Yahoo!ニュース

日仏フランス料理界をリードする若手料理人による伯仲のコラボレーション

東龍グルメジャーナリスト

野菜料理で有名なアルページュ

フランス料理と言えばどういったイメージを持っているでしょうか。

「高級」「緊張する」「ソースが濃厚」「コース料理」といったイメージが思い浮かぶ人が多いと思います。1970年代からソースを軽くして食材の持ち味を引き出すヌーベルキュイジーヌが台頭してきましたが、肉料理が中心であることに変わりはありません。ただ、その本場フランスのパリでも、2000年に入るとヘルシー志向の高まりや狂牛病に対する不安から、野菜に力を入れるレストランが増えてきました。

そういった流れの中で、必ずや触れなくてはならないフランス料理の名店があります。それは、他に先駆けて積極的に野菜を取り入れ、今では野菜料理と言えばここという、1996年からミシュランガイドで3つ星を獲得しているパリ7区の「アルページュ」です。

肉から野菜へ

オーナーシェフのアラン・パサール氏は2004年にレジオンドヌール勲章シュバリエを授与され、フジテレビ「料理の鉄人」で特別企画「鉄人ワールドカップ」に出場したこともあるので、日本でも知っている方は少なくないでしょう。

アラン氏は「肉の魔術師」とも呼ばれるほど肉料理に精通した料理人ですが、野菜の食味や形、美しさに興味を持つと、それからは野菜料理に力を入れてきました。そして野菜をふんだんに取り入れたコース料理でもミシュランガイドで3つ星を獲得し、数多くあるパリのフランス料理店の中でも、最も人気があって予約が難しいレストランのうちの一つとなったのです。

ダヴィッド氏とギヨーム氏

ダヴィッド・トゥタン氏
ダヴィッド・トゥタン氏
ギヨーム・ブラカヴァル氏
ギヨーム・ブラカヴァル氏

アラン氏のアルページュで修業し、ミシュランガイドで2つ星を獲得しているのが「【ミシュラン/最高級食材】食べる芸術、キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロが魅せる白トリュフ」でも紹介したハイアット リージェンシー 東京「フレンチレストラン キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」のエグゼクティブシェフであるギヨーム・ブラカヴァル氏です。

ギヨーム氏と同じく1981年に生まれ、かつ、同じ時期にアルページュで修業した料理人に、野菜料理を究めたと評され、オープンから僅か1年でミシュランガイドで1つ星を獲得した「レストラン ダヴィッド・トゥタン」のオーナーシェフ、ダヴィッド・トゥタン氏がいます。

コラボレーションを開催

はじまりの一品(飛騨牛のタルタル)<ダヴィッド氏>
はじまりの一品(飛騨牛のタルタル)<ダヴィッド氏>

アルページュで研鑽を重ね、日本とフランスのそれぞれで次世代を担う料理人として注目されているギヨーム氏とダヴィッド氏ですが、この2人がコラボレーションしたフェア「ダヴィッド・トゥタン&ギヨーム・ブラカヴァル 友情の饗宴 in 東京」が「フレンチレストラン キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」で2015年8月7日・8日に行われました。

2日間しか行われていない希少なコラボレーションということもあり、予約はあっという間に予約は埋まり、外食業界の関連者も訪れるなど、注目されたものだったのです。

このコラボレーションはどのような経緯を経てどのように行われたのでしょうか。

ダヴィッド氏から提案

はじまりの一品(ビーツ)<ダヴィッド氏>
はじまりの一品(ビーツ)<ダヴィッド氏>

ダヴィッド氏とギヨーム氏の2人は2002年の1年間アルページュで共に働いて様々なことを学び、その後も同じレストラングループで働くなど縁があり、以来ずっと連絡を取り合う仲でした。

ギヨーム氏がダヴィッド氏に何か一緒にできないかと持ち掛け、企画を練って具現化していき、コラボレーションが実現に至ったということです。

トリュイット 味噌のコンフィ、スリーズ/アマンド<ダヴィッド>氏
トリュイット 味噌のコンフィ、スリーズ/アマンド<ダヴィッド>氏

オーナーシェフであれば、シェフ同士のつながりによってこういったコラボレーションが割と簡単に行われますが、オーナーシェフではなく、かつ、レストランの経営母体がそれなりに大きければ、シェフ同士のつながりというよりも会社同士のつながりによってコラボレーションが行われることが多くなってもきます。

それだけに、今回のコラボレーションはギヨーム氏による熱意があったことはもちろんのこと、トロワグロのグループとしてもハイアット リージェンシー 東京としても、ダヴィッド氏とギヨーム氏がコラボレーションを行うことは非常に価値があるものとして捉えていたということが窺えるでしょう。

