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【JAZZ】オルケスタ・リブレのLP『プレイズ・デューク』は聴き手に音楽への向き合い方を教えてくれる

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
オルケスタ・リブレ『プレイズ・デューク』LP
オルケスタ・リブレ『プレイズ・デューク』LP

話題のジャズの(あるいはジャズ的な)アルバムを取り上げて、成り立ちや聴きどころなどを解説。今回はオルケスタ・リブレのアナログ盤『プレイズ・デューク』を芳垣安洋のインタビューを交えてお送りしたい。

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『プレイズ・デューク』は、オルケスタ・リブレのディスコグラフィとしては3枚目と4枚目に記録される作品だ。“3枚目と4枚目”という言い方をしたのは、2013年10月にCD盤がリリースされ、2014年8月にアナログ(LP)盤がリリースされたから。

“こだわり”を示すために選んだアナログ

オルケスタ・リブレの“リーダー”芳垣安洋は、LPすなわちアナログ盤はなんとしてでも出したかったフォーマットだと言う。まずはその理由から語ってもらうことにする。

ーーアナログ盤をリリースしようと考えたきっかけは?

芳垣安洋:配信が中心となってきているいまの音楽の流通状況のなかで、形があるものにこだわりたかったことと、質の良いものをこだわった形のなかに収めたかったことが理由です。

アナログを作ることは以前から考えていましたが、作品の性格からしてもいいタイミングだったので、この『プレイズ・デューク』をアナログにしました。

ーー送り手としてCDとアナログではどのような違いを感じていますか?

芳垣安洋:作品としてはまったく違うものだと思っています。収録曲も異なっています。

そしてなによりも、音に関してはアナログとCDは、まったく違うものであると言ってもいいと思います。

ーーなにが違うのでしょう?

芳垣安洋:音そのものというか……。演奏者の立ち位置や空間が感じられるのは、不思議なことにアナログです。

ジャケットを含めて“作品の価値”の面でも、同じデータが複製できるデジタルとは異なるものだと思っています。

ーーアナログというフォーマットの魅力をどのように考えていますか?

芳垣安洋:“向き合って音楽を聴いてもらう”という意味では、デジタルよりアナログのほうが向いているのではないでしょうか。その点でも、アナログにはこれからもこだわっていきたいと思っています。なので、次回も制作するつもりです。

“向き合って音楽を聴いてもらう”というのは、オルケスタ・リブレあるいはそこに参加する芳垣安洋やメンバー、ゲストたちの“音楽観”にも関係するキーワードではないだろうか。

というのも、オルケスタ・リブレ自体がライヴという“場”を介して向き合うことで生まれ、トランスフォームしてきたように思えるからだ。

魅力的なメロディとアレンジに誘われて

その発生は2011年6月。“日本の硬派ジャズの総本山”とも言うべき老舗ライヴハウス“新宿ピットイン”において開催された“芳垣安洋4days”という4夜連続のスペシャル・ライヴ企画の最終日に、ミニ・オーケストラによって1960〜70年代のロックやポップス、演劇舞台音楽、ミュージカル、映画音楽、ジャズ・チューン、第三世界の音楽までを対象にして、それぞれの分野でスタンダードと呼ばれる有名曲を独自の解釈によるアレンジを施して演奏するというものだった。

ーーオルケスタ・リブレ結成のきっかけとなった2011年6月の新宿ピットインの4daysを終えたとき、継続のきっかけとなったのはなんだったのでしょうか?

芳垣安洋:まず単純に演奏が楽しかったということがあります。私は以前からそれぞれのメンバーとは共演していましたが、メンバー同士は初めての顔合わせもあったりして、そういったメンバー間に興味深い反応がたくさんありました。メンバーからも「またやりたい」という声があり、それが続けようと思った理由のひとつになっています。

また、青木タイセイとともにアレンジした曲も再演してみたいと思わせる魅力的メロディが多く、タイセイのアレンジにもいろんな意味で可能性を感じたことも、自分自身のなかでは大きなきっかけになっていると思います。

もともと青木タイセイが中心となって活動していたトランペット3本+トロンボーン2本+チューバ+ドラムという編成のブラスバンド“Brassticks”に、コード楽器を入れてセッションをやろうというアイデアが膨らんでいったことが4daysのセッションの端緒。

青木タイセイはトロンボーンとキーボード(ピアニカを含む)とベースを操るマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤー。1989年から97年の解散時までオルケスタ・デ・ラ・ルスに在籍、熱帯ジャズ楽団の立ち上げから2ndトロンボーン奏者として活躍するほか、菊地成孔のDCPRGへの参加など、ジャンルにおいてもマルチぶりを発揮している。芳垣安洋とはVINCENT ATOMICUSでも共演するなど、演奏のみならず作・編曲の面でも信頼のおける“相棒”と呼ぶべき存在だ。また、オルケスタ・リブレにはもうひとり、ベースの鈴木正人がアレンジを提供している。高校時代に結成したLITTLE CREATURESやバークリー音楽大学留学後のsighboat、菊地成孔ダブ・セクステットといった経歴を見れば、彼もまたマルチと呼ぶにふさわしい才能の持ち主。こうした多面性を備えたミュージシャンが“類は友を呼ぶ”とばかりに集まっているのが、オルケスタ・リブレである。

