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“甲子園の季節”に読みたい高校野球小説

碓井広義メディア文化評論家

今年はリオのオリンピック中継をつい見てしまうが、8月は甲子園の季節でもある。いや、正確には、全国高校野球選手権大会の季節だ。

この夏、母校である松本深志高校が、長野の県大会でベスト8まで勝ち進んで、びっくりした。私が在学していた頃は、いつも1回戦で敗退していたのだ。

準々決勝という文字が新鮮だったし、ちょっとだけ、いい夢を見させてもらった。ありがとう、後輩諸君。

そういえば、「野球小説」は結構な数が存在するのだが、「高校野球小説」って、すぐに思い浮かばないような気がする。

あさのあつこ『バッテリー』(角川文庫)に登場するのは中学生で、『ラスト・イニング』(同)が確か高校生だったと思う。

また、これまでに読んだ“甲子園モノ”では、小路幸也『スタンダップダブル! 甲子園ステージ』(角川春樹事務所)が面白かった。

それ以外だと、堂場瞬一『大延長』(実業之日本社)である。これは高校野球小説の傑作だ。

監督が言う。「この試合は俺のものでも、学校のものでもない。お前たちのものだ」と。

夏の甲子園、しかも決勝戦が「延長引き分け再試合」となった。戦うのは初出場の新潟海浜と、連続出場の強豪・恒正学園だ。

因縁の一つは、海浜の監督である羽場と恒正の監督・白井が、大学時代のバッテリーだったことである。卒業後、白井はプロに進み、羽場は別の道を歩んだ。その二人が監督として甲子園で向き合っている。

さらに、海浜のエース・牛木と主将の春名、そして恒正の強打者・久保の3人は、リトルリーグでチームメイトだった。それぞれの過去と現在が酷暑の野球場で交錯する。

故障した膝が悪化した海浜の牛木は、再試合での登板が困難となる。春名は県大会の最中に事故で手首をケガしていた。

一方、恒正も主力選手の喫煙が発覚。揺れる両チームだが、運命の一戦は容赦なく開始される。選手たちの渾身のプレー。監督たちの駆け引き。

実況中継の解説を行うのは白井と羽場の恩師である滝本だ。重病を抱える彼もまた、この試合に自身を賭けていた。

臨場感溢れる高校野球小説にして、グラウンドを舞台とした一級のエンターテインメント小説『大延長』。8月、甲子園の季節にふさわしい一冊だ。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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