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「戦争に勝ってからやれ」とアメリカは考えている

田中良紹ジャーナリスト

安倍総理の靖国参拝の報を聞いて真っ先に思ったのは、「アメリカと事を構えるつもりなのか」という事だった。その覚悟を決めたと言うのなら、安倍政権を「対米従属」と見てきた私の見方を変更しなければならない。そうではなくアメリカにも理解されるはずだと考えているのなら、アメリカに対する理解がまるで私とは異なる。

国家のリーダーが国家のために犠牲となった戦没者に敬意を表明するのは当然のことである。誰もそのことに異を唱えている訳ではない。しかし靖国参拝が問題とされるのは東京裁判で戦争犯罪人とされた人物が祀られているからである。誰が裁いたかと言えばアメリカを中心とする連合国である。

日本と同様に敗戦国となったドイツは日本より先にニュールンベルグ裁判で戦争犯罪を裁かれた。戦勝国が敗者の戦争犯罪を裁く裁判は、勝者の犯罪をすべて免責にするという一方的なもので、裁判官はすべて連合国から出された。そうした事への批判を考慮してか、ニュールンベルグに続く東京裁判では中立国であるインドからも判事が選ばれた。

そのパール判事が有罪判決に異を唱える意見書を提出した事から、日本では東京裁判を否定する議論が出てきた。東京裁判を認める事は「自虐史観」であるという論理である。しかし敗戦国が何を言おうが第二次世界大戦後の世界は戦勝国の論理で作られた。

例えば国連である。世界の安全保障問題を解決するために作られた国連の名称は「連合国」であり、第二次大戦の戦勝国が世界の安全保障問題を解決する仕組みになっている。そして1952年に日本が占領支配から独立を回復する時のサンフランシスコ平和条約には日本が東京裁判を受諾する旨が明記された。それから逸脱する事は許さないというのがアメリカの論理である。

ところが一方で冷戦の始まりはアメリカに日本を「反共の防波堤」に利用する事を考えさせた。日本から軍国主義を一掃しアメリカに逆らえない国家にするという方針と、日本を再軍備させアメリカの軍事戦略に従わせようとする方針が共存する事になる。その結果、日本国内の左派勢力は前者の立場に乗り、右派は後者の立場に乗る事になった。

こうして日本の保守・革新は対立するが、アメリカから見ればアメリカの国益に適えばどちらでも良いのである。アメリカはその時々の都合で二つの路線を使い分ける。双方に共通するのは日本を従属させ自立させない方針である。そしてそれは日本の領土に永遠に米軍を駐留させる事を目的にしている。

最近、中国が防空識別圏を設定した事が問題になっているが、日本が日本独自の防空識別圏を設定した事など一度もない。設定したのはアメリカであり、日本はそれを引き継いだに過ぎない。しかも首都東京の上空には米軍が使用するための「横田空域」があり、日本の飛行機は東京上空を自由に飛ぶことが出来ない。日本が中国の防空識別圏設定に居丈高になる様はアメリカから見ればお笑いなのである。

第二次世界大戦を正義の戦争と考えるアメリカは東京裁判で戦争犯罪人として裁いた人物を祀る神社を認める事は出来ない。それを認めれば戦後の国際社会の仕組みはことごとく崩壊する。国家のリーダーが戦没者の霊に祈りをささげる話とは次元が異なるのである。

アメリカのアーリントン墓地と同様に誰でもが参拝できる施設は千鳥ヶ淵の戦没者墓苑である事を10月に来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官が身をもって示した。それにも拘らず安倍総理は靖国神社を参拝した。こういう時にアメリカ人は何と言うか。「それは戦争に勝ってからやれ」と言うだろうと私は思う。

負けたのに負けを認めたくないならもう一度戦争をやろうじゃないか。それで日本が勝てば何をやっても良いが、負けたのに文句を言うのは許せないとアメリカ人なら考えるのである。そういうアメリカを私は見てきた。例えば宮沢政権時代、宮沢総理がアメリカのマネー資本主義を批判し「額に汗してものを造ることが大事だ」と国会で発言した。

それを日本の新聞が面白おかしく「アメリカ人は怠け者」という見出しで報じた。それにアメリカは激怒した。アメリカ議会では議員たちが口々に「戦争に勝ったのはどっちだ」と言った。「怠け者が戦争に勝てるのか」、「優秀な兵器を作れたのはどっちだ」、「日本は戦争に負けた事を忘れたのか」に続いて、最後に重鎮と言われる議員が「もう一度日本に原爆を落とすしかない」と真顔で言った。

真珠湾攻撃から50年の1991年12月には、アメリカの新聞とテレビが盛んに日本の「奇襲攻撃」の卑劣さと恐ろしさを特集して報道した。それは日本経済バッシングが目的だったが、その時に訪米した中国の江沢民国家主席はブッシュ(父)大統領との間で「我々は共に日本と戦った戦勝国である」という立場を強調した。第二次大戦の記憶は簡単には消せないと思ったものである。

「偽りの民主主義」にも書いたが、日本人は昭和20年の8月15日で戦争は終わったと思っている。しかしアメリカは日本との戦争は永遠に続くと考えている。ドイツと違い日本はアメリカにとって理解不能な国家であり、日本民族をアメリカ流に洗脳し続けなければアメリカの安全は保てないとアメリカは考えているのである。その事を日本人は全く理解していない。

戦後の歴代政権は戦後構造からの脱却を模索し続けてきた。アメリカから狡猾・巧妙と思われる手法でそれを続けてきた。安倍総理が同じような文脈で靖国参拝を実行したとするならば、それはあまりにも稚拙で戦略性がない。東京裁判を主導したアメリカと「事を構える」本気度も見えない。中途半端なやり方で事を運べばむしろ「対米従属」を強めさせられるだけの結果になる。かつて「保守化と言うより従属化」というブログを書いたが、「保守化に見せてますます従属化」という事になるのではないか。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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