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参院選で何を選ぶか

田中良紹ジャーナリスト

第23回参議院選挙がスタートした。安倍総理は被災地である福島市で第一声を上げ、「ねじれを解消しないと復興もスピーディに進まない」と「ねじれの解消」を訴えた。

復興が速やかに進まないのは、行政の仕組みや人手不足に大きな問題があり、ねじれとは関係がないと思うのだが、悪い事は何でもねじれのせいにして、与党の過半数確保を図りたい思惑があるようだ。

衆参両院で過半数を上回る議席を得れば3年間は選挙をやらずに済む。安倍総理は国民から白紙委任状を手にすることができる。また個人的には6年前の参議院選挙で惨敗し、ねじれを作ったことが惨めな退陣とその後の政権交代につながったので、恨みを晴らしたい思いもある。私怨と白紙委任状、この二つが今回の参議院選挙のポイントだと思う。

それを成し遂げるため安倍総理は「アベノミクス」を前面に掲げ、日本経済をデフレから脱却させ、経済成長を実現することが日本の未来につながると主張する。それでは「アベノミクス」が生み出す日本の未来とは何か、国民は白紙委任をする前にそれを考えなければならない。

アベノミクスの「第一の矢」である大胆な金融緩和は、リーマン・ショックから立ち直るためアメリカのFRBが行った政策を真似したものである。円安・株高を実現する事で企業のデフレマインドを払しょくしようと考えた。円安・株高は輸出企業に利益をもたらし、それが世間に明るい期待を持たせたが、しかし企業の儲けが投資や賃金や雇用に振り向けられるかは依然として分からない。

「第二の矢」である財政出動は、「国土強靭化」の名目で公共事業に多額の税金を投入した。これは「土建国家」の再来である。私は公共事業の必要性を否定するものではないが、かつての自民党は公共事業への税金投入をエサに選挙で票を集めた。そのため日本の建設業界は適正規模を越えて膨張し、業界を維持するために必要のない鉄道、道路、空港、ダムなどを作る倒錯した状況が生まれた。

旧国鉄やJALの不採算路線はその結果である。「土建国家」の構造を変えなければ日本は沈没すると言われ、建設業者を農業分野に転業させる方策が採られたが、「第二の矢」はそれを元に戻す働きをしている。しかし転業した建設業者をすぐに戻す事もできず、公共事業は慢性的な人手不足となった。そこに口入れを生業とする暴力団が入り込み、震災復興事業に投入される巨額の予算は今や暴力団の資金源として犯罪者集団を太らせている。

3日の党首討論会で日本共産党の志位委員長が昔に戻った自民党の実態を明らかにした。今年2月に日本建設業連合会に対し石破自民党幹事長が4億7千百万円の政治献金を文書で要請したと言うのである。「税金を配分するからその一部をキックバックしろ」という話である。復興予算は暴力団だけでなく自民党も潤している。

「第三の矢」と言われる成長戦略がアベノミクスの本丸である。これが効果的に作用しなければ実体経済が上向き経済成長が実現する事はない。それではアベノミクスの成長戦略とは何か。法人税の減税、農業分野への企業参入、混合診療の承認、雇用の流動化などが叫ばれている。どれをとってもアメリカを真似する話である。

ではアメリカ型の経済成長とは何か。それは移民国家にしかできない経済構造から生み出されている。例えば労働者の賃金は企業にとってはコストだから上昇させれば国際競争力を削ぐ。そこでアメリカはトータルの賃金を抑えるために発展途上国から低賃金労働者を流入させる。

アメリカに「春闘」はないので、同じ会社で同じ仕事をしている限り賃金は上がらない。労働者は高賃金の職を求めて労働の生産性を競い、認められれば高賃金の仕事に就ける。そのため労働者は機会さえあれば職を変える。それが労働の流動性と言われる雇用の仕組みで、それが経済成長の重要な柱となる。

貧富の差が拡大しても低賃金労働者が暮らせるのは、途上国の安い製品をアメリカがどんどん輸入するからだ。安い輸入品に勝てないアメリカ企業をアメリカ政府は守らない。常に競争をさせ、強い者をより強くすることで経済成長を実現する。

底辺の人間は失うものがないので犯罪に走りやすい。そういう社会では警察だけに頼る訳にはいかないと考える市民が銃を持って自衛する。それがアベノミクスの目指す成長戦略から導き出される社会である。

かつて小泉政権もアメリカ型競争社会を日本に導入しようとした。移民国家でない日本は国民の中に移民と同じ階層を作る必要が出てきた。それが非正規雇用である。一生結婚できない程度の賃金で働かされる若者たちが再生産されている。格差社会の到来にその頃のメディアは警鐘を鳴らしたが、それをころりと忘れたかのように今では「アベノミクス」を持ち上げている。

日本政治が直面する問題はデフレからの脱却ではない。世界最先端の少子高齢化と人口減少に直面しているという重大な事実である。日本の生産年齢人口(15歳~64歳)は1995年をピークに減少が続き、95年に8、622万人だったのが、2015年に7,682万人、2055年には4,706万人になると予想されている。

口先だけかもしれない「アベノミクス」と違って人口予測は確実だから、日本の生産労働者が激減する事は確実である。経済成長の指標であるGDPは労働者の数と労働の生産性とを掛け合わせた数字だから、まもなく半減する労働者にどれほどの生産性を負わせても経済成長を続けることなどできない。

それでも経済成長を続けようとするなら、日本はアメリカ以上の移民国家にならなければならない。安倍内閣の支持率を見ると国民はそれを望んでいる事になるが、それは本当にアベノミクスを理解した上での事だろうか。80年代に世界最大の金貸し国となり、しかも最も格差の少ない社会をつくりあげた日本人が、日本の伝統的価値観を破壊する格差大国に転換できるのか。参院選は日本がアメリカ型の経済成長を選ぶのか、それとも経済成長に代わる価値観を作り出す契機となるのか、そこに私は注目している。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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