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林業再生の特効薬は「補助金撤廃!」

田中淳夫森林ジャーナリスト
こうして搬出された木材の約7割は「補助金」でできている

以前、某県を訪れて、林務関係部署の課長と一緒に行動したことがある。

道中に雑談していると、彼はもともと農水省の官僚で、現在は出向中だとわかった。ただ霞が関で担当していたのは米などで、農政が専門なのだそうだ。こちらに来て初めて林政に携わったというのだが……。

「林業って、補助金が多いんですね。こんなにあると思いませんでした」

この言葉にずっこけた(笑)。

一般には、「農業は補助金が多い」という声の方が大きいのではないだろうか。実際、農業には研修から始まり圃場整備から機械、施設の整備、流通・加工、広告宣伝まで実に多くの補助金がある。「農業は補助金漬け」という揶揄もあながち間違いではない。

が、その実体に接している人が「林業の補助金」の多さに驚いたというのである。

その認識は多分正しい。私も正確に数えたことはないものの、林業の補助金項目は農業より多くて、内容も手厚いのではないかと感じている。「林業は(農業より)補助金漬け」と言ってほぼ間違いないだろう。

実際、ありとあらゆる林業作業に補助金はついてくる。苗を植えても、下草を刈っても、伐採しても補助金は出る。大雑把に作業の6~7割は国と都道府県の補助金で賄われるという。さらに市町村などからも上乗せがあって、ほぼ100%補助金で作業できるところもある。

民間の土地で植林や育林をするということは個人資産を増やす行為だが、そこに税金が投入されているわけだ。それどころか民間所有の山林を伐採して木材を販売する、という経済行為にさえ支払われる。いや、たくさん出材した方が補助金額が増える仕組みなのだ。

補助金とは、事業として成り立たないところに拠出されるもの、という定義を当てはめたら、もはや日本の林業は産業の体をなしていないと言えるだろう。

そして補助金こそが、日本の林業を蝕んでいると感じる。画一的な補助項目が無駄な作業を増やし、林家の経営意欲を割き、依存体質を生み出すのみならず正常なビジネス感覚を狂わせる。

そういえば、森林組合などが(しぶしぶながら)改革に動き出した、と私が感じたことが一度だけある。それは小泉政権の時代だ。特に林業改革に力を注いだわけではなく、露骨に補助金を削ったのだ。もちろん林業だけでなく、補助金全般である。

補助金に依存していた森林組合も尻に火がついたため、否応なく改革を始めたというわけだろう。

が、第1次安倍政権に替わって、地球温暖化対策などを名目にまた林業界には補助金がジャブジャブと注ぎ込まれるようになった。すると改革しかけていた森林組合が、あきらかに弛緩した。面倒な改革をしなくても、当分補助金で食って行けると思ったからだろう。

……その後紆余曲折があり、補助金の内容はそれなりに変わったが、ジャブジャブ注ぎ込まれている状況に変化はない。林政が変わるたびに新しい補助金が誕生して、林業関係者はそれを受け取りたいがために行政の意のままに動く。自ら考えることを忘れ、経営能力を失っていく。残るのは、無残な山林ばかりだ。

いっそのこと補助金をなくせば、各々の事業体が自らの頭で森林経営を考えざるを得なくなって、林業の立て直しが進むのではないかと思ってしまう。

果たして林業から補助金を撤廃することは不可能なのだろうか。

そこで思い出したのが、スイスだった。

スイス林業は、小ぶりながら黒字経営で長期的視点の森林経営を展開している。しかも補助金は基本的にゼロなのだ。

ただし、過去を振り返ると、多額の補助金を投入している時代もあった。いや、1990年代までヨーロッパの中では高額の助成が行われる国として知られていたらしい。

だが、1991年より「新財政調整」と呼ばれる改革が行われ、最終的に林業補助金の撤廃が行われたのだ。

もちろん簡単ではなく、息の長い調査と議論が行われて、連邦議会で採択されたのが2003年。翌年の国民投票で確定し、2008年から実施されたそうである。この改革で連邦の林業補助金はなくなった。

ただし、新たな補助金が設けられた。それは保安林、生物多様性、災害防止などに関わるものである。林業に関わるものは、森林計画作成や若年林の保育などごく一部だ。全般的に環境に関わるものが大半で、経済行為には出ない。しかも作業に対して出るのではなく、成果に応じて支払われる。

20年近くかけ、しかも国民投票までしているから、林家に不満はあっても納得せざるを得ないだろう。日本でも、それだけの大改革を行えないものか。

現実的に考えると、いきなり全廃しろとは言わないが、10年程度の期間を設けて削減する。国土保全や生物多様性など環境改善につながる補助金は残してもよいが、数年後の結果を見定めて一括して支払う。方法は縛らない。各地各事業体が自ら、どんな施業をするか考えさせるべきだ。

最近声が大きくなっている「地方創生」も、中身は新たな補助金をばらまくスローガンでしかない。しかし、本当に地方、そして林業をなんとか健全化したいと思うのなら、いっそ補助金の撤廃に取り組んだらどうだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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