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トランプの笑顔はかわいかった  ポピュリストの手口を集会で見た

津山恵子ジャーナリスト、フォトグラファー
卑猥な言葉がプリントされたトランプグッズを売るテキ屋

「暴言王」ドナルド・トランプ氏の笑顔は、意外にかわいかった。彼の選挙集会はおっかないと友人に言われ、あれやこれやと準備したが、彼が登場して10分ぐらいで好感を持つ人がいてもおかしくないと思った。ただ、気分は町長選挙の集会に行ったような感じだったが。

「来週、トランプの集会に行くの」

と言ったら、日曜日昼下がりのバーで、ブッククラブに集まっていた8人が一斉に息を飲んだのでびっくりした。

「え〜〜、かわいそう。気をつけてね」

「オシャレはしていかないでね。ジーンズにTシャツで、ジャケットはL.L. Beanとかメイド・インUSAよ」

「やつらは、ファシストだからな」

テキサス州出身のバーテンダーが、割り込んだ。

「都合が合えば、ボディガードでついていくよ。俺には、テキサス州の運転免許証があるからな」

保守的とされる南部出身の人物が同行していれば、嫌な目には遭わないだろうという親切心からだ。トランプ氏の集会で、白人支持者に黒人のプロテスターが殴られたのは記憶に新しい。

しかし、結局彼は都合がつかず、私は4月17日の晴れた日曜日、ニューヨーク州中部ポーキプシーであるトランプ氏の集会に独りで出かけた。19日の同州予備選挙で、共和党指名候補を狙うトランプ氏は、支持率で圧倒的なトップを維持。勝利は見えていたが、彼とその支持者たちをこの目で見たかった。

メディアの登録申し込みをしたが、「国内メディアを優先したい」という理由で断られたため、支持者として入り、人々に話を聞く。ニューヨーク・ヤンキーズの野球帽をかぶった。記者と分かる細長いリポーターノートではなく、小さな子供のメモ帳を用意した。トランプ氏を糾弾するプロテスターが支持者に紛れて入るのを警戒し、体の大きなボディガードが、支持者の間を徘徊しているのを知っていたので、取材がばれて、つまみ出されないようにするためだ。

ニューヨーク・マンハッタンから電車で2時間、ポーキプシーの会場近くに行くと、やはり「異様な」雰囲気だ。列を成しているのは、限りなく100%白人ばかり。年齢が高めで、しかも都会人のニューヨーカーと異なり、雰囲気がカウボーイっぽい。大きな声で話し、そろってジーンズ、Tシャツ、ブーツ姿。女性は1970年代かと思うような大きなヘアスタイルと目を強調したメイクだ。

さらに驚いたのは、Tシャツや帽子、バッジを売っているテキ屋の「品のなさ」だ。

“Hillary Sucks, but not like Monica. Donald Fuckin’ Trump”

“Trump That Bitch”

“Donald Trump  Finally Someone with Balls”

といった、Tシャツに印刷された恥ずかしい言葉を、これでもかと大声で連呼し、「買え」といわんばかりだ。

さらに、テキ屋の一人が私のヤンキーズ帽を見つけて、太い声で叫んだ。

「ヤンキーズのホームは、サンダースの出身地だ。Make America Great Again(トランプの決まり文句)の帽子が要るなあ、ベイビー」

会場の「ミッド・ハドソン・シビック・センター」から、田舎によくありがちの「メイン・ストリート」に1.5キロぐらいの列ができた。

ニューヨークのニュース専門局「NY1」の女性記者とカメラマンが、列の支持者からコメントを取っていたが、その後ろにトランプ陣営のプロレスラーのようなボディガード3人がぐるりと半円を描いて立っている。プロテスターに話しかけないようにするためなのか。これを見て列の人に取材するのはあきらめ、おとなしく並んだ。

会場に入って1時間ほどで、トランプ氏は、ロックスターのように大歓声に包まれ登場した。父親に肩車された9歳の男の子が、「トランプ!トランプ!トランプ!」と眉間にしわを寄せ、拳を振り上げて叫び、それを母親と父親がうれしそうにスマートフォンで撮影している。

