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紙は森を壊すのか。それとも救うのか

田中淳夫森林ジャーナリスト
林地残材を利用して製紙用チップを生産している工場

意外と知られていないが、日本最大の森林所有者は、王子製紙である。約19万haを所有する。次が日本製紙(約9万ha)。つまり1位2位が製紙会社なのである。3位の三井物産(約4,4万ha)、4位の住友林業(約4万ha)と比べても、製紙会社の大山主ぶりが引き立つ。

洋紙の原料は、木材チップである。森林資源なくして製紙は行えない。そのため山林を積極的に所有したのだ。ただし、現在の日本の製紙は、原料の過半を輸入チップに頼り、国産チップは3割ほどとされている。

莫大な紙需要を考えれば、製紙に消費する森林資源の量も想像がつくだろう。そのため、製紙業界は、森林の破壊者と指弾されることが少なくない。事実、輸入元では原生林を伐採してチップを生産したり、天然林をアカシアやユーカリなど早生樹種の一斉林に作り替えることも多く、地域の生態系を破壊しているケースも少なくない。決してこのましい状況とは言えないだろう。

しかし、製紙業が森林破壊だと単純に言えるだろうか。

話は変わるが、私は、現在の日本の林業事情をマグロ漁にたとえることがある。

漁師が遠くまで荒波を超えて出かけ、仕掛けを流して大きなマグロと長い時間格闘し、ついに大物を釣り上げたとする。漁師としては誇り高い瞬間だ。だが、獲物のマグロの腹身、つまりトロの部分だけを切り取って、ほかの部位を海に捨ててしまったらどうだろう。

もったいないと思わないだろうか。漁師も釣り上げたマグロ全体を賞味してほしいはずだ。そもそもトロがいくら高値を付けても、それだけでは漁船の燃料費や漁師の給金だって賄えるかどうか怪しい。漁業は成り立たないだろう。

だが、これと同じことが森林で行われているのだ。

たとえば何十年もかけて育てた太い木を伐採しても、搬出するのは地面に近い太い部分(元玉)だけだったりする。太くても曲がっていたら価格はぐんと落ちるので、捨てることが多い。さらに梢に近い細い部分や枝葉、切り株なども捨ててしまう。

運び出した元玉も、長さを調節するために切り落とした寸足らずは捨てられる。製材時に木目の美しいところだけを切り出すこともある。実際に商品として使われるのは、全体のごくわずかなのだ。

計算してみると、一本の木のうち搬出するのは3割程度にすぎない。さらに製材時の歩留りを考えると、実際に使うのは2割以下になる。かんながけでも、意外と多くの木質部分を捨てることになる。また人工林を育てる過程で、雑木や間伐で切り捨てた分も考えると、森林が育てた木材資源のうち1割以下しか利用していないのではないか。

私は、これを「森のトロ食い」と呼んでいる。マグロのトロだけを食べて、赤身を捨てる行為を思わせるからだ。

なぜ、こんな行為が行われるのか。

一つにはトロ以外は値が安く搬出経費に引き合わないからである。また日本の消費者は、無垢の木材を求めがちで、板を張り合わせた集成材や合板、さらに木材の小片を固めたパーティクルボードなどをあまり好まない。

欧米では木材利用の8割がボード類と言われるが、日本は2~3割に留まっている。最近は見えない部分に集成材や合板、ボード類を使う割合は増えてきたが、まだまだ木材全体を活かしきったとは言えない。間伐材や端材は、利用せずに処理されてしまう。

しかし無垢材を得るためには太い木が必要だし、製材時の歩留りも悪くなる。

昔はそうではなかった。細い木や曲がった木、そして端材、雑木も可能な限り商品化した。森の「赤身」部分を活かして様々な商品を生み出すのが林業だった。

細い丸太は稲穂の干し台や建設現場の足場として重宝したし、端材から割り箸や菓子箱など小物を生産した。運び出した木は「もったいない」から、全部使い切ったのだ。雑木も、薪にするだけでなく小さな道具類などに使った。それぞれ木の特徴を活かして「適材適所」で利用した。それらが山に利益を還元する一助になったのである。

今は、多くが金属や合成樹脂製に置き換わり、姿を消してしまった。

しかし、せっかくの森林資源を「もったいない」と思わないのだろうか。「赤身」を食べないのは、むしろ木材利用を減らし、林業収益を減らす一因ではないか。そして林業が不振になれば、森の手入れも行き届かず、山が荒れることにもなる。そして山村が疲弊する。

さて、現在の森の「赤身」の料理法として、欠かせないのが製紙用パルプだ。

建材向きでない雑木や、細すぎたり曲がった木材、そして製材時に出る端材部分。これらは、チップにすれば製紙用の商品になる。実はこうしたチップが、林業を支えていることに多くの人は気づいていない。

たとえばちゃんと管理された人工林でも、そこに育った木の品質をA材(製材向き)、B材(合板向き)、C材(チップ向き)と分けると、それぞれ3分の1ずつだと言われている。管理の悪い森なら7割以上がC材だ。もしチップ需要がなければ、長年かけて育てた人工林の多くの部分が無駄になる。

また製紙では木材の繊維を取り出すが、その際に出るのは木質繊維をつないでいたリグニンなどベンゼン核を持つ化合物である。これが木質の約3割を占める。リグニンが元になった廃物(黒液)は熱量が高いので、製紙工場では燃料として重宝されている。熱利用のほか発電にも供される。つまり100%木材を利用しているわけだ。

廃物や未利用資源を使うことは、環境対策だけでなく、経済的にも大きな意味を持つ。

最近は、再生可能エネルギーとしてバイオマス資源が注目されているが、育てた木々をいきなり燃やすのはもったいない。しかも発電では木質の持つエネルギーの2~3割しか使えない。まずは製材や製紙に利用してから廃物を熱利用に回すのが、真の意味で「森を赤身まで食べ尽くす(利用する)」と言える。発電は、最後の最後である。

にもかかわらず政府が打ち出したFIT(固定価格全量買取制度)は、発電用に燃やすチップだけを固定価格にしたため、製紙チップより高くなりかねない。それでは製紙用に回らなくなるだろう。下手すると、バイオマス発電が日本の森を破壊してしまう。

製紙業界は、日本の森林の将来を左右する重責を担っている。しかし、その意識を持って役割を果たしているかどうかは微妙だ。

そもそも価格は、輸入チップの方を国産チップより高く購入している。国産チップは、チップ代の価格調整に使われがちである。たとえば円安で輸入品の価格が上がると、国産チップの買取価格が下がるのだ。買い手市場のため、林業現場は抗えず苦しんでいる。しかし、これが公正な取引だろうか。日本の森のためになることだろうか。

製紙業界が、本来の「赤身」を「適正価格」で賞味するようになると、日本の林業は救われる。ひいては日本の森を救うことに貢献するだろう。また国の内外に関わらず、森林を破壊したチップを利用しない原則を貫いてほしい。そんな意識を高めてこそ、製紙業の社会的責任を果たしたと言えるだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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