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崩れた熊本城から考える文化財の復原事情

田中淳夫森林ジャーナリスト
熊本城の復原には20年かかるというが……。(写真:児玉千秋/アフロ)

昨年4月の熊本地震で熊本城は大きく傷ついた。天守・櫓の屋根瓦や鯱が落下したほか、重要文化財の長塀が長さ100メートルにわたって倒壊。石垣の約3割が崩落したという。

私が驚いたのは、その修復に約20年かかる、とされたことだ。

20年! 加藤清正が熊本城を築いたのは1591年からで、1600年頃には天守閣が完成したと聞く。9年間だ。すべてが完成するまではさらに数年かかったろうが、20年は越さないだろう。当時はすべて人力であることを考えると、今なら3分の1以下の工期で完成させられるのではないか?

もちろん、長引く理由はある。ゼロからの建築ではなくて修復・再建というのは、意外とやっかいなのだ。とくに歴史的な文化財であることから、文化庁の基準があり、熊本城を創建時となるべく同じようにしなくてはならない。建築様式はもちろん、崩れた石垣の石積み一つ一つも調査して、可能な限り同じ場所にもどす必要がある。まず調査に時間がかかるわけだ。加えて200億円を越えるとされる経費の財源や人材の確保も大変だろう。当時と同じ技術を得られるかどうか。

熊本城は、震災前の城郭観光者数が全国一であっただけに、歴史的・文化的価値を考えても元の通りにすべきという意見はわかる。しかし20年はいかにも長い……。

そこで、ほかの歴史的建造物の修復・復原や再建の状況が気になった。

まず東大寺の現在の大仏殿は、大仏の頭上にイギリス製の鉄骨が入っている。明治時代の大修理の際に、屋根の重みを支えるために鉄骨のトラス(西欧の建築構法による三角形の小屋組)が採用されたのだ。

ちなみに現在のものは江戸時代に再建された3代目。奈良時代と鎌倉時代に建てられたものは戦乱で焼け落ち、その都度建て直されたが、いずれも建築様式や規模は違う。常に、その時代の最新の技術を取り入れたからだ。また財源や必要な木材資源の調達も再建を左右した。

平城宮跡に2010年に復原された大極殿(天皇が国家行事を行った宮殿)も、構造内部には耐震用の合板壁が入り、基礎はコンクリートで合成ゴムなどによる免震装置が組み込まれている。

そもそも奈良時代の大極殿の設計図が残っているはずもなく、建物の姿形さえ想像だ。発掘資料や同時代の建築物や後の時代の大極殿を参照にしながら、だいたい、こんなものではなかったか、と推定しつつ建てられたものである。その意味では「復元」ではない。

それでも大極殿が完成したおかげで、草っぱらだった平城宮跡が、一気に奈良時代の情景を思い描ける空間となった。当時の建築や社会に関する研究も進み、観光的にも再建する意味はあっただろう。

そういえば、現在の大阪城も3代目だ。豊臣秀吉の建てた大坂城は完成から16年後の大阪夏の陣で焼け落ちた。徳川時代の大阪城も完成後40年足らずで落雷による火災で焼失した。現代の大阪城は、1931年に市民の寄付を集めて再建したが、その際に「最新の技術を取り入れる」という方針から鉄骨・鉄筋コンクリート造りとなった。

以来80年以上が経ち、もはや大阪城としてはもっとも長く建ち続けている。それもあって、現在は国の登録文化財となった。

鉄骨がむき出しの建築中の大阪城。(大阪城公園の展示パネルより)
鉄骨がむき出しの建築中の大阪城。(大阪城公園の展示パネルより)

熊本城も、大小天守閣などは1960年に復興された鉄筋コンクリートづくりだ。意外と復原は自由に行われ、「昔どおりの復原」は少ない。

今後、熊本城の復原計画も議論されると思うが、どんな形がよいのか悩ましい。昔の姿と同じにしたい市民の気持ちもくみ取りたいが、災害対策や入場者の利便も考えるべきだろう。全部清正時代と同じにするのか、いやできるのか。建材も無垢の木造を望めば、経費も工期も膨らむし、森林から大木を根こそぎ奪いかねない。時代に合わせた技術を活かすことも大切だろう。それらの折り合いをいかに付けるか……。

歴史的建造物の復原構想は各地に登場しているが、熊本城の復原方針はそれらの方向性にも影響を与える。そもそも失われたものを復原する意義はどこにあるのか。広く通用する復原の理念を打ち出してほしい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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