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アベノミクスは、どうなる?(上)―国民の期待に応えられるか? ―

津田栄皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

7月10日の参院選が終わって、すでに一か月以上が経ちます。今、リオオリンピックで日本人選手が大活躍して多くのメダルを獲得し、甲子園では夏の高校野球で熱戦が繰り広げられて、国民の間では大いに盛り上がっています。しかしその間にもマーケットは動いています。為替では100円/ドルを割る水準までに円高が進む一方、金利は乱高下し、本来なら円高に連動して下落する株価は日銀の買い支えで異様に堅調に推移しています。個人的には、今後、こうした市場の動きが先行きの景気にどのような影響が出るのか、いささか不安を感じています。

さて、先の参院選では、事前予想通り自民・公明の与党が圧勝しました。今回の参院選では、与党は、アベノミクスをさらに前進させるのか、という経済を争点にしたのに対して、民進党・共産党を中心とする野党4党は、9条などの平和憲法が崩されないために憲法改正阻止という政治を争点として戦いました。その点、争点がすれ違う中で争った選挙でした。これに対して、国民は、どう選択するのか迷い、投票率が思ったように伸びなかったことが示すように、選挙への関心が今一つだったと言えます。そして国民の多くは、どちらかというと、憲法改正という抽象的な政治的問題よりも、景気回復の実感がない身近な生活や、将来不安のある年金などの社会保障、子育て支援などの経済的問題に関心が強かったといえます。その結果、与党の圧勝になったのは当然と言えましょう。

もちろん、野党は、一向に回復の実感がないことを捉えてアベノミクスは失敗したと主張しましたが、国民には響かなかったのではないでしょうか。なぜなら、前の旧民主党政権時代、為替は80円/ドル台の円高水準で推移し、企業は国内から海外に工場等を移転し、雇用環境も非正規雇用が増え、賃金は一向に上がらず、株価は8,000円台で低迷するなど、経済的に厳しいときに無策で、日本全体が閉塞感に包まれていた経験が国民の心に染み込んでいて、そもそも民進党(旧民主党)など野党は政権担当能力がないのに自分たちの政策の失敗も検証しないでアベノミクス批判することができるのか、またアベノミクスに対抗する政策としてまた前回と同じ過ちのバラマキ政策しか打ち出せないのか、国民の多くが、民進党はもうこりごり、もはや信用できないと見ているからです。

しかも、安倍政権のもとでアベノミクスが進められて、曲がりなりにも為替は125円/ドル前後まで下落して、輸出企業を中心に企業業績が好調となり株価は一時21,000円近くまで上昇した一方、実質GDP(国内総生産)は、消費税増税で14年度マイナス成長になったものの、13年度は2%、15年度は0.8%と成長し、雇用環境は、失業率が3.1%(6月)まで改善し、有効求人倍率も12年当時は0.8倍が現在1.37倍(6月)にまで上昇するなど、改善がみられる一方、賃金も政府の要請もあって、政府の希望通りとはいかないものの上昇しています。こうしたことを考えると、アベノミクスに対する国民の評価は、失敗だとまでは見ていないのではないかと思います。そして最近の経済動向を見ると、100円/ドル割れまで円高に傾いている為替動向や、その結果として生産が一進一退となり、企業業績に陰りが見られ、株価も16,000円台まで下がって足踏み状況になっていることを考えると、何とかしてほしいと、アベノミクスの一段の前進をという与党の主張に共感したのではないか、また野党には経済担当能力のなさからとても任せられないということが選挙結果に表れたのだろうとみています。

また、最近の中国が法を無視して武力をもってしての南シナ海や東シナ海などの海洋進出の動きを見て、いずれ日中で衝突するかもしれず、平和憲法を維持していれば解決する問題ではなくなっているという現実の前に、野党が主張する憲法改正阻止に、国民の一部に共感が得られなかったことも野党に支持が集まらなかった理由の一つではないかと思います。まずもって、野党の能力のなさ、選挙戦の戦略のミスが今回の結果を導いたと言えましょう。

それでは、国民の支持を得た安倍政権は、国民の期待に応えてアベノミクスを前進させ、経済を回復させられるのでしょうか?

