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学振DC1/DC2採用者の所属大学別分布(人文学、2007-2014)

寺沢拓敬言語社会学者

春めいてくると大学院生がそわそわし始める(ような気がする)。そう、学振研究員への応募時期が近づいてきたからである。

正式名称は「日本学術振興会特別研究員」と言う。知らない方のために、制度の趣旨を転載すると以下のとおり。

特別研究員制度は、我が国トップクラスの優れた若手研究者に対して、自由な発想のもとに主体的に研究課題等を選びながら研究に専念する機会を与え、研究者の養成・確保を図る制度です。

要は、優秀な「研究者の卵」(博士後期課程以上)にお金をあげますよという制度である。業績ベースの奨学金と考えてもらって差し支えない。ただ、事実上「ローン(借金)」である旧育英会の「奨学金」とはちがい、完全に「給与」として支給される。そのため、旧育英会「奨学金」とは比較にならないほど、狭き門である。たとえば、DC1では毎年、全国のあらゆる分野の院生のなかから数百人程度しか採用されない。競争率が非常に高いこともあり、わりときびしい(とされる)選抜があり、「優秀」な人しか受からない(とされる)。支給額はけっこう高額で、大卒・初任給くらいはもらえる。その点で、「優秀」な学生をかなり優遇した制度である。

ここでは、博士課程1年次からお金がもらえる「DC1」と2年時以降からお金がもらえる「DC2」に注目して、その大学別の分布状況を見たい。

これにどんな意味があるかといえば、実はあまりない(笑)。特定の大学に採用者が偏っていたからといって、その大学に「利権」があるなどと結論付けることは決してできない。単にそこの学生が優秀なだけかもしれないし、優秀な学生は確率的に言えば様々な大学院に分布しているのが事実である。

ただし、「副産物」的な意義も一応はある。DC1/DC2の採用状況は、当該大学院の「研究志向性」「研究環境」のよい代理指標になり得る点である。DC1/DC2に採用されるには以下の条件が重要になり、この条件は研究指向性・研究環境と相関していると思う。

  • 同制度の存在を知っていること
  • 同制度を利用可能になる博士後期課程までのビジョンがあらかじめ修士課程の早い段階で描けていること
  • 同制度に応募するにあたって、指導教官・先輩・同期などからアドバイスを受けられること
  • 修士の段階で、すでに学会で発表していたり学術論文を書いていたりという業績があること(ただし、業績があっても落ちる人・業績がなくても採用される人は多い)

以上の条件は、大学院の先輩が「研究者」としてのロールモデルを果たしている、指導教官が適切な指導をしている(つまり放置していない)、先輩が後輩にアドバイスをするという「風土」がある(研究者の「ヒドゥンカリキュラム」)、場合によっては指導教官が研究プロジェクトチームの(末端の)共同研究者として修士課程の学生も組み込んでいる、などといったことを意味する。その点で、その大学院がどれだけ研究志向性が強いかということの、わりと良い代理指標だと思う(もちろん、例外的な場合として、とびぬけた「天才」が、上記の条件がなくても、採用される可能性はある)。

データ概要

前口上はこれくらいにして、実際のデータを見てみたい。

ウェブ上にアップされている「採用者一覧」のなかから「人文学」のカテゴリで採用となった人々のデータを抽出した。今回私が分析に使用したのは、2007年度から2014年度までの8年分の名簿である(2009年度以前のものも以前に収集済)。ちなみに、データ自体は簡単に手に入るけれど、名簿はPDFである。データベース化するのがわりとめんどうくさいので、他分野に興味がある人も「昼休みの暇つぶしのネタ」程度のノリで手を出さないことをオススメします(笑)。

「採用者一覧」には、「分科・細目」というカテゴリがあり、ここの記述がだいたい「研究分野」――つまり、採用者はなにを専門的に研究しているか――に一致する。ここと採用者の所属大学院(「受入研究機関」がこれにほぼ相当)に注目する。

