Yahoo!ニュース

CD逆風時代にこそCDを売る。”日本一忙しいギタリスト”佐橋佳幸の作品集がCD店との強力タッグで好調

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
”ヒット曲の陰に佐橋あり”――多くのアーティストから絶大な信頼を得ている佐橋佳幸
画像

”ヒット曲の陰に佐橋あり”――”日本一忙しい”ギタリストはミュージシャン、アーティスト、プロデューサーそしてアレンジャーでもある

佐橋佳幸。この名前を聞いてすぐにピンと来た人は、かなりの音楽ファンだ。でも名前は知らずとも、彼が弾くギターの印象なフレーズはどこかで必ず耳にしているはずだ。小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」のイントロの♪チャカチャチャーンはあまりに有名で、藤井フミヤ「TRUE LOVE」のイントロしかり、槇原敬之「もう恋なんてしない」、氷室京介「魂を抱いてくれ」、福山雅治「HELLO」、スキマスイッチ「ボクノート」etc……書いているとキリがないというのはこのこと。佐橋の32年間のギタリスト人生の中で参加したレコーディング数は、本人も関係者も把握できないほどで、あらゆるアーティストのあらゆるヒット曲に彼の名前がクレジットされている、正真正銘“日本で一番忙しい”ギタリストだ。ギタリストというとCharやB’zの松本孝弘、布袋寅泰らのアーティストを思い浮かべるという人が多いかもしれないが、佐橋は数多くのアーティストから絶大な信頼を得ているスタジオミュージシャンであり、自らも作品をリリースしているアーティスト・ギタリストだ。そんな、彼の名前がクレジットされている作品、本人の作品の中から集めたポップスの名曲45曲が、CD3枚に収録されたアルバム『佐橋佳幸の仕事1983-2015~Time Passes On~』は、佐橋の名前を聞いてピンとこなかった人も、その楽曲リストを見れば「おっ!」と思うはずだ。

約30年間のキャリアの中で携わった作品の中から、選りすぐりの45曲を集めた作品集が好調

『佐橋佳幸の仕事1983-2015~Time Passes On~』
『佐橋佳幸の仕事1983-2015~Time Passes On~』

昨年11月13日にリリースされたアルバム『佐橋佳幸の仕事1983-2015~Time Passes On~』が好調で、ロングヒットになっている。いわゆるアーティスト名義のコンピレーションアルバムではなく、アーティストを支えるミュージシャンのコンピレーションというのも珍しいが、さすが“名曲の陰に佐橋あり”という異名を取る人気ギタリスト、80年代から約30年間の日本のポップスシーンを彩ったアーティストの名前、楽曲のタイトルが並んでいる。しかも佐橋が参加した作品が、’83年から時系列で収録されていることで、日本のポップスシーンの変遷や、'80年~2010年代の音の雰囲気の違いがよくわかる。中でも注目なのが、初CD化音源が2曲収録されていて、これがマニアの心をくすぐる。「氷のマニキュア(2015REMIX)」は、山下達郎のアルバム『COZY』(‘98年)に収録されている「氷のマニキュア」を、この作品のために山下自身がオリジナルマルチテープからリミックスしたものだ。佐橋は、音に徹底的にこだわる山下達郎の、日本で一番豪華と言われているツアーバンドの一員で、山下のライヴにはなくてはならない存在になっている。「陽気に行こうぜ~恋にしびれて(2015村松2世登場!version)」は、大滝詠一が’97年に約1か月間にわたりって極秘裏に行った“ナイアガラ・リハビリ・セッション”で演奏した、エルヴィス・プレスリーのカバーを初CD化したもの。佐橋がこうした大物ミュージシャンにかわいがられるのは、ギターテクニックがあるだけではなく、様々なアイディアの持ち主であり独創的なプレイをするからにほかならない。だからミュージシャンとしてだけではなく、アレンジャー、プロデューサーとしても引っ張りだこなのだ。

CDが売れない時代にどう売っていくのか――タワーレコ―ドと、通販のみの販路限定商品にしたことが功を奏す

このアルバム、実はタワーレコード全店とSony Music Shopのみでの販売という販路限定商品。限られた店舗、方法だけでしか手に入れることができないのに、5000円(税込)というやや高額な商品でありながら、なぜ売上げが好調に推移しているのだろうか。CDが売れないと言われて久しいが、普通なら販路を少しでも広げて、広く商品を行き届かせ、一人でも多くの人の目に留まるようにしたいと考える。しかしこの作品に関しては店舗数が多いとはいえ、タワーレコードのみでの展開と、思い切った戦略をとったが、それが功を奏したといえる。レコード会社とCDショップががっちり手を組むのは珍しいことではないが、ここにアーティスト本人の「CDを売りたい」という熱い想いが加わり、結果、ひとつの商品に多くの関係者と本人がありたけの愛情を注いで店頭展開、販促活動を行い、デジタルでは到底できないし効果が出ない施策で売ってきた。もちろんCD世代に向けた商品という特性を考えての上だ。