安倍政権が参院選後に打ち出した経済政策は、事業規模28.1兆円(財政支出が伴う真水部分は7.5兆円)の財政政策と、その前に日銀が打ち出したETFの買い付け額の倍増による金融政策でした。確かに、安倍首相は、アベノミクスをさらに進めると国民に約束しましたから、アベノミクスの第1の矢である大胆な金融政策、第2の矢の思い切った財政政策の出動を約束通り打ち出しました。しかし、その中身を見ますと、果たして、経済成長につながるのか、不透明と言えます。

まず、第1の矢の大胆な金融政策ですが、これまで黒田日銀総裁は、2年で2%の物価目標の実現を目指してデフレ脱却を図るとして、市場が予想しないサプライズ的な大胆な金融政策を打って市場にショックを与え、金利低下を促してきました。しかし、物価は一向に2%にならず、デフレからの脱却どころか0%を割り、再びデフレになりかけています。もはや、黒田総裁の目標は、現実的に難しくなっているといえます。しかも、この金融政策によって、円安になるはずなのに、そうはならず、円高で推移しています。もちろん、金融政策によって円安を狙っているわけではありませんし、アメリカの事情もありますから、一概には言えませんが、円高になるとデフレ脱却がより難しくなります。つまり、日銀が行っている、量(市場から国債を買い上げ、市場へ資金の量を供給すること)、質(国債だけでなく、社債、REIT、ETFなど他の資産を買い上げることで、資金を市場に供給する)、金利(金利水準でゼロを下限とはせず、マイナス金利まで持っていくことで、市場を更なる金利低下へ誘導する)の異次元緩和の三本柱に限界が来ているのではないかと、市場参加者の多くは、疑問を持ってみています。

それでも、7月末に行われた金融政策決定会合での内容は、予想した量における増額や金利におけるマイナス金利幅の拡大ではなく、ETFの買い付け額を3.3兆円から6兆円へと、ほぼ倍増させる質における金融緩和政策を決定しました。しかし、ETFの買い付け額倍増で、デフレ脱却にどうしてつながるのか、株式市場に関与するということは日銀の本来の物価の安定という目的から逸脱し、実質株価を維持することにならないか、など問題が多い政策になっています。それは、量でも金利でも、異次元緩和政策で限界が来たからに他ならない、そしてETFの買い付け額6兆円は、株式市場に与える影響が大きく、もはや金融政策から外れて株価操作に近いものと言えるという見方に取られてもおかしくありません。ましてや、一旦買い取ったETFをどこかの場面で売りに回ることになりますが、その時は株価押し下げにつながります。もし売らないということであれば、日銀が、企業の大株主となり、どこまでもやれば、株式市場は売り手がいなくなって機能不全に陥ります。

ちなみに、量における金融政策において、年間80兆円も買い続けていると、市中に出回っている国債がほぼ日銀に吸い上げられてしまうことになって、債券市場も機能不全に陥ることになります。マイナス金利政策でも、日銀が思い描いた資金の流れになっておらず、銀行が預金受け入れをいやがり、市中に出回っている資金の流通が一部滞り、将来銀行の金融仲介機能や信用創造機能に不全を引き起こす恐れがあります。このように見ると、量、金利による異次元緩和政策は限界に来ており、加えて質による金融緩和政策も問題があることから、第1の矢の大胆な金融緩和に、期待する効果が薄れつつあると言えましょう。そのことが市場に薄々感じ取られているために、日銀は、今度9月に開催される日銀の政策決定会合で、これまでの金融政策の効果の総括的な検証報告を行うということになったのではないでしょうか。しかし、岩田日銀副総裁の発言にあるように金融政策の縮小はないとすれば、残された道は、現状維持か、さらなる量、質、金利による金利政策しかありません。そして、市場の反応を考えれば現状維持は選択肢にならず、一段の追加的異次元緩和政策の進化しかないことになりますが、その結果として、こうした政策の限界の中でますます市場の機能不全が露わになるのではないかと危惧します。

第2の矢の財政政策ですが、今回、事業規模だけを見れば28.1兆円と、これまでになく大規模なものとなっています。しかし、問題は、その中身と内容です。その中身ですが、経済に影響を与えるのは、実際に行われる財政支出です。今回の財政措置では、国・地方の歳出7.5兆円、財政投融資6.0兆円の合計13.5兆円とし、歳出のうち4.0兆円を2016年度第2次補正予算案、残り3.5兆円を2017年度当初予算になどで手当てするとしています。つまり、通常の補正規模とあまり変わらない財政支出ということになります。このような財政支出が伴う実質的な規模の面からいえば、伸び悩み始めた日本経済への効果があまり期待できないような気がします。

