反グローバリズムで国家を優先するはずが国内の分断を招いて国家を弱体化させる恐れ
フーテン老人世直し録(276)
睦月某日
英国のメイ首相は17日、移民の流入を制限する国境管理の権限を回復し、EUの単一市場から脱退する方針を明らかにした。「反移民」と「反EU」を主張する米国のトランプ次期大統領の誕生が英国にEUとの経済関係より移民制限の権利回復を優先させたと考えられる。
最大野党の労働党は「英国民の雇用や生活水準にとって脅威になる」と批判し、EUとの関係を重視するスコットランド民族党は「我々をEUから連れ出すことは許されていない」と反発し、独立を問う住民投票を行う構えを見せているが、演説前まで下落していた通貨ポンドは上昇に転じた。
米国メディアによると、まもなく就任式を迎えるトランプ次期大統領の支持率は40%程度で、過去40年間の歴代大統領の就任時の支持率の最低を記録し、またトランプ氏の言動を批判して就任式を欠席する民主党議員も50人を超え、就任式が行われるワシントンでは抗議活動も予定されているという。
大統領就任式は国民から選ばれた大統領が「権威」を身にまとうための儀式だが、今年ばかりは米国の「分断」を印象づける儀式になりかねない。それと同じように英国のEU離脱も英国内の「分断」とひいては欧州全体の「分断」を呼び起こし、世界が新たな構造の時代に突入することを否応なく考えさせる。
冷戦の崩壊時から米国政治をウォッチしてきたフーテンにとって、この変化は世界の一極支配を目指した米国の戦略が世界各地で行き詰まり、そこから生まれた混乱が世界を覆い、その中での「もがき」が英国のEU離脱やトランプ次期大統領の誕生となって現れたと思う。
フーテンにとって最も鮮烈に冷戦後の米国の戦略を印象づけたのは「国防計画指針(DPG)」呼ばれる機密文書であった。ブッシュ(父)政権時代に国防総省がソ連崩壊後の国際社会で米国は何を目指すかの「指針」を示すため作成した。それは機密文書であるから公にされるはずはなかったが、なぜか1992年にワシントン・ポスト紙にリークされ、フーテンも知ることが出来た。
そこには世界のいかなる地域においても米国に対抗できる国家の出現を許さず、米国だけがグローバル・パワーとしての地位を維持すると書かれてある。米国だけが国際秩序を作り、その秩序の下で他の国は「正当な利益」を得ることが出来るが、何が「正当な利益」かを決めるのは米国である。
そして他の国が地域でのリーダーシップを握って米国に挑戦するのを防ぐため、米国は軍事的・経済的・外交的なメカニズムを構築するとして、ロシアに対しては武装解除と核兵器の減少を進め、東欧地域における覇権的な地位の回復を阻止するとしている。
欧州に対してはNATOを安全保障の基盤とし、欧州諸国が欧州だけの安全保障システムを作ることを許さない。アジアでは日本がより大きな地域的役割を担うことを阻止し、米国が優越的な軍事力を維持し続ける方針を示す。
そして問題は米国の潜在的な敵性国としてロシア、中国だけでなく、同盟国である日本とドイツが挙げられていることだ。冷戦が始まった当初、日本とドイツは「反共の防波堤」として米国が経済復興に力を入れたが、日独共に経済成長を成し遂げて米国経済を脅かす存在になった。
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