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17分54秒の向こうにあるもの。CLデビューした清武弘嗣の現在地。

豊福晋ライター

ホルヘ・サンパオリ監督のアルゼンチンなまりの声がベンチに響いた。

「バモ、バモ!キヨ!(行ってこい!キヨ)」

英語を話すコーチが清武のもとに寄ってきて、ピッチ上のポジションを慌ただしく伝える。

ビブスを脱ぐと、背中のまっさらな14番があらわになった。

サンチェス・ピスファンの観客がこの番号を見るのは久しぶりのことだ。

「今日もないか・・・」

数分前、サイドラインの脇でアップをしながら、清武はそう思い始めていた。

チャンピオンズリーグのディナモ・ザグレブ戦、試合は2−0でセビージャがリードしていた。先制した試合をクローズする際にサンパオリが起用するメンバーは、ほぼ決まっている。この日も、最初にアップを命じられたメンバーはいつもの面子だった。

フィジカルがあり、センターバックとしてもプレーできるミッドフィルダーのイボッラ。スピードと運動量のウインガー、サラビアもいる。守備固めならディフェンダーのカリッソだ。

途中から試合に出るための準備は常にしてきた。それも何度も。この一カ月半の間、サイドラインでアップをしながら、いくつものチームメイトのゴールを眺めてきた。

清武が最後に公式戦に出たのは、9月17日のエイバル戦のことだ。CLもユベントス、リヨン、アウェーでのディナモ戦と出番はなかった。

「ムド(バスケス)も代わったし、今日も出ないだろうと思っていました。そこで急に出番が来た。とにかく久々だな、と思っていましたね。CLに出たという実感も、あの時はあまりなかった」

ドイツでプレーしていた頃、チームの宿舎のテレビで耳にしたCLのアンセム。いつか自分もと憧れた舞台は突然やってきた。

ハーフェイラインヘと歩いていき、両手を腰に当て、交代の瞬間を待つ。やがて清武の名がアナウンスされると、スタンドに大きな拍手が湧いた。

清武はさらりと試合に溶け込んだ。試合勘のなさなどまるで感じさせず、ボールも集まった。ペナルティエリア手前でトリッキーなパスをビエットに送った場面や、背中を向け相手の頭上を抜いたパスには、観客から驚きの声があがった。

しかしそんな喝采も、清武の耳にはほとんど入っていなかった。与えられた時間の中で、彼は久々のピッチの感触を味わっていた。

「何も考えてなかったです。終わってから、ああ、CLに出たんだなと」

CLに出場した日本人として、先人たちに名を連ねた意味は大きい。地元メディアもCLデビューを好意的に報じた。指揮官は会見で清武のパフォーマンスを評価する言葉を残した。

それでも、試合後の清武の言葉に感じたのは、どこか複雑な思いだ。

「次のバルサ戦も出られるかどうかは分からない。でも試合が楽しいと思えたらすごく練習にも身が入るし、またチャンスを待ちたいです」

深夜のスタジアム周囲ではサポーターが歌っていた。スタジアムの隣にあるバルでは、セビージャの会長が勝利のクルスカンポを傾けている。

セビージャはユベントスを抜き首位に立った。グループ突破までは、あと勝ち点1だ。

翌日、セビージャ郊外にある練習場。延々と続くロンド(パス回し)の中に清武はいた。

リーガの選手の個々の技術レベルは総じて高い。ドイツから来た清武はそれを肌で感じた。チームに加入したばかりの頃、清武はチームメイトのニコ・パレハの事を、自分と同じミッドフィルダーだと思っていたという。ボールを持てて、パスも出せる。パレハの本当のポジションはセンターバックだ。

チームの雰囲気はよく、練習場には笑い声が飛ぶ。ミニゲームが終わり、アルゼンチン人コーチが、敗れたチームにいた清武をからかっていた。

リーガでも、CLでも、今季のセビージャはこれ以上ない成績を残している。

そして好調ゆえに、サンパオリは大きくメンバーを変えることもない。その必要性がないからだ。

練習を終えた清武は、前夜よりもすっきりとした表情をしていた。

「あらためて振り返っても、ディナモ戦はCLデビューできましたし、久々に試合に出られた。でも、これからもどうなるかは分からない。昨日は試合に出ましたけど、勝負は次です」

頭にあるのは日曜日のバルサ戦だ。

清武にとって、バルサは今季3度目の試合になる。8月のスペインスーパーカップ第一戦では先発出場した。「メッシは次元が違った」と肌で感じたのは、わずか3か月前のことだ。

しかしその時とは、清武をとりまく状況は大きく変わった。

「これほど長い間、試合に出なかったのはサッカー人生でも初めてのことですし、正直もどかしいです。ただ、ディナモ戦でも思いましたが、やっぱりこのチームで試合に出たら楽しい。ボールも回ってくるし、チームは主導権を握れるからパスも回る。スタイルとして合っているとは思います」

前夜見せた清武のプレーには観衆から拍手が浴びせられた。出場時間は短かったものの、地元メディアの評価も好意的だった。

しかし、より強引なプレーを求める意見があるのもたしかだ。

清武自身、それは感じていることで、そこに今の彼が抱える葛藤がある。

「ガッツリ行ったら、もしかしたら自分も点はとれていたかもしれない。でもその一方で、バランスをとることも求められる。あの時間帯ですし、チームとしてボールを失わないことも大事なわけで・・・。難しい部分もあります」

結果を求め、アピールをするためには、強引な仕掛けも必要だ。しかし役割としては、ゲームを落ち着かせるパス回しやポゼッションも求められている。

その最適なバランスを、清武は探し続けている。

ピッチでは別メニューのナスリが走っていた。

左脚の負傷も癒えた様子で、次のバルサ戦には間に合うだろう。

コンディションさえ整えば、今のナスリは自動的に先発の11人の中に入る。そうなればアルゼンチン代表のクラネビッテルが外れるかもしれない。ディナモ戦で結果を出したベン・イェデルも、おそらくは控えだ。

大黒柱となったナスリに、サンパオリお気に入りのバスケス、調子を上げつつあるガンソ。スペイン代表のビトロに、評価急上昇中のエンゾンジもいる。中盤にはタレントが溢れており、もちろん誰もポジションを渡す気などない。

今季のセビージャのポジション争いはどこまでも熾烈だ。その中で、清武は居場所を見出そうと、練習から必死でもがいている。

「試合に出たことは、とりあえずは良かった。試合勘の部分ではまったく問題なかったですし、その手応えはあります。周りもうまいから自分を見てくれてボールもくれるし、すごく楽しい。ここからだと思います。もっと出たい、という思いがあるので」

手元のUEFAのマッチデータには、メンバーリストの下から二番目に清武の名前がある。

その隣に、17分54秒という出場時間が書かれている。

それは彼が久々にピッチに立つ楽しさを感じた時間であり、過酷な競争に身を置く彼の現在地でもある。

「また練習に励んでいきます」

清武の車が、乾いた大地に滑り出していく。

あこがれた舞台は、今では通過点になった。日々の競争の中で、清武はすでにその先を見ていた。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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