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銀行が農林業に進出する時代

田中淳夫森林ジャーナリスト
スーパーに野菜が並ぶのも、生産者と消費者のマッチングのおかげ。(写真:アフロ)

鹿児島銀行が、農業に参入するというニュースが流れた。

今年中に農業法人を設立して、農地を集約して貸し出す「農地中間管理機構」(農地バンク)から最大10万平方メートル(10ヘクタール)の農地を確保して、コメや野菜を生産する計画とのことだ。

さらに流通まで手掛けてITによる効率的な生産・管理システムを構築し、収益性の高い農業運営をめざすそうだ。

銀行が農業関係のファンドに出資する例なら少なくないが、農業自体への参入は異例だろう。

もともと同行には、アグリクラスター構想というのがあり、地場産業である農業を基点に、関連産業の活性化を図ろうとしてきたそうだが、自ら乗り出すわけだ。

その理由は、やはり農業の後継者が減少の一途で、休耕地が増える現状に危機感からだという。 またTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が地域の農業に与える影響も見据えているのかもしれない。

銀行に農業ができるのか? と疑問を持つ人も多いだろうが、私は面白いと思う。

と言っても、何も行員が農地を耕して農作物を生産することに期待するわけではない。それは無理だし無駄だし無意味だ。

むしろ銀行の持つネットワークが、農作物の販売先の確保に力を発揮して、価格を高くする可能性が出て来ないか、と思うからだ。

銀行は、金融を通してさまざまな分野の企業の情報がターミナルのように集まっているはずだ。生産品を求めているのはどこか情報をキャッチしたり、逆に消費者や小売りの情報を吸い上げて生産現場に還元したら面白いビジネスができる気がする。

以前、ある地域の売れ行きの芳しくない米を、間に入った企業が炊飯しておにぎりとして売るルートを紹介し、あっと言う間に米をさばいたビジネスを耳にしたが、同じようなことが行えたらと期待する。

林業だって同じことを考えられる。いや、林業の方が可能性高くないか? なぜなら生鮮品ではないから扱いやすいし、エンドユーザーに直接売る前に加工の役割が大きいからだ。

今の林業の悩みは、木材が高く売れないこと。それは山元が買い手の情報を持っていないことが大きいように思う。

とはいえ、自ら新たな買い手を見つけるのは至難の業だ。誰かがコーディネートすることが必要だろう。

その役割をになう一つとして「銀行」が力を発揮するのもありではないか。

銀行が、新たな木材の加工技術を持つところを紹介し、その木材商品を求めている買い手を見つけてマッチングすれば、新たな取引が生まれる。何も考えずに丸太を木材市場で売るより高値を期待できるのではないか。

銀行がB to B取引のコーディネーターになることは、多くの業界で行われていることだが、農林業ではあまり例を聞かない。それも単に外野から紹介するだけではなく、自ら出資するのなら真剣みがあるうえに信頼度も高まる。

今や一つの業界が、蛸壺に入ってビジネスを展開する時代ではなくなっている。いかに異業種やこれまでターゲットでなかった消費者と結びつくかが仮題になっている。

そう考えれば、銀行はコーディネーター役に向いているような気がする。もちろん銀行の本来の業務にもプラスになるだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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