選曲段階からCD店スタッフが参加。一緒に作品を作っているという連帯感により、プライオリティの高い商品として厚い展開に

なにより佐橋本人の「楽器屋より、レコード店の方が好き!」という思いが基本になっている。今回は、各店舗の店長一人ひとりに佐橋本人からの手紙を渡し、音楽に関して厳しい耳を持ち、またお客さんが何を望んでいるかということに敏感なお店のスタッフに選曲の段階から参加してもらった。かなりの音楽好きが集まるCDショップスタッフにとって、佐橋は憧れであり、日本一のギタリストのコンピレーションを、タワーレコード発で発信できるというワクワク感と共にヤル気、さらに何が何でも売るという強い意識がスタッフの中に芽生えていったに違いない。スタッフからの選曲を基に、選曲・監修の音楽評論家・能地祐子氏と佐橋とで収録曲を決めた。アーティストと一緒に作品を作っているという連帯感をCDショップ、そのスタッフに持ってもらうことで、たくさんある商品の中のひとつではなく、プライオリティの高い商品としてロングタームでプッシュされ、息の長いヒットになっている。

さらに感謝の気持ちを込めて、できる限り佐橋本人が店舗にスタッフを訪ねていった。スケジュールの合間を縫い、各地のタワーレコードでインストアイベントも積極的に行った。双方の想いは「NO SAHASHI NO LIFE」のグッズを作るまでになり、結果、CDの売上げにもつながっている。

「時代が変わっても変わらないのは”人がやっている”ということ」

佐橋と亀田誠治
佐橋と亀田誠治

先日3月13日にタワーレコード新宿店で行われた、アルバムの発売を記念してのインストアイベントは、音楽プロデューサー・亀田誠治がパーソナリティを務めるJ-WAVEの人気番組「BEHIND THE MELODY~FM KAMEDA」(月曜~木曜13:25~13:35)の公開収録も併せて行われた(この模様は3/22,23オンエア予定)。そこに佐橋がゲスト出演する形で、二人の音楽に対する想いに、集まったファンは聞き入っていた。音楽を学問として特に学んだわけではなく、”独学現場主義”という共通部分があるという話題で盛り上がり、亀田プロデュース作に度々参加している佐橋との制作秘話を披露していた。共に、長年スタジオミュージシャンとして、プロデューサーとして音楽制作の最前線に立ち続けているという部分も共通している二人のトークに、そこにいる全ての人が引き込まれていた。佐橋は「仕事を始めた頃は、歪みが立った音が求められ、アンプラグドの時代が来るとアコースティックギターの仕事が増え、仕事は常に時代の流行とリンクしている」と、これまでの事を振り返りつつも、「でも時代が変わっても、変わらないのは“人がやっている”ということ。レコーディング機材や、とにかく機材の進化のスピードが凄いが、それを出会いと考え楽しむようにしている。結果的には人間が操作するものだから。そして温故知新の精神を忘れず、先達へのリスペクトの気持ちをいつも持ち、いい音楽を伝えていきたい」と、音楽に対する変わらない姿勢を語り、亀田も共感していた。時間切れとなり、まだまだしゃべり足りなさそうな二人だった。

「やろうとしていること、やりたいことが30年間変わっていない」

佐橋と音楽評論家・能地祐子氏
佐橋と音楽評論家・能地祐子氏

続いて登場した能地祐子氏とのトークショーでは、音楽誌「レコード・コレクターズ」の2月号に掲載されている特集 “リイシュー・アルバム・ベスト10/5” の「日本のロック」部門で、この作品が2位にランクインしたことを紹介し、「曲が時系列で並んでいることが最大の功績」と評価されていることを、改めて喜んでいた。さらに諸事情、“大人の事情”からこの作品には収録することができなかった楽曲を流し、裏話満載の二人のトークに会場は大盛り上がりだった。ここでも佐橋は「この作品を聴いていると、やろうとしていることと、やりたいことが30年間変わっていない」と語り、そのミュージシャンシップは、決して時代に流されることなく存在しているということを、長年佐橋を見守ってきた能地氏と共に再確認していた。アルバムに入っている100ページに渡るブックレットには、能地氏と佐橋による楽曲解説と共に、名曲が誕生する瞬間も描かれている。さらに当時の音楽シーンの様子や、レコーディングスタジオの空気まで伝わってくるような内容で、このブックレットだけでも読む価値がある作品だ。

『佐橋佳幸の仕事1983-2015~Time Passes On~』は、レーベルの枠を超え、多くのマネージメント事務所の協力があり完成した。コンピレーションアルバムを作る時は、権利関係等様々な問題が立ちはだかるが、この作品に関しては「佐橋さんの作品だったら…」と協力を得ることができたところが多いという。本人がこれまで築いてきた人間関係と人柄が、大きな成功要因になっている。誰からも愛されるスーパーギタリストの作品集は、とことん人間臭く、多くの人間の愛に支えられ、CD逆風時代の中、多くの人の元に届いている。

画像

<Profile>

1961年生まれ、東京都出身。「全米トップ40」に夢中だった中学時代、シンガー・ソングライターに憧れ、初めてギターを手にする。'83年、当時先鋭的な存在であったバンド「UGUISS」のメンバーとしてメジャーデビュー。解散後はセッションギタリストとして、数えきれない程のレコーディングセッション及びコンサートツアーに参加。'80年代後半からは作・編曲家・プロデュースワークと活動の幅を広げ、'94年に手がけた藤井フミヤの「TRUE LOVE」はミリオンセラーとなりそのクリエイティビティーが高く評価される。同年にはソロアルバムを発表、多種多様な音楽活動を展開している。山下達郎、竹内まりや、佐野元春、小田和正など、日本の音楽シーンを牽引しているアーティストからの信望が厚く、様々な創作活動の局面で数多く起用されている。また小倉博和とのギターデュオ「山弦」として3枚のオリジナルアルバムを発表、個性的な活動も注目されている。『佐橋佳幸の仕事1983-2015~Time Passes On~』スペシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事