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モハメド・アリから明石家さんまが受け継いだ人生の哲学

てれびのスキマライター。テレビっ子
モハメド・アリ(写真:ロイター/アフロ)

2016年6月3日(日本時間6月4日)、元ボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリが逝去。74歳だった。

アリは偉大なボクサーであると同時に“言葉の人”でもあった。

インターネットで少し検索すれば、アリが発したとされる“名言”が数多くヒットするはずだ。

その言葉と生き様は、世界中の人々に多大な影響を与えた。

日本を代表するお笑い芸人・明石家さんまもそのひとりだ。

キンシャサの奇跡

1974年、モハメド・アリは、WBA・WBC世界統一ヘビー級王座のジョージ・フォアマンに挑戦した。

明石家さんまが、笑福亭松之助に弟子入りした年である。

下馬評ではフォアマン絶対有利。

なぜならフォアマンは当時上り調子の全盛期。対するアリは、徴兵拒否により王者を剥奪され3年7か月のブランクを余儀なくされ、その復帰戦も敗れ全盛期は過ぎたと見られていたからだ。

実際、試合が始まると、アリは防戦一方だった。

アリは、ロープにもたれながら腕でブロックしながらもフォアマンのパンチを浴び続けていた。

誰もが下馬評通りのフォアマンの勝利を確信していた。

だが、8ラウンド終了間際、それは訪れる。

アリの速攻のワンツーがフォアマンを捉え、見事大逆転のKO勝利をおさめるのだ。

世に言う「キンシャサの奇跡」だ。

わざとボディを打たせる

アリはこの相手の打ち疲れを待つ戦術を「ロープ・ア・ドープ」と呼びこう語ったという。

わざとボディを打たせるんだ

この言葉に感銘を受けたのが明石家さんまだ。

さんまは期間限定で公開されていた「ほぼ日刊イトイ新聞」の「さんまシステム」と題された糸井重里によるロングインタビューでこのように語っている。

さんま「もう本当にギャンブルの『流れ』はね、お笑い芸人の人生にはかなり役に立つ。もう、それはね、いってみれば、『ダメなときにどう止めるか』これだけなんですよ」

糸井「あー、なるほど」

さんま「負け分をどうおさえるか。そこはもう、テクニックもあるし、計算もあるんですけども。ぼくがいちばん、胸に刻んでいる名言があって、(略)ジョージ・フォアマンとモハメッド・アリが試合したときにアリが言ったんですけど、『わざとボディを打たせるんだ』と。どういうことかというと、『わざと打たせたボディは効かないんだ』というんですね」

糸井「あぁー、いいですね」

さんま「これはかなり、役に立つんです。とくに、お笑い芸人とかタレントにはたぶん、必要なことばだと」

糸井「うん、うん」

さんま「やっぱり、『あかん』というときはなにをやってもダメなんです。そういうときには、打たせなきゃいけない。わざと打たせたら、耐えられるんですよ

糸井「はぁ、はぁ、はぁ」

さんま「ところが、『オレは大丈夫だ』と思って、行って打たれると、効くんですね。さすがモハメッド・アリっていう」

出典:ほぼ日刊イトイ新聞「さんまシステム」

ボクシングに限らず、様々な局面で、ダメなときは、何をやってもうまくいかない。

そういうときにさんまは、ダメだとわかっていてもそこに立ち向かっていく。自分から向かいうてばダメージは最小限に抑えられるのだ。

逆に、「俺は大丈夫だ」と慢心していると、致命傷になってしまう、と。

自殺するかしゃべるか

2006年から『明石家さんちゃんねる』(TBS)という番組が放送されていた。

この番組の中で「さしめし」というコーナーがあった。

その名の通り、萩本欽一、美輪明宏、泉ピン子などのゲストを招いて、さんまが1対1の“さし”で食事をしながらトークをするという企画である。

ある日のゲストは千原ジュニアだった。

そこで明石家さんまはこんなふうに語っている。

さんま「沈む船だと分かっていても乗らなあかん時が来るのよ。(それを乗り越えた)その時に人として大成するって思ってる」

出典:『明石家さんちゃんねる』「さしめし」

長いキャリアの中でさんまは、明らかに“負け戦”になるとわかっていても、「わざとボディを打たせる」ようにそこに飛び込み最善を尽くすことで、生き残ってきた。

かつて離婚し多額の借金を背負い「自殺するかしゃべるか」の2択しか選択肢が残されていないことさえあった。

さんま「よく人が『人生に負けた』とか言いますけど、誰でも裸で生まれてきたんで、服一枚着てる時点で人生の勝利ですからね。敗北者はいないはずなのに敗北感を味わう人が多すぎる、とは思いますね」

出典:『本人』Vol.11

どんなに打たれても覚悟さえ決めれば大丈夫。

それが「生きてるだけで丸もうけ」というさんまの人生哲学の根幹にある考え方なのだ。

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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