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小泉元総理「原発ゼロ」は「リトマス試験紙」

田中良紹ジャーナリスト

小泉元総理が日本記者クラブで講演した翌日、新聞各紙は記事の扱いで見事に分かれた。いつもは金太郎飴のような報道に辟易していた私にとって、記事の扱いの差はなかなかに興味深い。そこでそのことを考察する。

小泉元総理の「原発ゼロ」発言を一面トップで報じたのは朝日と東京である。両紙は二面でも関連記事を掲載して扱いは大きい。小泉発言を重要なニュースとして扱っている。トップではないが同じく一面と二面に掲載したのは毎日である。毎日は小泉氏の「脱原発」発言を先陣を切って報道してきたので、あえてトップにはしなかったという事だろう。

これに対して一面で扱わなかったのが産経、読売、日経の三紙である。産経は三面と五面に掲載した。一面扱いではないが記事の分量は少なくない。ところが読売と日経は四面に小さく扱い、ほとんど無視の姿勢である。ただ読売の記事には講演をする小泉元総理の写真が掲載され、多少は読者の目を引くようにしている。一方、どこに記事があるのか分からないほど小さいのが日経だった。

一面に載せなかった三社がいずれも一面で報じたのは東京地検特捜部による徳洲会の選挙違反事件である。東京地検は小泉元総理の会見と同じ日に徳洲会の幹部ら6人を逮捕し、読売は一面トップでそれを報じた。

一般の人は小泉発言と徳洲会事件に関連があるとは思わないだろうが、特捜検察を取材した私の経験ではありうるのである。特捜部が事件に着手する時には必ず各方面の動きをにらみ、政治的な効果を最大限に考えて決行する日を選ぶ。

検察は警察と違い突発の事件に対応する組織ではない。すべてのスケジュールを自分の都合で決めることが出来る。他に重大な出来事があり、自分たちの事件の記事が小さな扱いになると思えば、その日の逮捕は見送られる。一方で権力にとって都合の悪い出来事を小さな扱いにさせる目的で、大事件の強制捜査をぶつけることがある。

逮捕の前日に検察幹部が各社のキャップを集め、「明日は一面を空けておけよ」と指示する場合もある。他の記事より検察の捜査を大きく扱えとプレッシャーをかけるのである。メディアはほとんどその指示に従う。今朝の読売と朝日の紙面を見比べると、そうした過去の経験が甦ってくる。

有料ブログ「フーテン老人世直し録」に昨日書いた「小泉総理『原発ゼロ』の真意」で私は、小泉元総理は「アベノミクス」が失敗すると思っているのではないかとの見方を示した。「アベノミクス」に突き進むより「原発ゼロ」に突き進む方が長期安定政権を確実にものにできる。小泉元総理はそう考えていると書いた。

今朝の紙面で無視に近い扱いをしたのが日経である事を考えると、私の見方はあながち的外れでない気がしてくる。「アベノミクス」に何としてでも成功してもらわなければ困ると考えるのは日本の経済界である。その主張を代弁するのが日経新聞で、短期的利益を追求する人間にとって小泉発言は不快で無視したい話である。

一方、政治的な意味で安倍政権を支持している読売と産経は、一面に掲載しないことで安倍政権支持の姿勢を見せてはいるが、日経のように無視扱いはできない。なぜなら小泉発言はこれから政治の世界で大きな意味を持つ可能性があるからである。従って写真を掲載するなどの体裁を施す必要はあった。

かつて東京地検特捜部が政権交代のかかった総選挙を前に、民主党の小沢一郎氏をターゲットに「でっち上げ捜査」を行って日本の政治に横やりを入れ、日本の民主主義を蹂躙した事がある。その時に私は、この事件が日本の民主主義を推し測る「リトマス試験紙」になると書いた。他の民主主義国家ならあり得ない選挙前の政治捜査を認めるのか認めないか。それが民主主義を推進する側か、民主主義を破壊する側かを見分けさせる。

すると自民党も、民主党も、公明党も、共産党も、社民党も、そして全メディアが民主主義を破壊する側、つまり「国民主権の敵」であるという結果が出た。「日本の民主主義は道が遠い」と思ったものである。今回の小泉発言はそれとは違うが、政治を目先の利益で考えるか、長期的な利益で考えるかの「リトマス試験紙」になる。

かつて日本に存在した「財界」は、短期的利益を追求する欧米の経営者に対して、長期的な利益を重視し、弱肉強食ではない社会を作ろうとした。それがソ連や中国から「理想」と言われる「一億総中流」の国を生み出した。ところが日本のやり方を批判したのがアメリカである。すべてを競争原理にさらすことが正義であると考えるアメリカは、冷戦が終わると日本経済の解体作業に取り掛かり、ソフトパワーによって日本人の思想を欧米型に変えた。今では短期的利益を追求するのが経営者とされ、その延長上に「アベノミクス」はある。

しかし3・11の大災害と原発事故を経験して、日本は自らの生き方を根底から考え直す機会を得た。小泉元総理の「原発ゼロ」もそこから始まっていると言う。だとすれば小泉発言は日本人の生き方を見分ける「リトマス試験紙」になる。目先の利益を追求するのか、長い目で利益を追求するのかのリトマス試験紙である。今朝の新聞各紙を見ていると、まずはメディアから「リトマス試験紙」で測定されたという事だ。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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