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【JAZZ】清水靖晃&サキソフォネッツ「ゴルトベルクヴァリエーションズ」@東京オペラシティ

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
清水靖晃&サキソフォネッツ「ゴルトベルクヴァリエーションズ」
清水靖晃&サキソフォネッツ「ゴルトベルクヴァリエーションズ」

“ジャズの醍醐味”と言われているライヴの“予習”をやっちゃおうというヴァーチャルな企画“出掛ける前からジャズ気分”。今回は、清水靖晃率いるサキソフォネッツによるバッハの「ゴルトベルク変奏曲」。

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清水靖晃が探求するバロック・コンテンポラリー・ミュージックの中核とも言えるバッハの「ゴルトベルク変奏曲」がついにアルバム化され、その発売記念公演が行なわれる。

このプロジェクトは、すみだトリフォニーホールの委嘱による編成・編曲で、2010年2月27日に上演。その後、清水靖晃はさらに改良を重ね、レコーディングというひとつのゴールを設定してそれをクリアした結果のお披露目をする、というわけだ。

清水靖晃(1954年生まれ)は1970年代から秀でたサックス奏者として頭角を現わし、1978年にアルバム・デビュー。時期を同じくして実験的なロック・バンド“マライア”を結成し、土方隆行、笹路正徳、山木秀夫とともに世界的なクロスオーヴァー・サウンドを創り出してシーンを震撼させた。1983年のマライア解散と同時に“清水靖晃&サキソフォネッツ”のプロジェクトを開始する。

“清水靖晃&サキソフォネッツ”は当初、サックス・セクションとストリングスをミックスし、ムーディでアンチ・ブラック・コンテンポラリーなサウンドを前面に押し出した『ロトム・ア・ペカン(北京の秋)』(1983年リリース)に見られるような映像的な指向の強いサウンドを模索していたが、1985年にパリとロンドンへ活動拠点を移してからはさまざまなジャンルのアーティストとのボーダレスなコラボレーションを展開し、20世紀文明に視点を置きながら方法論をクロスからマルチへと拡大していく。

こうしたなかでヨハン・セバスティアン・バッハという現代西洋音楽のルーツにして大改革ポイントに触れた清水靖晃は、“バッハ”“サキソフォン”“スペース”というコンセプトに絞り込んで活動を進め、その成果の発端として『チェロ・スウィーツ1.2.3』を完成させる。1996年にリリースされたこのアルバムは、バッハの「無伴奏チェロ組曲」をベースにサクソフォンによる表現力だけでどこまで現代的な解釈が可能かを試す嚆矢となった。以降、クラシックを題材としたジャズとクラシック音楽のあいだにあった“薄皮”のような違和感は薄れ、クラシックの楽曲をジャンルの縛りなく取り上げることができ、しかも音響的な面でもこだわりをもった表現が可能になるなど、このエポックが各方面に与えた影響は大きいと言える。

“異次元の錯綜感”を体験するためのアルバムとライヴ

清水靖晃&サキソフォネッツ『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』
清水靖晃&サキソフォネッツ『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』

2015年4月15日にリリースされた清水靖晃&サキソフォネッツ『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』は、前述のように2010年に上演するために始まったプロジェクトの一環で、バッハの「ゴルトベルク変奏曲 BWV988」を清水靖晃が5本のサキソフォンと4本のコントラバスによる編成用に編曲したものだ。

オリジナルは1742年に出版されたが、高い演奏能力と表現力が要求される独奏曲ということもあり、20世紀になるまで注目されず埋もれていた。しかし、古楽器として同じように忘れ去られていたチェンバロを現代の演奏に耐えられるように改良してチェンバロ奏者としてデビューしたワンダ・ランドフスカが1900年代初頭にバッハ演奏会を開催するようになると、この曲の注目度も俄然アップする。

決定的となったのは、孤高の天才ピアニストとして絶大な人気を誇ることになったグレン・グールドが、自身のアルバム・デビュー作(1956年リリース)にこの曲を選んだことだった。以降、「ゴルトベルク変奏曲」はジャンルを問わず演奏されるインストルメンタルの人気リスト定位置を確保し続けている。

清水靖晃が1990年代にバッハの「無伴奏チェロ組曲」を取り上げたとき、すでにファンの胸中には「いつかあの曲も」という「ゴルトベルク変奏曲」への熱い想いがあったはずだ。もちろん、ボクもそのひとり。

チェロやピアノ(原曲はクラヴィチェンバロという古楽器)の独奏に用いられた対位法などの高度な作曲技法を因数分解して複数のサックスへと分散させながら、それを再構築して改めてひとつのバッハ像を示すのが、サキソフォネッツのプロジェクトのコンセプトと言えるだろうか。それにしても、言うは易く行うは難しーーである。

しかしこのプロジェクトでは、絵画に例えてみれば、バロック様式で描かれたレンブラントの「夜景」をクロード・モネの「印象・日の出」のタッチでデッサンしながら抽象化や単純化をかぶせて3次元へと展開させる、というようなことを具現させてしまったとも言える。もちろん“音楽”であるからには、3次元が4次元化(そして音響的な表現を加味)していることは言うまでもない。

リスナーは、耳の奥に残っている1956年のグレン・グールドの残響を呼び起こしながら、新たに清水靖晃&サキソフォネッツが構築した「ゴルトベルク変奏曲」を重ね合わせて、次元のひずみからわき出てくる未知の感情と出逢うことができるーーというのが本作のひとつの楽しみ方。

となるとこのライヴ、こうした“異次元の錯綜感”を生で体験できるという貴重な“場”になるはずだ。

では、行ってきます!

●公演概要

5月24日(日) 開場13:30/開演14:00

会場:東京オペラシティ コンサートホール(初台)

出演:清水靖晃(テナー・サックス)、サキソフォネッツ<江川良子(サックス)、林田祐和(サックス)、鈴木広志(サックス)、東涼太(サックス)>、佐々木大輔(コントラバス)、倉持敦(コントラバス)、中村尚子(コントラバス)、宮坂典幸(コントラバス)

♪麻生久美子 CM トランシーノ 「白い雲」篇

バックに流れているのが清水靖晃&サキソフォネッツ「ゴルトベルク・ヴァリエーションズ」。

♪Cello Suite no.1- Prelude / 清水靖晃&サキソフォネッツ

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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