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ソメイヨシノの一斉開花はなぜ起きる?

田中淳夫森林ジャーナリスト
夜桜の下に集まり、宴を催す人も多いだろう。

「サクラ一本、首一つ」という言葉がある。この首の主は、だいたい公園や緑地の管理担当者である。

これは公園や街路樹、城址などに植えられたサクラを諸事情で伐採しようとすると地域の市民が猛反発して、担当者が辞めさせられてしまう……という状況を表しているのだそうだ。本当かどうかはともかく、それほどサクラに市民は敏感に反応する。サクラの花が一斉に咲いて一斉に散る姿が、日本人の精神性を表すという声もある。日本人にとって、サクラは特別な花であり樹なのだ。

たしかに春になれば、サクラの花に心沸き立つ。日本人がもっとも好きな花の一つであり、入学、卒業、あるいは転勤転居など人生の一区切りと季節が重なっているからだろうか。それが別れや出会いの思い出につながるのかもしれない。

ただし、一般の人がサクラと聞いて思い浮かべるのは、ほとんどソメイヨシノだろう。全国のサクラの7~8割はソメイヨシノだと言われている。葉がまだ伸びる前に一斉に咲き、一斉に散ること、花が樹全体を覆うように咲くことなどが、ソメイヨシノの特徴である。春の気候の変化に合わせて開花する土地を予想できるから、桜前線という言葉も生まれた。

だが本来のサクラには、ヤマザクラを初めとしてカスミザクラ、エドヒガン、カンヒザクラ……と多くの種類がある。さらに人間がつくった園芸品種は、300以上あるそうだ。ソメイヨシノは、その一つに過ぎない。

ソメイヨシノの起源は諸説あるが、江戸の染井村で1730年ごろに誕生したとされている。オオシマザクラとエドヒガンの交配で生まれたらしいが、おそらく突然変異を生じたのだろう。親木とはかなり性質が違う。江戸から出たのは、幕末からのようだ。生長が早く、緑化木に向いていたこともあるが、やはり花が好まれたのだろう。今では北海道から沖縄までどこでも見かける花木になった。

ただし,寿命はあまり長くない。通常は60年程度。戦後植えた木は、そろそろ寿命だ。そのような枯れかけたサクラの伐採に反対するのは無理がある。

ここで重要なのは、ソメイヨシノはすべて挿し木および接ぎ木で増やされてきたことだ。実生ではない。つまり各地に植えられたソメイヨシノは、すべて同じ遺伝子を持つクローンなのである。

サクラは自家不和合性を持ち、同じ遺伝子の樹の花粉で受粉できない。つまりクローンのソメイヨシノ同士では稔らないわけだ。種子は採りたくても採れないのだ。ソメイヨシノにサクランボが稔る姿を見ることもあるが、それは別の品種の遺伝子が混ざったことを意味しており、その種子を育ててもソメイヨシノにはならない。

そのため気象条件が同じなら一斉に咲きやすい。それが同一地域の一斉開花につながる。

ソメイヨシノが全国に盛んに植えられるようになったのは、明治から大正にかけて。それが大きく育ち満開の花を愛でられるのは、さらに十数年後ということになる。だからサクラとソメイヨシノが同義語かのように思われるほどになったのは、おそらく戦後である。

パッと咲いてパッと散るサクラが日本人の精神性に合致するとしたら、日本人の精神はたった数十年で作られたのか? 

江戸時代の国学者・本居宣長には「敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山桜花」という歌がある。ここにははっきりと「山桜」と記されている。そして、ヤマザクラはパッと散る性質ではない。この和歌の唱える大和心が何を指すか微妙だが、散る美しさを強調するものではないはずだ。

一方で、今やサクラは世界中で好まれる花木の一つになっている。アメリカのポトマック河畔のサクラは有名でアメリカ人も好むし、韓国・鎮海のサクラは34万本と世界最大だ。日本人だけの心に響く花ではないのである。

日本人がソメイヨシノを好むのを悪いというわけではない。しかし、スギは花粉症を引き起こすから伐れと合唱しつつ、サクラは守れというのは、どこかおかしくないか。存在が危ぶまれている希少種でもないのに、ただ一種の生きものを偏愛し伐採を反対するのは、どこかいびつさを感じる。たとえばペットのイヌネコに対する愛情や、欧米の捕鯨反対運動などに近いようだ。

サクラだけ、ソメイヨシノだけではない多様な自然を愛でたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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