道府県において設置許可が出されるものとなっています。ところが、実はこの性能試験において多くのメーカーは、法令上、本来は盤面に対して「おおむね垂直」に打ち込んでいなければならないとされているパチンコ釘を、「既に曲げた状態」で試験機関に持ち込んで来たというのが実態です。

この性能試験時の「釘曲げ」は、ホール企業が店舗内で行っているものとは「逆」の効果を狙ったもの。先述のとおり、パチンコ機はそれらが「娯楽」の範疇に留まるようにギャンブル性の上限が設けられているワケですが、メーカーは試験時に意図的に釘曲げを行い、あえて「大当たりが出にくく、小当たりが出やすい」ような状況を作り出し、そのパチンコ機があたかもギャンブル性が抑えられた機器であるかのように偽装を行いながら検定を通してきた。そして、性能試験を経て設置許可を獲得した後、各メーカーは大当たり用入賞口の真上にある釘を、試験用に「曲げた」状態から、「おおむね垂直」に戻した形で製造し、各ホールに納品を行ってきたのです。

すると当然ながら、機器が実際の店舗に届くときには、性能試験を受けた時よりも「大当たりが出やすい」状態、すなわちギャンブル性が高い状態となります。一方、実際に店舗に設置される機器は「見た目」上は、法令の定める釘の「おおむね垂直」が保たれている状態ですから、店舗に所轄警察の立ち入りがあったとしても、一見「釘曲げ」不正が行われてないように見えるわけです。

…という更に深い所にある構造問題を前提にして考えると、先述したとおり、現在判明している不正改造機を店舗側で再調整したところで「正しい」状態にはならない事がわかります。すなわち、法令の定める「おおむね垂直」の釘の状態を保てば、ギャンブル性が法令の定める基準を超える仕様になってしまい、逆に各機器のギャンブル性能を法令の定める基準内に留めようとすれば、今度は盤面に対して「おおむね垂直」と定められた釘の様式を保つことができない。

「アッチを立てれば、コッチが立たず」

現在、多くの市中に存在するパチンコ機が、そんな状態に陥ってしまっているワケです。

7. 警察がどうしても追及されたくない責任問題

性能試験を釘を「曲げた」状態でクリアし、これをおおむね垂直に「戻した状態」で出荷する。これは「試験時とは違う状態でパチンコ機を製造出荷している」という点においては、明らかにメーカーによる不正行為であり、各メーカーはこの点に関して誹りを逃れることはできません。一方で、ここで持ち上がってくるもう一つの問題が、「そもそも何故、試験機関は釘が曲げられた状態で持ち込まれたパチンコ機にOKを出し、それを警察(正確には各都道府県の公安委員会)が認可したのか」という論であります。

性能試験というのは、持ち込まれたパチンコ機が法令の定める状態にあるかどうかをチェックする為の試験です。そこに基準から外れた性能の機器が持ち込まれることは、ある意味では当たり前ことであり、実は各メーカーが試験機関に基準を外れる機器を持ち込むこと自体には違法性はありません。(繰り返しになるが、一旦認証を得た機械に手を加える事は違法)

一方で、本件において各メーカーが持ち込んできた機器は明らかに法令の定める「パチンコ釘は盤面に対しておおむね垂直に打ち込まれていなければならない」とする基準から逸脱した機械であり、本来ならば性能試験時に不適合機として排除が行われるべきもの。それを判別できなかった事は明らかに検定制度そのものの不良であり、もし長年の業界慣習の中で、それらをあえて判別してこなかったのだとすれば、それは検定機関そのものの行った不正に他なりません。

そして、何よりもこれらパチンコ機の性能試験を一手に引き受けているのは、警察庁が国内唯一の遊技機の試験機関として認定している保安通信協会と呼ばれる警察庁所管の財団法人であり、警察庁はその監督責任を負うのと同時に、そこから上がってきた試験結果を「丸呑み」した上で、各都道府県における機器の設置許可を行ったのも警察(正確には各都道府県の公安委員会)であります。そう考えると、実はそこには二重、三重に警察側の「落ち度」が存在することになります。

8. パチンコ釘問題はどのように着地するのだろうか?

ここでご紹介した一連の問題に対する私のスタンスは、各ホールが営業の中で釘を叩いてきた事実が有り、またメーカーが出荷時に釘弄りをしていた事実がある限りは、一義的に業界側がその誹りから逃れることは出来ないというものです。

一方で、本問題は実は警察自体が形作ってきたパチンコ機の検定制度、もしくはその監督体制そのものが正しく機能していれば、「全ての営業店において釘の様式をあるべき状態に戻しなさい」ですぐに原状回復が可能であった話。それが捻じれまくった挙句、ここまでの問題に拡大してしまった事、そして何よりもこの状態が数十年と続いてきたものに対して、適切な介入を行ってこなかったという点においては、警察側にも重大な過失があるのも明確な事実であります。

警察庁は本問題に関して本年冒頭から血気盛んに切り込み、当初はホール企業、その後はメーカー企業を激しく糾弾し、年内解決を図るとしてハードランディング路線をとっていたいましたが、ここ数週間で急に不自然なくらいのソフト路線へと変化しています。それもこれも、ホールやメーカーを吊し上げる形で業界内部だけで解決を図ろうとしていた問題の背景にある「構造問題」が徐々に浮かび上がり、そこに社会的注目が集まり始めているが故。

これ以上の大きな混乱が生じれば、おのずと警察庁自体の管理責任が問われざるを得ないところまで来ているワケで、現在の最新状況でいえば「年明けくらいから入れ替え用の代替機を各メーカーが供給し始め、来春を目途に安定供給ができるようにする。現在、市場に設置されている不正改造機はそれら入れ替え機の安定供給と共に、徐々に撤去を行ってゆく」などというもの。これは「不正改造機は年内完全撤去、入れ替えの台がなければべニア板でも貼っとけ!」と言わんばかりの勢いで本問題の対処を進めてきた当初の警察庁のスタンスからいえば、非常に弱腰なスケジュール感であるとしか言いようがありません。

一方で、このような警察庁のスタンスの変化に伴って、完全に置いてけぼりを喰らっているのが「周辺住民の風俗環境と青少年の健全育成環境を守る」とする風営法の本旨であり、また同時にそこに存在する消費者の存在であります。警察庁がソフト路線にスタンスを切り替えたことによって、逆にズルズルと市中に不正改造機が残り続けるという状況が生まれてしまっているワケで、個人的にはこれは如何ともし難い状況だなと思っておるところでもあります。

警察庁としては、本問題が社会的に注目を浴び、それこそ議員から国会質疑のネタとされてしまうのも避けたければ、これが変に消費者による集団訴訟などに発展し、司法の中で責任の所在が問われるような状況も避けたい。今となっては出来る限り責任の所在を曖昧にしながら、「振り上げた拳」を何とか恰好がつく形で上手に振り下ろすことが最も好ましい状況になってしまっているのであろうと想像しているところです。

ただ正直、それではこれまで数十年続いてきた悪しき業界構造の真の意味での改善にはなりませんし、それでパチンコ業界が正しい「娯楽」産業として再生できる環境が生まれるとは思えない。個人的には、起こってしまった問題に対して「正しい総括」が行われ、各人が受けるべき誹りをキッチリと受けた上で、改めて本産業が健全な形に立ち戻って欲しいな、と願わんばかりであります。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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