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「殺すな」 興味をひくためなら、何を言ってもいいのか ネット社会の倫理

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
いくら問題提起をしたいからと言って、「殺す」という言葉を安易に使ってはいけない(写真:アフロ)

もう、うんざりである。ネット論壇の劣化、ここに極まれりだ。腐敗しきった日本のネット社会に対して、私はこの檄を叩きつける。

ある意味、このYahoo!個人の競合サイトではあるのだが・・・。BLOGOSでの、この謝罪記事が波紋を呼んでいる。いや、違う。もともと波紋を呼んでいるのは、長谷川豊氏のエントリーなのだが。

9月19日に掲載(転載)した長谷川豊氏の記事についてのお知らせとお詫び

http://blogos.com/article/191041/

謝罪文を引用する。

2016年9月19日に掲載(転載)いたしました長谷川豊氏執筆の記事『自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!』について、読者の皆様より多数のご意見を頂戴いたしました。

当該記事につきましては、掲載段階でのチェック体制の不備から、編集部内で検討、筆者との協議などが十全に行われないまま掲載(転載)に至ってしまいました。

編集部としましては、長谷川氏による「国民健康保険制度」「年金制度」への問題提起そのものについては今後議論されるべき一つの論点と考える一方、当該記事には不適切な表現が含まれているとの認識のもと、20日に長谷川氏本人にタイトル・記事中の文言・表現の再考、また事実確認について申し入れを行い、検討を行っていただきました。

その後、22日午前までに、長谷川氏のブログ「長谷川豊 公式ブログ 『本気論 本音論』」にて当該記事についての補足説明等を含む新しいエントリが執筆されましたが、編集部としては当該記事並びに当該記事の補足となる記事『繰り返す!日本の保険システムと年金システムは官僚から取り上げ民間に落とせ!』については削除とする判断をし、長谷川氏にも通知しました。

BLOGOSは可能な限り多様な意見を掲載し、議論のきっかけとなる場づくりを目指し運用しておりますが、誹謗中傷・公序良俗に反すると捉えられかねない表現、事実とは異なる可能性のある内容を掲載・拡散させてしまうことは、もとより本意ではありません。

今後はこのようなことがないよう、チェック体制を見直し、記事掲載を行なっていく所存です。関係者の皆様、読者の皆様にお詫び申し上げます。

2016年9月22日

BLOGOS編集部

出典:BLOGOS

タイトルだけでも相当、アウトなのだが。

長谷川豊氏は、J-CASTニュースにて、こんな釈明を行っている。

長谷川豊氏、「人工透析」ブログの「真意」語る 全腎協の謝罪要求は「断固拒否」

http://www.j-cast.com/2016/09/25278891.html

これまたツッコミどころ満載だ。もっとも、真相を明らかにすべきなので、ここは人工透析の専門家や、人工透析患者の発言をぜひ聞きたい。ネットニュース各社はこれらの人の声を伝えるべきだ。長谷川氏が取材した10人以上の医者とは何科のどんな人なのだろう?それに対して、なぜ全国腎臓病協議会が抗議するのだろう?素人目に考えても、そんな疑問が湧いてくる。

私自身、人工透析が必要な患者がいる家庭で育ったのだが(祖父:毎週人工透析 父:脳腫瘍で寝たきり 祖母:心臓が弱い と、家族の半分が病気という家庭だった)、フォローする家族も含め、なかなか大変な想いをする。タイトルだけで不愉快になった。

ただ、これは、ネットニュースの構造的な問題でもある。

長谷川豊氏はこう釈明している。

タイトルに使用された「殺せ」という過激な言葉も炎上の大きな原因となった。

長谷川さんは「保育園落ちた、日本死ね」の例を出しながら「ネット上では強い文言によって広める手法があり、僕は表現の1つとして全て否定されるわけではないと思っている」と述べ、今回のタイトルについても「殺していいとは当然誰も思っていない。でも、それくらい怒りと強い思いを持って臨もうという考えで付けた」と説明した。

ただ、「日本」という漠然とした相手に向ける「死ね」という言葉と、全額自己負担となれば「リアルな死」の可能性が出てくる人工透析患者に向ける「無理なら殺せ」という言葉は、同じニュアンスとは言い難い。それでも敢えて「殺せ」と書いた理由を尋ねると、

「一人でも多くの人に拡散してほしくて付けたのですが、やはりこれは非難が来て当然。タイトルだけ見て誤読されることも、悪用されることも予測しきれなかったのは完全に僕のミスです。いつもどおり『長谷川またふざけたこと言ってるよ』って拡散してもらおうと思ったら、多くの人に迷惑をかけてしまった」

と反省した。「悪用」というのは「自業自得の」の部分が抜け落ち、「長谷川が透析患者は死ねと言った」というニュアンスに「歪曲報道」されたことだという。もともと「炎上」自体は「拡散行為」と捉えており、「アンチ長谷川」も「応援団にしか見えない」とまで言うが、今回は想定外の部分があったようだ。

出典:J-CASTニュース

「殺せ」という言葉は、興味をひくためになら使っていいのか。逆に言うならば、そこまでしないとネットニュースは興味をひけないのか。そのうち「消費税増税殺せ」「自衛隊派遣反対殺せ」「豊洲市場問題殺せ」と殺せが連呼される時代になるのか。「殺せ」くらいを使わないと、注目をひけない。注目をひく競争にいつの間にか踊らされている。

もっとも、注目をひくために「殺せ」を使うことが容認されると、その「殺せ」は本気なのかどうか、読み分けないといけない時代になる。さらに言うならば「殺せ」すら一般的な言葉になり、より過激な言葉を用いないと興味をひけなくなる。「殺せ」で煽っていると、数年後のネットニュースは「惨殺」「大虐殺」くらい使わないとクリックしなくなっているかもしれない。言葉のデフレとも言える状態が起こってしまう。社会の秩序も崩壊する。健全なPV競争というものもあると信じているのだが、その競争すら、禁じ手を使われたら崩壊する。真面目に原稿を書いている専門家は損をする。しかも「殺すぞ」ではなく「殺せ」だ。「殺すぞ」なら、長谷川豊氏の行為となる。「殺せ」は読み手に行為を促している。この扇動もいかがなものか。

だいたい、デスメタルバンドでも最近は「殺せ」を使わない。鎖をちぎる、壁を壊すなど、怒りを燃やすなど熟慮を重ねてから使うのが「殺せ」である。殺す対象も悪とか権力者とか殺人者であって、病人は殺さない。プロレス、格闘技の会場でも「落とせ」と叫ぶ人はいるが、「殺せ」と叫ぶ人はいない。「折れるぞ!」「止めろ!」と叫ぶ人はいるが「折れ」「死ぬまでやれ」と叫ぶ人はいない。

擁護するつもりはまったくないが、長谷川氏の問題というだけでなく、PV競争、気をひく競争というネットニュースの構造的な問題だとも感じた次第である。

Yahoo!個人は、PV数にとらわれず優れた記事を表彰する制度を設けている。これはネット界における希望だ。

長谷川豊なら何をやってもいいのか、と、前田日明風につぶやく42歳の昼。

※常見陽平公式サイト「陽平ドットコム〜試みの水平線〜」の記事に加筆して掲載。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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