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「ナ・リーグDH制移行の可能性高まる」セ・リーグもそうなる?

豊浦彰太郎Baseball Writer
松井秀喜もDHの恩恵でキャリアを長らえたと言えるだろう(写真:ロイター/アフロ)

早ければ、2017年からナ・リーグでも指名打者(DH)制が採用されるかもしれない。1月21日(木)フロリダでのオーナー会議で、ロブ・マンフレッド・コミッショナーも「機は熟しつつある」と発言している。1973年にア・リーグが採用して以来、DH制の有無は両リーグのアイデンティティでもあったが、ついにその状態も終焉を迎えるかもしれない。

まずは、その43年前の導入の背景からご説明しよう。

1972年12月に開催されたア・リーグのオーナー会議は、翌年からのこの制度の導入を決めた。なぜ、ア・リーグだけか?理由は当時のア、ナ両リーグの対立構造にある。現在は、スター選手がア・リーグに集まる傾向にあるが、当時は「人気のナ」「実力もナ」の時代だったのだ。

現在とは異なり両リーグは運営団体として別物だったので、アの各球団の「なんとかナに追いつき追い越したい」との思いは相当強いものがあった。そこで挽回策として出てきたのがDH制だった。よりアクションを多く、打撃戦を多くすることでファンを集めようとしたのだ。このあたりの経緯は、人気面で大きくセ・リーグに水をあけられていたNPBのパ・リーグでの75年のDH制導入経緯と同様だ(もっとも、当時は「人気のセ」「実力のパ」だったが)。

DH制という概念は19世紀から存在していたのだが、これを20世紀後半に入ってから持ち出してきたのが、当時アスレチックスのオーナーだったチャーリー・O・フィンリーだった。彼は、59歳のサッチェル・ペイジ(かつてのニグロ・リーグの伝説的投手)を登板させたりオレンジ色のボールを採用したりと、なにかと奇抜なアイデアを持ちだす人物だった。

今回、DH制のナ・リーグへの導入を後押ししているのは、「球団オーナーたちの許容」と「選手会の要望」だ。

2013年以降、ア・ナ両リーグとも15球団という奇数で構成されているため、それ以前はシーズンのある一定時期のみに行われていたいわば「風物詩」であるインターリーグ戦が、原則として毎日行われている。特定期間だけでのことではないため、ルールの違いは決して望ましいことではない。オーナーたちは、これをなんとかしたいのだ。その場合、「アのDH制廃止」よりは「ナの採用」のほうが、ポジティブな印象をマーケットに与えることができる。

次は「選手会の要望」だ。

『ニューズデイ』紙の記事によると、昨年のア・リーグDHの平均年俸は約860万ドだそうだ。これは、全メジャーリーガーの平均年俸の倍以上だ。やはり、中軸打者中心のDHは、打つだけでも高給取りが多いのだ。

DH制採用のア、そうでないナともベンチ入りの人数は25人だ。ある意味では、25人目の選手は、ナではメンドーサ・ラインの選手(メジャーリーガーとして最低レベルの選手の意味、打率が2割前後と貧打だった70年代の控え選手、マリオ・メンドーサに因んでいる)だが、それが今後は平均年俸860万ドルのDHに入れ替わるかもしれないのだ。また、ナ・リーグも採用となれば、DH需要の高まりから優秀なDHの年俸相場は上昇するだろう。

DH制度の採用は、スター選手の寿命を延長させる効果もある。昨年、1年間のブランクを経て復帰したアレックス・ロドリゲス(ヤンキース)が40歳で5年ぶりの30本塁打以上(33本)を記録したのも、基本的にDHでの起用だったためだ。

また、DH制は投手にも打撃や、走塁での怪我の回避効果などのメリットをもたらす。

このように、平均年俸の上昇と選手生命の長期化につながるDH制は、選手の利益を擁護する立場にある選手会のイチオシといえる。

労使ともに、程度の差こそあれ基本的に容認している。

さらに付けくわえるなら、DH制が正式に導入されて40年以上を経たということは、DHが全くない時代を知っているファンは50歳以上に限定されることになる。大方のファンにとっては、DHはあまりにも「当たりまえ」の制度になっているのだ。

経営者、選手会、そしてファン。野球界を形成する重要な当事者であるこの3者が基本的に受け入れている以上、もはやナ・リーグのDH制移行は間違いないと考えざるを得ないのである。

もっとも、ぼくはナ・リーグにはDH制を導入して欲しくないと思っている。別にDH制が嫌いなのではない。「DH制しかない」状態が嫌いなのだ。

ぼくはDH制ならでは切れ目のない打線の攻撃やデビッド・オティースらの個性的な選手が好きだし、「野球は9人でプレーするもの」という古典的な考え方も支持している。要するに、「どちらもある」という状態が好ましいと思っているのだ。

だけれども、NPBのセ・リーグには1日も早くDH制に移行して欲しいと思っている。それは、ナ・リーグとセ・リーグの投手達の打撃に対する姿勢の違いゆえだ。

セイバー系サイトの『ファングラフズ』によると、昨季メジャーの投手の打撃での打率/出塁率/長打率(これをスラシュラインという)は.131 / .158 / .168でしかなかったようだ。しかし、打てないのは結果であって、基本的にほとんどの投手が打席では打ち気満々だし、走塁にも熱心だ。だからこそ、「DHのア、伝統的スタイルのナ」というコントラストに意味があると思う。

しかし、セ・リーグの投手は全くやる気なしだし、「打つべきではない」「走るべきではない」というムードも定着している。好投を続けている投手が2死走者なしで打席に入ると、解説者氏も「ここはバットを振る必要はないですね」と恥ずかしげもなくコメントしたりする。そして、多くのファンもそれを当然のことと受け止めている。そうなら、投手を打席に送り込む野球を続けている意味は全くないと思う。

そう言えば一昔前、凡打で一塁に全力疾走した投手が相手ベンチからヤジやれ悔し涙を流す場面もあった。

しかし、ぼくが念じなくてもそう遠くないうちにセ・リーグはDH制に移行するだろう。長年セ・リーグが投手を打席に送り続けているのも、簡単に言えば変化を拒む惰性と格下と自分たちは思っているパ・リーグへのプライドだけのせいだと思うからだ。しかし、野球界に限らずこの国は「諸外国(特にアメリカ)ではすでにこうだ」というロジックに弱い。ビデオリプレーでの判定や、本塁でのブロック禁止など、MLBで導入したものは比較的安易に追従する。「メジャーでは両リーグともDH」というのは、セ・リーグのオーナー達に対し、重要な動機づけになるだろう。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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