Yahoo!ニュース

どこまで森林セラピー基地を増やすのか

田中淳夫森林ジャーナリスト
森林セラピー基地に認定されると、指定の看板を掲げるように指導される。

NPO法人森林セラピーソサエティは、このほど新たに4か所の森林セラピー基地を認定した。これで全国の森林セラピー基地およびセラピーロードは57か所となった。新たな4か所は、以下のとおりだ。

群馬県の甘楽町森林セラピー基地

同じく群馬県の(株)クレディセゾン・赤城自然園

千葉県の南房総市・すぐそこ!あったか南房総「海・里・人が織りなす癒しの森」

広島県の神石高原町森林セラピー基地

このように紹介しても、何のことやらわからない人もいるだろうから、少し解説する。

そもそも森林セラピーとは、森林散策によって心身の健康が増進・回復するとされるものだ。そうした効果が認められる森と、そのための設備やガイドの育成が整備されているところを森林セラピー基地、また森林散策道をセラピーロードを名付けた。

当初は林野庁内に設けられた研究会だったが、現在はNPO法人森林セラピーソサエティによって運営されている。また森林セラピー、セラピーロード、森林セラピストという用語は、商標登録されている。これらを名のるにはソサエティの審査を受けて認定されねばならない。

……この当たりの事情については、以前も紹介した。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20130531-00025328/

さて森林セラピーソサエティは、全国に森林セラピー基地を約100か所設立したいと表明していた。1都道府県にだいたい2か所の見当である。

さらに、来年度の審査に3か所がノミネートされた。岩手県の岩手町、岐阜県の本巣市、兵庫県の宍粟市である。今後1年かけて各地の森や散策道、もろもろの設備などを審査するわけだ。

これまで審査を受けて不合格になったケースを聞かないから、よほどのことがない限り、認定されるのだろう。だいたい審査そのものが、あまり科学的とは思えないような「実験」によって行っているし、高額の審査料を受け取っているだけに、落とせないのではないか。

認定をめざすのは、多くが自治体で、わずかに森林を所有する民間企業もあるが、なぜ森林セラピー基地の指定をめざすのだろうか。

まず森林セラピー基地に認定されることによって、その森のある地域の知名度を上げたいという思いがあるようだ。さらに訪問客増による地域おこし効果、経済効果を期待しているのだろう。

また森林セラピストの資格を取得したものの、森林セラピー基地がないと何の活動もできないことから、取得者が自分の住む自治体の首長や議員につくってくれと陳情するケースもある。意外と、この陳情に心動かされる首長もいると聞く。ある種、政策の目玉になるからだろうか。

日本には森林セラピー効果のある森が多いことを示しているのか。あるいは森ならどこでもそれなりの効果はあるが、金を払って審査を受けたところにだけお墨付きを出すということか。まあ、認定を受けたらメリットがあると思うから立候補するのだろう。

だが、あまり明らかにされていない事実がある。

それは、認定を受けたセラピー基地の中には、もはや活動をしていなところが少なくないことだ。

わかりやすいのは、北海道鶴居村だろう。ここは民間会社所有の山林が認定を受けて一時期は熱心に森林セラピー希望の来客を受け入れていた。私も訪れたが、美しい森林が広がり、釧路湿原も一望できる。なかにはアイヌの遺跡もあるなど興味深いところだった。しかし、現在は休止している。入山できないのだ。

休止したのは会社の経営方針の問題である。(ただ、今も森林セラピーソサエティのホームページには掲載されている。これでは誤解を呼ぶだろう。)

明確に休止と言わないまでも、事実上森林セラピーとしての事業を行っていない基地も複数ある。年間を通して何もしないし、来訪者がガイドなどを求めても対応できない(しない)のである。

今も看板を掲げる基地でも、年に1、2度イベントを開く程度で、地元にガイドが育っていないため、希望者が現れても対応できないというところは多数ある。しかもイベントは、大勢集めて賑やかに行うものだから、本来の森林散策による癒しとは言えないだろう。

まだ森林セラピー基地事業がスタートして6年しか経っていない(つまり、認定を受けて、ほんの数年)のに、早々と投げ出しているのだ。

ソサエティはこうした点に目をつぶって、森林セラピー基地57か所! と謳っているのである。

なぜ、多大な手間と高額の予算をかけて認定を受けたのに、こんな有り様になるのだろうか。

理由は様々だが、認定当初の担当者が転任し、次の担当者は熱心でないケースはよく聞く。また、期待した経済効果が弱かったこともあり、熱が覚めてしまうこともあるのだろう。つくることに意義がある、という公共事業のような意識なのかもしれない。そして別のテーマに目移りしている。(最近の人気はトレイルランだとか。森の中を走るものだが、癒しと正反対のような森の利用法である。)

果たして現在、活発に活動している基地は何か所あるだろうか。私の感触では半分以下だが、人によっては両手の指で足りる、いや片手で足りるという声もある。

盛り上がらない現場の特徴は、一つはトップダウンや自治体主導で行ったものが多い。地元の総意として取り組む姿勢が見られないのだ。だいたい地元の住民は、森林散策などに興味を示していない。

ソサエティは、どんどん新しい基地を認定し数が増えれば満足なのだろう(その方が儲かる)が、同地域に複数できて、客を奪い合う現象も起きている。自治体は違うが、基本的に同じ地域の森で競うように認定を受けたのである。下手すると、共倒れしてしまう。そのうえセラピーロード建設という名の森林破壊も進めかねない。道を切り開いても破壊なら、放置しても破壊につながるだろう。

いっそ「認定された森」としての森林セラピー基地という枠を取っ払った方がいいのではないか。森林セラピストもどこでも活動できるようにする。商標登録も返上する。森林浴と同じように、森林散策を健康運動として衆知させる方がマシである。理屈をこねてクローズな世界にしてしまうから迷走するのだ。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

田中淳夫の最近の記事