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2014年に私が注目した事をふり返る

田中良紹ジャーナリスト

年の初めに「今年は嫌でも戦争を意識せざるを得ない」と書いた。それは2014年が日清戦争と第一次世界大戦のはじまりからそれぞれ120年と100年の節目に当たるからである。そして2つの戦争はその後の日中関係に大きな影響を与えた。

日中関係が国交回復以来最悪の状態を迎えたのは、尖閣諸島の領有権を巡る対立によるが、日本政府が尖閣領土編入を閣議決定したのは1895年で、日清戦争での勝利が確実になった時点である。

それまで沖縄県からの領土編入要求を日本政府は10年間無視してきた。それはすでに島に名前を付けていた清国政府を挑発したくないと考えたからだが、戦争の勝利が確実になった時点で一転して領土編入に踏み切った。従って尖閣諸島は日清戦争後の下関条約で清国から勝ち取った台湾などと同じではないが、中国からすればそれに類すると考えられるため問題が難しい。そのため「尖閣は固有の領土」という言い方に私は抵抗を感ずる。

第一次世界大戦では日本が連合国側の一員として参戦し、ドイツ帝国の領土である中国の青島や南洋諸島を攻略した。そして中国に対し、ドイツ帝国が中国に持っていた権益を日本に引き渡すよう要求した。それが中国国民の反日感情に火をつけ、中国に広範な反日運動が起こり、その中から中国共産党が誕生した。

2014年はこの2つの戦争の歴史を学び直す事が必要だと私は書いたのだが、それが十分に行われたとは言い難い。むしろ日本政府は尖閣を巡る中国の軍事的挑発を国民にアピールし、米国との軍事的結びつきを強化する方向に誘導する事が国益と判断して尖閣問題は解決の方向に向かわなかった。

中国政府も来年が第二次大戦終結70周年に当たる事から、ロシア、韓国と手を組み、さらにアメリカも加えて安倍内閣の「歴史認識」を包囲する方が有利になると考え、「領土問題は存在しない」と主張する日本に反撃するため、紛争が存在する印象を世界に与える事に力を入れた。

アメリカは日中戦争に巻き込まれる事などさらさら考えていないが、危機が高まれば日本が軍事的な対米従属度を高め、オスプレイなどアメリカ製兵器を日本に買わせることが出来るので、本物の衝突が起きない限り利益になる。同様に日本の自衛隊にとっても中国軍にとってもそれは装備拡充の口実になり、都合が良いと考えられる。

安倍総理と習近平国家主席との首脳会談は秋にようやく実現したが、冷ややかさだけが強調される会談となった。こうして日中の対立は戦後70周年に当たる来年、世界各国を巻き込む宣伝戦の場に持ち越された。これに対応する日本政府の戦略はまだ見えないが、統一地方選後に国会で展開される集団的自衛権を巡る安保法制論議と絡んで、来年は安倍総理の「歴史認識」を巡る暑い夏がやってくる。

もう一つ私が注目していたのは安倍政権の政治手法である。去年の参議院選挙で「ねじれ」が解消され、与党が国会運営の主導権を握った時、麻生副総理は「ナチスを真似たらどうかね」と発言した。欧米の政治家なら大騒ぎになり、辞任は避けられなかったと思うが、不思議な事にこの国ではそうはならずに見過ごされた。

しかしその後の安倍政権の政治手法は麻生副総理の言う通りになっている。ところが日本人はナチスをよく理解していないため、安倍政権とナチスとが国民の間ではまだ結びつかずにいる。ヒトラーのイメージは大群衆を熱狂させる弁舌巧みな政治家で、絶対的な権力者と考えられている。しかしそれは独裁権力を握った後の姿であり、ヒトラーの一面だけが強調されていると思う。

ナチスを生み出したワイマール共和国は世界で最も民主的と言われたワイマール憲法を持つ民主主義国家である。そしてナチスは民主的な手続きに従い国民の選挙で権力を手中に収めた。背景には第一次世界大戦に敗れ過酷な賠償金に苦しむドイツ国民の経済的苦境があった。ヒトラーが力を入れたのは何よりも経済である。

ヒトラーはドイツ中央銀行総裁と手を組んで膨大な手形を振出し、つまり国の借金によって自動車産業の育成や高速道路建設などの公共事業を果敢に行い、労働者の賃上げや社会福祉にも力を入れて、4年間で完全雇用を達成した。

そのヒトラーの政治手法は次々に新組織を立ち上げ、次々に新政策を打ち出して国民に考える暇を与えなかった事だと片山杜秀慶応大学教授は『国の死に方』(新潮新書)に書いている。国民に考える暇を与えないほど次々に政策を打ち出し、政府と党の二元体制で役割分担の曖昧な国家を作り上げ、国民から合理的判断の基盤を失わせていったというのである。

安倍政権が「失われた時代からの脱却」を叫んで経済を最優先課題とし、それを言う一方で日本版NSCを作り、特定秘密保護法を強行採決し、また集団的自衛権の行使容認を閣議決定したが、中身の議論は後回しである。これはこれまでの日本政治に見られなかったやり方で、片山氏の『国の死に方』を読んで初めて私はヒトラーとの相似性に気付いた。

恐らく麻生副総理が言う通り、「ナチスのやり方」を研究した人間がシナリオを書き、それを安倍総理が演じているのだろう。そしてそれが年末に行われた総選挙のやり方にも如実に表れた。突然の解散劇は、解散から公示までが過去最短の11日間、選挙期間の12日間と合わせても、考える時間はひと月もなく、国民は何が何やらわからぬうちに投票させられた。

そのために史上最低の投票率を記録したが、メディアは安倍自民党の「大勝」と持ち上げ、「長期政権」が既定の事として報道されている。これもまたナチスの宣伝相ゲッベルスがやったメディア・コントロールを思い起こさせるが、来年5月にはロシアがナチス・ドイツに勝利した70周年記念式典に安倍総理を招待したという。

60周年には小泉総理が招待され参加しているから外交儀礼上の事だと思うが、しかしこうしたニュースを聞くと来年は70年前の戦争と現在の国際政治とが微妙に絡まり合い、複雑な展開を見せる年になる事が嫌でもわかる気になる。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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