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日本代表監督の会見に求めたい2つの改善案(『徹マガ』より転載)

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
メンバー発表会見でのハリルホジッチ監督。1時間15分にわたり熱弁をふるった。

5月26日、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督によるキリンカップ(6月3日@豊田、7日@吹田)に向けた、日本代表メンバー候補の発表会見が行われた。内容的には非常に興味深いものであったが、かねてより取材者として気になっていたことがより明確化された会見でもあった。

ハリルホジッチ監督のメンバー発表会見は、これまでの歴代監督の中でも際立ったスタイルを確立している。まず、パワーポイントを使用しながら、招集した選手ひとりひとりについて言及すること。そして、会見に長い時間をかけること。これまでの歴代監督の場合、まずは選出の意図や試合(あるいは大会)に臨むにあたっての意気込みなどを語ってから、メンバーを読み上げ(あるいはプリントで配布し)、それから質疑応答という流れ。時間にしておよそ30分くらいである。しかしハリルホジッチ監督の場合、この日の会見では試合への意気込みと選手の言及で、実に53分もの時間を要していた。

誤解していただきたくないのだが、私は監督が「しゃべりすぎること」を問題視しているのではない。個人的には寡黙な監督よりも饒舌な監督のほうが好きだし、深い洞察と鋭い問題提起、そして自身の仕事への誇りに満ちた言葉の数々を聞くことには、取材者としての僥倖を覚えることもしばしばだ。しかし、であるがゆえに、現状のメンバー発表会見の進行には少なからぬもどかしさを感じてしまうのである。

私が特に気になっているのは2点。「質問者の人数が限られていること」、そして「監督の言葉のすべてが訳されていないこと」である。日本代表監督への注目度を考えるならば、そしてよりよい取材環境を追求するならば、これらの2点はぜひとも改善を求めたいところ。以下、僭越ながらそれぞれの問題点と改善案を記すことにしたい。

招集した選手についてコメントするハリルホジッチ監督。
招集した選手についてコメントするハリルホジッチ監督。

まず「質問者の人数が限られていること」について。今回の会見時間はトータルで1時間15分。そのうち質疑応答の時間は22分であった。時間そのものは、決して短くはない。が、ハリルホジッチ監督は、とにかくよくしゃべるし脱線もする。ひとつの質問に対して、だいたい5~6分、長い時は10分近くしゃべり続ける。よって、この日の会見でも時間の都合により、記者からの質問は3人に絞られることになった。

繰り返しになるが、指揮官が饒舌であること自体を否定するつもりはまったくない。むしろ、ひとつの質問に対して多くを語っていただくことは大歓迎である。ただし、全体の時間が限られているのであれば、質疑応答までの時間を半分くらいに圧縮することも考えていただきたいのだ。もちろん、個々の選手についてのコメントは、われわれ取材者にとっても有益な情報ではある。それでも、新しい選手(今回でいえば磐田の小林祐希や川崎の大島僚太)と常連の選手を同じくらい時間をかけてコメントする必要性はあまり感じられない。常連の選手は簡潔にとどめ、記者から質問があれば答える形でよいように思う。

次に「監督の言葉すべてが訳されていないこと」。こちらはより切実な問題である。ハリルホジッチ監督は感情が高ぶると、ほとばしるように言葉を吐き出し、通訳などお構いなしでまくし立てる傾向がある。そうなってしまうと、隣で訳している樋渡群さんはキーワードを拾って日本語に変換することで精いっぱい。ほとんど同時通訳のようになってしまうのだが、翻訳された言葉も監督の次の言葉と被ってしまい、聞き取りにくいことこの上ない。

樋渡さん自身は、長年フランスでコーチ修行をしてこられた方なので、確かにフランス語は堪能である。監督とのフィーリングも悪くない。ただし樋渡さんの本業は、あくまでコーチであって通訳ではないことは留意すべきだ。外国語に堪能だからといって、誰もが通訳の仕事を完璧にこなせるということはないし、ましてや同時通訳など論外である。監督の言葉を必死で拾いまくっているのに、訳したとたんにかき消されてしまう樋渡さんが、私には気の毒に思えてならない。

ハリルホジッチ監督の通訳を務める樋渡群氏(左)。
ハリルホジッチ監督の通訳を務める樋渡群氏(左)。

こうした状況は、ただ聞き取りにくいだけでなく、「監督の言葉が必ずしも正確には伝わっていない」という問題をもはらんでいる。というのも、樋渡さんが発した断片的な翻訳や聞き取れなかった部分は、現場の記者が言葉を補ったり類推したりしながら記事にしているからだ。もちろん、記者の立場からすると「きちんと文章にしなければ」という想いからやっていることであり、どのメディアも慎重な作業をした上で記事にしているはずだ。ただし良かれと思って補った言葉が、実際には監督が口にしていなかった場合、それがひとり歩きして読者に誤解を与えてしまうリスクは常につきまとう。

この問題を解決するには、会見専用にプロの通訳を置くか、あるいは樋渡さんが訳し終えるまで発言を控えてもらうよう監督に約束してもらうか、どちらかしかない。そして後者のほうがより現実的であり、決して不可能なことではないように私には思える。「ヴァイッドさん、あなたの言葉が正確にメディアに、そしてファンに伝わるよう、少しだけ落ち着いてお話しいただけませんでしょうか」と、広報スタッフがきちんとお願いすれば、それで一挙に問題解決するように思えるのだが──。

今回の会見では、ACLでのJリーグ勢敗退についての厳しい指摘や、4年連続J1得点王を目指す大久保嘉人を代表に招集しない理由、さらにはキリンカップの対戦相手についての言及など、非常に示唆に富む発言が多かった。それだけに、そのすべてを正確に伝えきれないところに、現場にいた取材者としてもどかしさを覚える。監督会見の質的向上は、伝える側のメディアと受け手であるファン、そして発信する側のJFAやハリルホジッチ監督自身にとってもメリットのある話だ。JFAのしかるべき立場の方々には、ぜひとも上記した2つの改善案をご検討いただければ幸いである。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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