ジャズのオルタナティヴな可能性を秘めたビッグバンド

そんなメンバーたちを集めて走り出したオルケスタ・リブレだが、芳垣安洋のなかにはミニ・オーケストラとしてなにか具体的なイメージがあったのだろうか? ちなみに彼は中学のときブラスバンド部に所属してトランペットを吹いていたらしいことも付記しておこう。

ーーブラスバンドやビッグバンドの可能性について考えていたことはあったのですか?

芳垣安洋:オルケスタ・リブレはいわゆる大きな編成の“ビッグバンド”ではありませんが、管楽器という面では金管・木管ともにバランスよくそろっています。こういった編成のアンサンブルからは、幅広い音域や音色を網羅した、豊かなサウンドが感じられます。いわゆるジャズ的なアドリブ中心の曲構成だけでなく、ハーモニーやメロディを積み重ねることから生まれる“曲自体を構築することの魅力”を感じることが、私にはかなり大きいのです。

こういったサウンドの好みですが、もともと思春期に、シカゴ、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ、タワー・オブ・パワーなどのブラス・ロックやジャズ・ロック的なもの、ピンク・フロイドの『原始心母』、キング・クリムゾンなどのブラスの入ったプログレッシヴ・ロック、もちろんクラシックの管弦楽もですが、そういった音楽から受けた影響は大きいと思います。

アドリブの形態のみがジャズを支える要素ではない、というのが私の持論です。すべての楽器の音色(もちろん演奏者の出す色合いがなければ意味はないのですが)こそが音楽の意味合いに大きく影響するのだと思います。そういった意味でも、いろいろな楽器で構成されるバンドには大きな可能性があるように思います。デューク・エリントン、チャールス・ミンガス、ジャコ・パストリアス、ギル・エヴァンスといった人たちをイメージしていただければいいのかもしれません。

ある意味で、10人という決して少なくない編成でスタートしたオルケスタ・リブレにとって、“ビッグバンドの可能性”を追求することは避けて通れない道だったとも言える。それにしても、いきなり“源流”とも言えるデューク・エリントンから手をつけるというのは、ジャズへのリスペクトに溢れていると言うべきか“喧嘩上等”の向こう見ずと言うべきか迷うところだが……。

デューク・エリントンという選択については、ゲストとして参加しているスガダイロー(ピアノ)と別のセッションで顔を合わせたときの会話がきっかけになっていたらしい。自己トリオのほか、鈴木勲OMA SOUNDや渋さ知らズ、そして数々の即興対決で名を馳せ、インプロヴァイザーとして次代を担うべくボーダレスな活動を展開している彼に対して芳垣が、“オーソドックスなジャズは演奏するのか”と問うと、“やらないけれどセロニアス・モンクとチャールス・ミンガスは研究したからできないことはない”と答え、“じゃあエリントンは?”と聞くと“エリントンは深くは聴いていない”と答えたことから、「じゃあ、一緒にエリントンをやろう!」と誘ったのだという。

いかにして作者の意図を現在に再構築するか

もともと自己バンドやリーダー・セッションにおいてオリジナル志向の強い芳垣安洋が、“プレイズ・デューク”のシリーズではカヴァーを中心に据えて、スガダイローやタップダンスのRON×IIまで巻き込んで活性化させようとしている。カヴァーだからこそ、周囲を巻き込む“別の力”が働いたとも言えるかもしれない。

ーーオルケスタ・リブレにとってカヴァーというのは、オリジナルに対するどういう行為だと考えていますか?

芳垣安洋:曲の根本にある作者の意図を、我々なりに、我々の言葉で、いまの時代に再構築することが必要だと思います。ジャズのスタンダード・ナンバーも、ロックやポップスの曲も、民族音楽など西欧以外の国の音楽も、すべて同じように見ていこうと思っています。

あくまでも軸は、その名のとおり“リブレ=自由”。

ーーオルケスタ・リブレにとってなにがどのように“自由”であることが重要なのでしょうか?

芳垣安洋:好奇心の先にあるものはまず噛み締めてみることが重要だと思っています。やってみることにも、たぐり寄せることにも、制限や条件をつけずに、楽曲や表現方法に取り組んでいきたい、と。

そして、“責任をもつことが自由につながる”と思っています。

♪Orquesta Libre 3rd Album 【plays Duke】 PV

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音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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