2人の料理でコースを構成

テュルボ、クルジェット シトロネルの香り、ハーブ<ダヴィッド氏>
テュルボ、クルジェット シトロネルの香り、ハーブ<ダヴィッド氏>

今コラボレーションのコースは以下の通りとなっています。

  • (D&T) はじまりの一品
  • (D) ウフとマイスクミンシード
  • (D) トリュイット 味噌のコンフィ、スリーズ/アマンド
  • (T) ボタン海老のラフレシー オードトマト
  • (D) テュルボ、クルジェット シトロネルの香り、ハーブ
  • (D) アンギーユのフュメ、セザムノワール
  • (T) シャラン産鴨のフュメ ダシの香る野菜のマリネ
  • (D) フレーズシュクレ、リュバーブとトンカのテクスチャー
  • (T) 鮮やかな緑 米、胡瓜と果実の酸味
  • (D&T) コーヒ、小菓子

※Dはダヴィッド氏、Tはトロワグロ(料理はギヨーム氏)のメニュー、D&Tは双方のメニュー

肉料理はギヨーム氏が作って全体の軸をしっかり整え、アミューズ ブーシュ、前菜、デザート、小菓子はダヴィッド氏のメニューに呼応するかのようにトロワグロが競演しています。できるだけダヴィッド氏の料理を尊重しながらも、肉料理などポイントになるところでギヨーム氏のメニューが配されているので、安定感があってよい構成であると言えるでしょう。

また、コースのメニュー表には上記のように「D」「T」「D&T」と表記されており、どれが誰のメニューであるのか一目瞭然になっているので食べていて楽しくなるプレゼンテーションです。

コラボレーションの難しさ

アンギーユのフュメ、セザムノワール<ダヴィッド氏>
アンギーユのフュメ、セザムノワール<ダヴィッド氏>

このようにギヨーム氏とダヴィッド氏がそれぞれ自分の料理を提供するという方法を採っていますが、実は簡単なことではありません。

コラボレーションを謳う場合であっても、招聘する料理人の料理だけを提供することも多いです。これは招聘する料理人の料理をできるだけ提供したいという意味合いも強いですが、そもそも1つのコースを2人の料理人が作り上げること自体が難しいですし、招聘する側と招聘される側の実力に差がある場合は対等な関係でコースを構成することは難しいからです。

ダヴィッド氏とギヨーム氏は共に実力があることはもちろんのこと、10年以上の友人でお互いのパーソナリティも料理もよく知っているので、互いに自分の料理を提供しながらも全体で1つのコースとして完成させることができたのかも知れません。

分かち合う喜び

シャラン産鴨のフュメ ダシの香る野菜のマリネ<ギヨーム氏>
シャラン産鴨のフュメ ダシの香る野菜のマリネ<ギヨーム氏>

コラボレーションのコンセプトは「分かち合う喜び」「喜びと幸運」であり、「はじまりの一品」「小菓子」で表現されるように、手で取って食べることにより、山や海、大地から食べ物を分け与えられ、みんなでそれを分かち合うという意味合いがあります。

小菓子では土に見立てたパウダーからチョコレートトリュフを取り出すようになっており、このコンセプトがよく伝わってくるでしょう。

ダヴィッド氏もギヨーム氏も野菜、自然、テロワールといったキーワードを大切にする料理人なので、よりコンセプトに沿った一体感のあるコースに仕上がったのです。

日本でまたコラボレーションを行いたい

小菓子<ダヴィッド氏&ギヨーム氏>
小菓子<ダヴィッド氏&ギヨーム氏>

苦労した点について尋ねると、ダヴィッド氏は「自分のレストランではないので環境や手法が違う。日本の食材は素晴らしいが、フランスの食材と同じではないので、塩ひとつとってみても、アプローチを改めて考える必要がある。気候も異なっており、食材の状態も違うので、見極めていかなければならない」と熟考の末に答えます。

ダヴィッド氏は日本がもともと好きで日本の文化や伝統、情熱と尊敬の念を抱いており、日本でのフェアも今回で2回目となることもあってか、料理からはこういった不安感は感じられませんでした。

しかし、こういったこと以上に「日本は素晴らしい国なので、もっとコラボレーションを行っていきたい。日本とフランスの食文化の交流を図れたら嬉しく思う。コラボレーションの話があれば、是非声を掛けていただきたい」と真摯に語るダヴィッド氏の日仏に対する食文化の想いがあったからこそ、今回のコラボレーションが成功したのだと思います。

情報

詳しくは公式サイトをご確認ください。

参考

レストラン図鑑にも「フレンチレストラン キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」が詳しく掲載されていますので、ご参考にどうぞ。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

東龍の最近の記事