しかも内容においても、経済にどれだけの効果があるのか、いささか疑問がもたれるものになっています。その内容とは、事業規模で一億総活躍社会の実現加速3.5兆円(財政措置3.4兆円)、熊本地震・東日本大震災からの復興や防災対策の強化3兆円(同2.7兆円)のほかに、インフラ整備10.7兆円(同6.2兆円)、イギリスのEU離脱による影響を抑えるための資金繰り支援などの中小企業・地方対策10.9兆円(同1.3兆円)が大半を占めています。こうしてみると、「未来への投資を実現する経済政策」とする今回の財政出動は、その名の通りインフラ整備などの公共事業が中心となっています。しかし、公共事業による景気刺激効果(景気への波及効果である乗数効果)は、近年低下していると言われている中で、どれだけの効果があるのか、疑問があります。また、公共事業は、効果としては一過性が強く、長期的に景気を浮揚させる効果は乏しいと言えます。しかも東日本大震災復興で大規模な公共事業を実施しようとして、人員や資材に限界があるがゆえに他の公共事業に人手不足・資材価格の高騰を招き、公共事業による景気刺激効果が減殺したことを考えると、今また景気回復のための公共事業に期待した効果が果たしてあるのかという疑問もあります。それに加えて、今、人材・資材が有限であるとしたら、公共事業による官需に人材・資源が集中して、民間の建設などが手薄となります。これでは、建設や土木などの事業における効率的な人的・物的な資源配分がうまく働かず、非効率が増幅していくことになるのではないかと危惧します。また、インフラ整備の目玉として、具体的にリニア中央新幹線の全線開業8年(最大)前倒しをあげていますが、環境影響評価も終わらず、直ちに工事が増えるわけではないことから、景気への即効的な効果はほとんどないと言えます。

一方、8月15日発表された2016年度第1四半期(4-6月)の実質GDPが季節調整済みで前期比0.048%増、年率0.2%増にすぎず、その内容を見る限りでは、公共投資の増加と日銀のマイナス金利政策による住宅投資拡大に支えられたもので、企業の設備投資や家計消費が弱いことがうかがえます。特に、GDPの6割を占める個人消費が、0.2%増とほとんど伸びていません。雇用の改善や賃金のある程度の上昇があっても、増えた賃金を消費ではなく、貯蓄に回しているからだと言えます。なぜなら、先行きの景気に対する不安、あるいは老後への不安などが広がっており、消費者の節約志向が強まっているからだと見られています。こうした状況にあって、今回の財政出動の経済対策では、消費底上げ策として、雇用保険料率の引き下げ(0.2%)、低所得者向け給付金(一人15,000円)の延長、年金受給資格の短縮(25年→10年)などが組み込まれましたが、負担の軽減につながっても、消費拡大につながる政策とは言えません。今後節約志向を強め、消費を控えるようになれば、再びデフレに戻る可能性が高くなります。今必要なのは、個人消費を押し上げるような政策、将来不安を緩和するような政策なのですが、その認識が薄い今回の経済対策では、景気への効果があまり期待できないということになります。それは、今回の経済政策で政府は数年間のGDP押し上げ効果として1.3%とみていますが、民間の研究機関では今年度0.2~0.5%程度(来年度を含めて0.3~1.0%程度)に見ており、その効果が疑問視されていることにも表れています。そのことは、国民の見る目も同じようで、先日の日経の世論調査で、今回の経済政策に対して、景気回復につながると思わないとする割合が61%(思うとする割合は24%)に上ることからも、国民は評価していないことが示されています。

こうして見てくると、参院選でアベノミクスの前進を約束した安倍政権が打ち出した第1の矢の金融政策、第2の矢の財政政策では、国民の期待に応えられず、将来不安が解消するどころか拡大し、景気回復が達成できないかもしれないということになります。

次回は、第3の矢を含めてアベノミクスの経済政策としての問題点を述べたいと思います。

皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

1981年大和証券に入社、企業アナリスト、エコノミスト、債券部トレーダー、大和投資顧問年金運用マネジャー、外資系投信投資顧問CIOを歴任。村上龍氏主宰のJMMで経済、金融について寄稿する一方、2001年独立して、大前研一主宰の一新塾にて政策立案を学び、政府へ政策提言を行う。現在、政治、経済、社会で起きる様々な危機について広く考える内閣府認証NPO法人日本危機管理学総研の設立に参加し、理事に就任。2015年より皇學館大学特別招聘教授として、経済政策、日本経済を講義。

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