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トランプ米次期大統領に情報機関は何を語ったのか?

立岩陽一郎InFact編集長
政財界関係者との会談をこなすトランプ米次期大統領(写真:ロイター/アフロ)

トランプ次期米大統領はロシア政府による大統領選挙への関与を断定した情報機関の報告を受けた後、情報機関の働きを称えつつ、選挙結果に何の影響も与えなかったと断じた。一方で、その後、トランプ氏からはロシアについての言及が減った。情報機関は何をトランプ氏に伝えたのか?

議会でロシアによる選挙への関与を明言したクラッパー米国家情報長官。その根拠となる報告書そのものは機密指定を受けていて一般人の我々が見ることはできないが、その概要は米政府のサイトで読むことができる。CIA、FBI、NSAという米国を代表する情報機関がこぞって収集した情報を分析した結果というのが触れ込みだ。

(参考記事:トランプの米国とどう向き合うか

この中でプーチン大統領の指示によってロシアの情報機関が動いたという具体的な内容に踏み込んでいることは多くのメディアで伝えられた。しかし、実際に読んでみると、その根拠は曖昧で、あまり衝撃的な内容ではない。

詳細を示しているのはその経緯だ。

2015年7月にロシアの情報機関は民主党全国委員会(DNC)のホストコンピューターへのアクセスに成功し、少なくとも2016年の3月までアクセスし続けたとしている。 その時までにロシアの情報機関は大統領選挙を標的にしたサイバー攻撃を始めていたということだ。そして、入手した民主党幹部らの電子メールを 「グシファー 2.0」と称するルーマニア人のハッカー、「DCリークスドットコム」 「ウィキリークス」を通じてばらまいたという。 また、その内容は、ロシア政府が出資する海外向け英語テレビのRTなどで使われ、繰り返しヒラリー氏を批判する番組が流されたという。

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それらが全米の有権者の投票行動に影響を与えたとは考えにくい。また、報告書は、ロシア政府が投票そのものにアクセスする努力を続けてきたとは指摘しているものの、実際に、投票数に影響を与えるような操作が行われたとは書いてはいない。

仮に私がトランプ氏でも、「だから何なんだ?」と笑い飛ばしそうな内容だ。

ところが、元米国務省のキャリア外交官は別の見方を示した。既に引退して巨大企業のロビーストをしている彼は、概要のある個所を示して、次の様に言った。

「僕が君だったら注目するのは、ここだよ」

そこには、プーチン大統領は過去にロシアとビジネスをしようとした西側のリーダーをいいように使ったとして、イタリアのベルルスコーニ首相とドイツのシュローダー首相の名前が記されていた。ベルルスコーニー首相はその後訴追され、シュローダー首相は退陣後、ロシアの企業の顧問になったことで批判にさらされた。

「(トランプに)これを突き付けて、『次期大統領閣下、あなたも彼らのようにプーチンにいいようにやられておしまいですよ。以後、お気を付けください』と言われたんだろう」

「それは、推測か?それとも信ぴょう性の有る話なのか?」

彼はその問いには答えようとはしなかったが、自信あり気に笑ってこう続けた。

「考えても見てごらん。CIAとFBIとNSAの幹部が首を揃えて、『次期大統領、ここは互いに誤解のないようにクリアにしておきたい…』とやるんだよ。勿論、そこには報告書をバックアップする写真もビデオも用意されている。そんな生易しい話じゃなかったと思う」

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今更ではあるが、米国人にとって大統領というのはそれが誰であろうと敬意を払われるべき対象であり、それは大統領になる本人にとっても同じだ。トランプ氏にとっても、「プーチンにうまく利用された大統領」が存在したという歴史的事実は耐え難いものになるだろう。何よりも、「アメリカを偉大に」という彼のスローガンと矛盾することは間違いない。

(参考記事:トランプ氏が「カード」にする米軍おもいやり予算

その後トランプ氏の言動からロシアとの関係を強調するような目立ったものが出ていない背景には、情報機関の極めて丁寧な一言が有った・・・これは、単なる推論ではないのかもしれない。恐れを知らない言動で選挙に圧勝したトランプ氏を黙らせたのが情報機関の一言だとしたら、それはそれで恐ろしい米国の一面を見る気もする。報告書の概要と言えども公表に踏み切ったのは異例だと言われている。オバマ政権としては、毒を持って毒を制すという心境だったのかもしれない。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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