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バードランドはいまもなおジャズに希望の光を注いでくれる

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
<八代亜紀>30年ぶりに米国公演 NY名門ジャズクラブで初のジャズ公演
<八代亜紀>30年ぶりに米国公演 NY名門ジャズクラブで初のジャズ公演

<八代亜紀>30年ぶりに米国公演 NY名門ジャズクラブで初のジャズ公演

昨年秋に初のジャズ・アルバム『夜のアルバム』をリリースした歌手の八代亜紀さんが、ニューヨーク・マンハッタンの名門ジャズクラブ「バードランド」でライヴを行なうというニュース。

ゲストには彼女が憧れていたというヘレン・メリルを迎え、“ジャズの本場でジャズ歌手としてデビュー“という夢を果たすことになります。

バードランドは1949年オープン。「チャーリー・パーカー、レスター・ヤング、カウント・ベイシー、ジャンゴ・ラインハルト、バド・パウエル、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、アート・ブレイキー、バディ・リッチ、ダイナ・ワシントンなど、錚々たる大御所ジャズ・ミュージシャンが出演し、数多くのライヴ盤が残っている。」とWikipediaにも記載されている、まさに“ジャズの歴史がそこで次々に生み出されていったライヴハウス”の代表格です。

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では、バードランドにちなんだ音源をいくつかピックアップしてみましょう。

●Laura- Charlie Parker with Strings, Birdland 1951

1951年のチャーリー・パーカーによるライヴ音源。おそらくラジオ番組の収録音源だと思われる。チャーリー・パーカーはビバップ創始者の1人で、ジャズを語るうえでは欠かせない偉人。バードランドという店名は、パーカーの愛称である“バード”から付けられたもの。彼はこの当時、ストリングス・オーケストラと共演したアルバムを制作、ここではおそらくリリース記念のようなかたちでライヴを行なったのだろう。自らの名前を冠した店に出演しての演奏は貴重だ。

●Art Blakey Quintet at Birdland- Split Kick

1954年のアート・ブレイキー・クインテットによるライヴを収めたアルバムから「スプリット・キック」。冒頭に聴こえるMCは、バードランドのマスコット的司会者だったピー・ウィー・マーケットによるもの。きちんと出演者や曲を紹介してジャズを聴かせるというスタンスの店だったことが伝わる。ここに揃っている面々はハード・バップを背負って立つことになる超一流のミュージシャンばかり。開店からわずか5年でこんなに充実したプログラムのライヴが行なわれていたわけである。

●John Coltrane Quartet at Birdland- Afro Blue

1963年のジョン・コルトレーン・クァルテットによるライヴを収めたアルバムから「アフロ・ブルー」。リーダー・バンドを従えたコルトレーンが、独自の理論に基づいたジャズに邁進する時期のひとコマをとらえた貴重な録音だ。すでに彼らの演奏は数分という範囲では収まらなくなっていて、ここでも1曲が10分という長さになっている。会場の雰囲気がさらに彼らのソロを長くさせたのではないかと想像しながら聴いてみたい。

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チャーリー・パーカーの愛称を店の名前にしたジャズクラブは、ジャズの拠点としての活動を続けるうちに、その店名を冠した曲も生み出すことになりました。1つは「バードランドの子守唄」、そしてもう1つがズバリ「バードランド」。

●Peggy Lee & George Shearing, Lullaby Of Birdland

ロンドン生まれのジャズ・ピアニスト、ジョージ・シアリングが作曲。作詞をしたジョージ・デヴィッド・ワイスは、この後エルビス・プレスリーの「好きにならずにいられない」やルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」などのヒット曲を世に送り出した。この動画で歌っているペギー・リーは、ベニー・グッドマン楽団の専属として活躍していた人気者だった。ジョージ・シアリングもペギー・リーも、共にビバップのカウンターとして登場した“クール・ジャズ”を表現することのできたテクニシャンだったが、この曲ではそのニュアンスがよく伝わってくる。

●Weather Report- Birdland

1971年の結成から1986年の解散まで、エレクトリック・ジャズの一時代を築き、フュージョン・サウンドに多大なる影響を与えたスーパー・ユニット“ウェザー・リポート”が1977年にリリースしたアルバム『ヘヴィ・ウェザー』収録の「バードランド」。作曲したキーボードのジョー・ザヴィヌルは、タイトルになった名門ライヴハウスに複雑な思いを抱いていたと評伝に書かれているのだが、その真意は不明。しかし、ウェザー・リポートの曲のなかでも異色と言われるポップで華やかな曲調からは、そこで毎晩繰り広げられた真摯でハイクオリティな演奏に対するリスペクトが溢れ出していると感じることができるのではないだろうか。

●Manhattan Transfer Birdland

マンハッタン・トランスファーは、1972年に結成された男女4人のジャズ・コーラス・グループ。ウェザー・リポートの「バードランド」を聴いた彼らは、歌詞をつけて歌うことを決意。最初はエディ・ジェファーソンに依頼したが、彼が射殺されるという悲劇に見舞われて中断。その後、ジョン・ヘンドリックスに依頼し直して完成させた。楽器の音やフレーズをヴォーカルで再現することを“ヴォーカリーズ”と言うが、マンハッタン・トランスファーがこの曲を取り上げたことによって、コンテンポラリーなジャズのコーラスの歴史を前進させたと言っても過言ではない。

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八代亜紀のライヴの日程は3月27日。新たなジャズ・ヴォーカルの歴史がそこに刻まれることを、楽しみにしていたいと思います。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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