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黒子のバスケ脅迫事件容疑者逮捕:成功者への「やっかみ」が犯罪につながるとき

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
容疑者逮捕を伝える新聞各紙(20月16日朝刊)

■黒子のバスケ脅迫事件容疑者男性逮捕

昨年10月以来、人気漫画「黒子のバスケ」の作者と関係者らに500通以上の脅迫状が届く事件が続いていました。書店、イベント会場、母校の文化祭。さらにコンビニには、毒物を入れたとの脅迫状が届き、微量のニコチン入り菓子が発見されました。脅迫文は「グリコ森永事件」を意識したものでした。またマスコミ各社にも、多数の脅迫文が届けられていました。

12月15日、警察は防犯カメラに映っていた映像をもとに男性を尾行、ポストに脅迫文を投函した時点で逮捕しました。逮捕されたのは、大阪市東成区のワンルームマンションに住む職業不詳の男性(36)でした。

逮捕時には、容疑を認め「ごめんなさい。負けました」と語っています。その後の供述によれば、「すべて一人でやった。(作者の)藤巻さんとは面識も関係もない。成功者へのやっかみがあった」と語っています。

<黒子のバスケ脅迫>主な経緯 発端は12年10月(毎日新聞)

リュックが決め手に…「黒子のバスケ」事件(時事通信)

「黒子のバスケ」作者の成功やっかみ 逮捕には複数の防犯画像決め手(産経新聞)

■犯行動機

詳しい供述はまだ報道されていません。ただ、金銭目的の犯罪ではなく、思想的背景もないようです。脅迫文には、作者への憎しみを書いたものもありましたが、逮捕後には、「(作者の)藤巻さんとは面識も関係もない。」と語り、「成功者へのやっかみ」があったと語っています。

■やっかみとは:容疑者男性が抱いた憎しみ

やっかみとは、主に関東地方で使われる言葉で、「うらやみ」「ねたみ」の意味だと辞書にはあります。やっかむとは、誰かの成功を苦々しく思うことでしょう。うらやむとは、「他人の能力や状態をみて、自分もそうありたいと願うさま。また、他人をねたましく思うさま」です。ねたむとは、「他人が自分よりすぐれている状態をうらやましく思って憎むこと」、 「腹を立てる。恨み嘆くこと」です。

容疑者男性は、『黒子のバスケ』の作者、成功した晩画家が、憎かったのでしょう。でもそれは、作者個人から被害をこうむったうえでの憎しみではなかったようです。

自分より優れた人を見たとき、私たちは劣等感に陥るときがあります。

劣等感をもって、自分はダメな人間だと感じるわけですが、この自己否定の感情が強くなりすぎると、どこかで心がつるっとスリップし、悪いのは世の中だと感じてしまうことがあります。

心理学の研究によれば、妬み(ねたみ)は、人と人との比較の中で生まれる感情です。自分とは心理的な距離が遠い相手には、強いねたみは持ちにくいのですが、バスケとか、漫画、あるいは表現することなどに関して、容疑者男性は関心があったのかもしれません。比較ではなく、自分の価値を信じることがでいれば、人をねたまずにすむのですが。

これまでの通り魔事件などでも、特定個人への恨み憎しみではなく、成功者や楽しんでいる人たちが憎いといって、繁華街や、ゴールデンウイークの高速バス、大学付属小学校などが狙われることがありました。

今回は、世の中の成功者の象徴として、「黒子のバスケ」の漫画家が選ばれてしまったのかもしれません。あるいは、容疑者男性がもともとこの漫画のファンだった可能性もあるでしょう。

■容疑者男性の心理

現段階では、情報は限られています。ワンルームマンションで一人で暮らす、職業不詳、36歳の男性です。ただ彼が単独犯なら、たった一人で400通の脅迫文を作り、送ったことになります。

グリコ森永事件は、30年前、1984年から1985年にかけての事件ですから、容疑者男性の子供時代の事件です。彼は、犯罪史に興味を持ち、調べたのでしょうか。

彼は、有能な人だと思います。手間隙をかけ、指紋も残さないようにし、何百もの脅迫文をそれぞれの場所に送る。能力がない人、根気のない人には難しい作業です。

作者個人を直接攻撃せず、イベントや店舗、母校を脅迫状で攻撃したのも巧みです。本人が攻撃されたのなら、「脅しには負けません!」と強く言える人も、関係者に迷惑がかかっているとなると、正面きって戦えません。苦悩はさらに深くなります。また、この攻撃戦略は、社会に与えるインパクトも強く、大きく報道されるでしょう。

私は、容疑者男性は、有能な人だと思います。しかし、彼の人生は上手くいっていなかったのでしょうか。有能ではあっても、彼の行動はどこか現実離れしています。これだけのことをしておいて、逮捕時に容疑をあっさり認め「負けました」と語るのも、子供っぽいゲーム感覚的なものを感じます。

彼は知的には有能で、情報を駆使することにも長けていても、現実社会を生き抜いていく知恵や柔軟さにはかけていたのかもしれません。この種の犯罪に見られがちですが、知的には高くても人間関係能力が低い人々がいます。

彼らは、人生の途中までは良い成績を上げられても、どこかで挫折します。そして「こんなはずではなかった」と強く感じます。自分の現状に満足できません。あるいは、一歩ずつ幸福に近づいていく地道な努力ができません。自分を否定し、強い恥意識をもち、ついには破壊行動へと至ります。

今回の容疑者男性は、どんな思いを持っていたのか。続報を待ちたいと思います。

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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