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萩野公介がアジア大会で証明した「成長の証」

田坂友暁スポーツライター・エディター
(写真・中村博之)

韓国・仁川で開催されている第17回アジア大会。競泳は9月21日から始まり、26日までの6日間の日程で行われた。金メダルを12、銀メダルが20、銅メダルが13の合計45個のメダルを獲得。金メダルの数は中国に及ばないものの、総メダル獲得数でいえば同じ45個。日本水泳連盟が中間年の最重要大会と定めるアジア大会で、前回の広州大会を上回る結果となった。

その原動力となったのは、ほかでもない萩野公介である。自由形、背泳ぎ、個人メドレーと、多種目に渡りマルチに活躍する選手だ。今大会も、自身が最も得意とする個人メドレーで200m、400mの2種目を制し、さらに200m自由形と4×200mリレーでも金メダルを獲得。400m自由形は銀メダルで、100mと200m背泳ぎでは銅メダルを獲得し、7種目に出場して7個のメダル、うち金メダルが4個という結果に、日本だけでなく地元韓国紙や中国紙などが、アメリカのマイケル・フェルプスにならって『アジアの水の怪物』と報じる理由もよく分かる。

競泳競技初日に行われた200m自由形で、中国の孫楊(400m、1500mロンドン五輪金メダリスト、1500m世界記録保持者)と韓国のパク・テファン(400m自由形北京五輪金メダリスト)の2人を破った萩野は、日本チームに流れを引き寄せる。この大金星も素晴らしかったが、萩野の本当の成長を語るには、400m個人メドレーのレースが外せない。

ラップタイムに現れた自由形強化の成果

2013年4月の日本選手権で樹立した4分07秒61の日本記録と、今大会の優勝タイムである4分07秒71だけを見れば、惜しくも自己の記録に届かなかったレースだ。しかし、内容が全く違う。

バタフライは日本記録のラップと変わらない56秒63で入るが、得意なはずの背泳ぎで伸びてこない。200m通過の時点で2分00秒77の日本記録から3秒46も遅れをとっていた。苦手な平泳ぎを改善したこともあって300mでは少し遅れを取り戻すが、それでも3分12秒00で2秒16の遅れ。しかし、ここから萩野が強さを見せた場面だった。

300mでは萩野と瀬戸大也、中国の楊之賢と黄朝升の4人が横一線に並ぶ展開だったが、350mまでに身体半分からひとつの差をつける。ここのラップタイムが28秒84。ラスト50mではスピードに乗った萩野を誰も追いかけることができず、結果として2位の楊之賢に2秒33の差をつけて萩野が優勝。最後の50mは、なんと26秒91。自由形のラップタイムは55秒75だった。まさに驚異的である。

フェルプスが持つ400m個人メドレーの世界記録、4分03秒84の自由形のラップタイムは、28秒94、27秒85で56秒79だ。前半のタイムが違うとはいえ、フェルプスをも上回る自由形の強さを見せつける。このレースもそうだが、今大会での200m自由形の優勝する勝負強さ、400m自由形の2位に加えて、9月上旬の日本学生選手権で4×100mリレーの第1泳者として泳いだ100m自由形では48秒75を出すなど、昨シーズンのオフから取り組んできた自由形強化の成果が確実に現れている。

毎年新しい姿を見せる アスリートとしての魅力

決勝レースのあと、萩野はこう話している。

「バタフライでテンポが上がらず、背泳ぎも思うように前にいけなかったので、切り替えました。予選のあとの感じでは、10秒切れるかどうかと思っていました。連戦の疲れはありましたが、7秒台をコンスタントに泳げているのは、自由形のベースアップの練習ができていたからだと思います。ただ、こういうタイムを出すだけなら出せるのですが、もっと高いタイムを出すなら今回のようなレースをしていてはダメだと思います」

このコメントに、萩野が強くなった本当の理由が見える。

自由形が強くなったのもひとつの成長だが、それよりも今の状態を見極め、レースをコントロールする能力を身につけたことが、1年間で本当に成長した証だ。

4月の日本選手権では、300mまでは日本記録を1秒近く上回るラップタイムで泳ぐなど、萩野は世界記録を見据えて前半から攻めて後半粘るレースをしていた。だが、レース前に平井伯昌コーチからアドバイスを受ける。「前半から攻めるレースをするのも良いが、今の調子を生かしたレースをすることも大切だ」。

日本学生選手権の100mでも48秒台を出し、今大会でも200mを1分45秒23の日本新記録で優勝したほどの自由形の調子の良さを考えれば、それを生かすレース展開をすることが、今持っている力を最大限発揮できる方法だった。

しかも8月末のパンパシフィック水泳選手権から約2週間周期で連戦を続けており、今大会ではドーピングコントロールに時間をとられて、選手村に戻るのが12時になることもあったため、さすがの萩野も疲労を隠せなかった。

それでも、世界記録更新を視野に入れているから前半から攻めるレースをする、というのもひとつの方法かもしれない。しかし、それで勝てない、タイムが出ないというレースばかりでは、本当の課題がどこにあるのかがぼやけてしまう。きっちり現状の実力を100%発揮する泳ぎをしたほうが、次に何を課題とすれば良いのかが明確になる場合もあるのだ。

2012年のロンドン五輪で銅メダルを獲得して以降、毎年新しい、どこかが成長した姿を見ることができる。それが本当の『アジアの水の怪物・萩野公介』が持つ、アスリートとしての魅力なのかもしれない。

スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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