「チャイナ、ジャパン、メキシコは、我々をあざ笑っているぞ」

話し始めてものの1分ほどで、トランプ氏はこう言った。

「米国の貿易赤字は、580億ドルもある!」

この数字は間違っていて、580億ドルは対メキシコだけだ。後で、対メキシコの貿易赤字も580億ドルだと言った。しかし、支持者は、それにも気づかず、おーーーっと声を上げる。

「チャイナ、ジャパン、メキシコ!いやそればかりじゃない。どんな国も、米国を破壊している!」

「ジャパン!やつらは通貨を操作している!」

この3カ国は、40分のスピーチで2、3回登場し、いずれも「悪者」で、集まった支持者が「仮想敵国視」し、トランプ氏への好感をあげるに十分だ。

ほかにも怖い瞬間があった。彼のウェブサイトで政策トップに掲げられているメキシコとの国境に作る壁のことだ。違法移民を入国させないためだ。

「100%、あの壁を作るぞ」

すると、支持者からチャントが起きた。

“Build that wall! Build that wall! Build that wall!”

ポーキプシーは、ハドソン川沿いで州都オーバニーとニューヨークの中間地点にあるため、2つの都市に農産物を運んだり、クジラ解体から得た油を出荷して栄え、産業が集中した歴史ある港町だ。しかし、エジソンの電球発明で、クジラ油は姿を消し、その後も工場閉鎖などで、経済は縮小する一方。人口は現在、ピーク時の4分の3程度だ。

実は、トランプ氏は、ニューヨーク州の予備選挙を前に、ポーキプシーのような廃れゆく街を中心に集会を開いた。ブッククラブの友人らのようにリベラル派が多いニューヨーク市内の集会は1回だけ。それも中心部からは離れた労働者階級が多いスタテン・アイランドで開いた。

「2008年から、ポーキプシーは、20000人の雇用を失った!」

「ブー!」

「ニューヨーク州全体では、35万人だ!」「ブー!」

「米国は、違法移民に税金を50億ドルも使っている!」

ここで、トランプ氏はお笑い芸人のように、演説メモの紙を空に投げ出した。

「心配するな。今この運動は、常識、雇用、軍隊、退役軍人の面倒をみるための運動だ。私は、選挙に自分の金を使っている。ワシントンのボスどものいいなりにはならない。そういう人間を大統領にしたくないか?」

なるほど、というロジックだ。景気拡大の恩恵もない田舎町。失業率が高く、将来に不安を抱く白人の労働者階級に、移民排除、雇用の回復を中心に訴えて、興奮させる。ただ、具体的な政策はない。

トランプ氏は19日、得票率で60%以上と、説得力がある勝ち方をした。

勝利集会では、フランク・シナトラの「ニューヨーク ニューヨーク」を大音響で鳴らし、トランプ氏が再びスターのように登場。お決まりの「嘘つきテッド(クルーズ)」などという暴言は吐かず、簡潔な演説で、ニューヨーク・タイムズが驚いたことに、

「初めて、大統領らしい(Presidential)な演説をした」

と書いた。

「もしや」という考えが、頭をよぎる。

民主党側も、ニューヨーク州のあとのペンシルベニア州などの予備選挙で、サンダース氏に対し、クリントン氏が圧勝を続けている。クリントンVSトランプという本選挙の見通しがますます強まっている。

“I love you!”

と誰かが、叫ぶと、トランプ氏は激しい口調のたたみかけるような演説を一瞬やめて、ニコニコとして支持者を眺めた。その笑顔は、満足げでかわいかった。

「なんだか今日は友達に話しているみたいだ。なんてフレンドリーな集会なんだ!」

会場で話をした支持者も、フツーのいい人たちだった。

背伸びしてトランプ氏の写真を撮ろうとしていたら、隣にいた背の高い高校生ぐらいの白人が、「ここからよく見えるから」といって、私のデジカメで何枚も撮影してくれた。

娘二人を連れてきていた母親が、別れ際にこう言った。

「あなたの仕事はすばらしいわね。神のご加護を」

フツーの人たちだからこそ、米国の「古き良き時代」が過ぎてしまったという変化に踏みつけられている。トランプ氏は、彼らが欲しているものをよく知っている。

しかし、それと、Presidentialであるかとは別の問題だ。

ジャーナリスト、フォトグラファー

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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