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MLBのキューバでの親善試合開催は両国間の政治的にもMLBビジネス的にも重要な一歩

豊浦彰太郎Baseball Writer
MLBは先日スター選手によるキューバへの事前訪問を実施した(写真:ロイター/アフロ)

MLBは来年3月にキューバでエキジビションを行う予定であると発表している。詳細は明らかになっていないが、レイズがハバナに渡りキューバのナショナルチームと対戦することになるだろうと噂されている。

今日、そのレイズのスプリングトレーニングゲームのスケジュールをチェックしていると、3月29日と30日が“TBA”(To Be Announced 「追って発表」の意味)になっているのを見つけた(ぼくが今日みつけただけで、大分前からそうなっていたのかもしれない)。おそらくここにハバナ遠征が入って来るのだろう。さて、どうしたものか?キューバでのエキジビションの噂が出た当初から「これは行かねば」と思っていたが、さすがに期末も佳境だ。この時期に職場を離れるのは流石に憚れる。

行ってみたいのには理由がある。それくらいこの興業は歴史的ターニングポイントとなる重要なものと考えるからだ。

ベースボールは、アメリカとキューバ両国間の政治的雪解けと密接に絡み合っている。国交正常化があるからMLBがキューバにチームを派遣できる訳だが、両国政府も野球をソフトランディングの重要なツールとして位置付けているはずだ。MLBが単にマーケティング目的で東京で開幕シリーズや日米野球を行うのとは、その背後に在る戦略が根本的に違う。

今後ますます、アメリカでのプレーを目指すキューバ人プレーヤーは増えるだろう。そして、渡米の手段が身の危険を伴う「亡命」を避けることができるのは幸いだ。

キューバからアメリカへの亡命は第三国経由が多い。直接入国してしまうとアマチュアドラフトの対象になるからだ。メジャーとの契約に際してより良い条件を引き出すには、1球団のみとの相対取り引きとなるドラフト経由より、オークションの原理で条件がつり上がるフリーエージェントとして契約するほうが圧倒的に有利だ。そして、その第三国はメキシコである場合が多い。有名な保養地カンクンから約13km東(キューバ寄り)にあるイスラ・ムヘーレス島へボートで渡るようだ。ボートでの渡航には危険が伴い、その密航海峡には多くのキューバ人の屍が眠るという。選手が、亡命をアレンジする業者との金銭トラブルに巻き込まれることもある。2012年6月に亡命したヤシエル・プイーグ(ドジャース)はその典型で、イスラ・ムヘーレス島で長期間監禁され、その後も密航業者から脅迫を受けた。その中心人物は、12年10月になぜか死体で発見された。13発の銃弾を撃ち込まれていたという。

かつて3度のオリンピック(1972年ミュンヘン、76年モントリール、80年モスクワ)で金メダルを獲得したボクシングヘビー級のテオフィロ・ステベンソンは、何度もプロモーターから大金を積まれアメリカへの亡命を勧められた。当時、プロボクシングではモハメド・アリが実力・人気とも頂点にあり、彼との対戦は「世紀のビッグマッチ」として注目を集めることが必至だったからだ。しかし、フェデル・カストロに近い存在であった彼は、応じなかった。そして引退後も国家の庇護を受け、キューバの基準では恵まれた、資本主義国から見ると極めて質素な生活を送り、プイーグが亡命した12年6月に60歳で死去した。

ステベンソンの時代から時は流れた。キューバのベースボールの有望株は、続々とメジャーを目指しアメリカに渡っている。しかし、その道程には物理的な危険と好ましからざる人物が待ち受けていたこともおそらく間違いない。ギャングまがいの密航業者と、彼らを操りキューバ人選手を亡命させメジャーに売り込もうとする中間業者の背後でMLB球団が糸を引いていた可能性は極めて高いのではないかとぼくは懸念していた。それが両国の国交正常化で回避されるなら幸いだ。

また、キューバ人選手の獲得が正規ルートに乗るなら、数年前からMLBが温めている国際ドラフトの導入やすでに導入済の海外FAとの契約金上限設定にも影響を与えるだろう。来季終了後に現行の労使協定は失効するが、次期労使協定の内容の議論においても激増するであろうキューバからの選手流入は大きな影響を与えるに違いない。

やはり、少々無理をしても3月末にはハバナで歴史の証人の1人になる価値はありそうだ。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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