では、図の見方について説明したい。グラフの棒の長さは大学ごとの採用者数を意味している。

もう1点。各大学の「有力」研究室の「有力さ」も図に示してある。指導教官を「研究室」と見なし、採用者数で上位1位の「研究室」を黒で、2位の「研究室」を濃いグレーで記載した(タイがあった場合はランダムに順番を振った)。たとえば、特定の大学の採用者数が突出していた場合、可能性としては、(A) その大学自体が「学振に強い」場合と、(B) その大学の特定の研究室(指導教官)が「学振に強い」場合があり得る。もし、棒グラフの黒い部分が多ければ、それだけ後者の度合、つまり特定の研究室の寡占状況があると考えられる。

結果

文学系

では、まず文学系から。大学数が多いので上位20位だけ(以下同じ)

「分科・細目」に「文学」という文字列が含まれるものを抽出し、それを大学別に集計した。

東大が明らかに群を抜いている。2位の京大に4倍近い差をつけている。

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この理由には、そもそも東大には「文学」を専門にしている院生がかなり多いことも関係するだろう。東大には多数の研究科があって、少なくとも人文社会系研究科、総合文化研究科、情報学環という3つの研究科には、文学を専攻している院生が多数在籍しているため、これらを足し合わせると相当数にのぼるはずである。このように、分母の比較が他大学と容易にできない以上、この結果をもって「文学やるなら東大!」という結論は無理があり過ぎる。ただ、絶対数としてかなりの人数がいる以上、「石を投げればDC採用者にあたる」ような環境であり、「"優秀な"研究者の卵」のロールモデルが至る所に存在していることになる。その結果、大学院内に「DC1/DC2に応募するのは当たり前」という「空気」が存在することは想像できる(というか、実際にある)。そういう意味では、文学における「研究志向性」が図中の上位の大学に存在すると読み替えても、まあ外れてはいないとは思う。

言語学系

つぎは、言語学。そのものずばりの「言語学」というキーワードで検索・抽出した。

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今度は、「文学」とは違い、京大がトップである。その点も含めて、京大がかなり存在感を増しているが、これはどういう事情なんでしょうか?(ふつうに知らない)だれか教えてください。また、「文学」の場合に比べると、筑波大学、東北大学、そして東京外国語大学が相対的に大きな存在感を放っている。

外国語教育系

私は応用言語学という外国語教育研究に近い分野を専門にしているので、自分のフィールドも気になる。そこで次に、外国語教育学系を確認してみたい。ここでは、「日本語教育」あるいは「外国語教育」というキーワードに該当するものを対象とした。なお、「英語教育」であれば後者に該当するはず。

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筑波大学の存在感が大きい。そもそも文学・言語学にくらべて全体の採用者数が少ないので(それ自体ちょっといろいろ思うところはあるが)、2位以下の順序はどんぐりの背比べ状態になってしまっている。なので、「筑波の次にどこが外国語教育関係で学振に強い?」と聞かれても判断はできない。

なお、筑波大の特筆すべきところは、採用者数第1位の研究室である。過去7年の筑波大のDC1/DC2採用者の大半を、特定の研究室が輩出していることになる。もっと言えば、外国語教育系採用者の約30%が、この研究室から生まれている計算になる。どこかは書かないが、圧巻というほかない。

歴史研究・哲学

この記事はそもそも言語研究系の大学院入試説明会向けに書かれたものなので、とりあえず上記3つの分野(文学、言語学、外国語教育)の動向をチェックするためにデータを集めた。ただ、せっかくデータがあるので、それ以外の分野についても超ざっくりと見てみたい。

人文学を代表する分野といえば、、、ということで、「歴史研究」と「哲学」に注目してみた。(ちなみに、心理学や教育学は「社会科学」の枠に入っていたので抽出はできませんでした)

まずは、歴史関係ということで、「分科・細目」に「史」という字が含まれるものを抽出。当然ながら、「正統」な歴史研究とはみなされないものもけっこう混じっているのだけれど、除去するのが手間だったのでそのまま。すみません。

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で、さいごに、哲学関係。これも、「哲学」という文字が含まれるものを対象にした。

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言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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