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ファジアーノ岡山の木村正明代表が語る「J1昇格」よりも大切なこと<2/2>=宇都宮徹壱WMより転載

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
集客について最も重視していることは「ホスピタリティです」と木村社長は言い切る。

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■客層を5つに分けて考える

──ところで「ビールを飲みながらサッカー観戦しませんか?」というのは、ある意味、岡山の土地柄なのかもしれませんね。サッカーリテラシーの高い地域や、強いクラブがある地域だと、「イベントはいいから、ちゃんと試合を見せろ」というファンが多いと思うんですよ。具体的には、浦和とか鹿島とか柏とか。

木村 僕がその3つのクラブの社長だったら、「勝つことを前提に」戦略に切り替えます(笑)。勝ち負けに連動して集客が増減するクラブというのは確実に存在しますから。ただし岡山の場合、06年に天皇杯でJ1同士の対戦があったのですが、メインスタンドに500人も入っていないことが普通にありました。ですから、「トップ(オブ)トップのレベル」だとか「勝つことを前提に」するのは、まだまだ危険だと思っています。

──そこで、木村さんが重視しているホスピタリティの話に戻るんですけど、あるインタビューで「客層を5つに分けてホスピタリティの細分化をしている」というお話をされていました。そのあたりについて、もう少し具体的に教えていただきたいのですが。

木村 一昨年の10月にアメリカ合衆国を視察する機会があったんですね。アメリカにはアメリカンフットボールという、全米で確実に視聴率が40%を超える唯一のコンテンツがあるわけです。ただしアメフトは、Jリーグよりも試合数が少ないので、入場料収入だけではとても選手の給料を賄えない。そこで顧客を5つの階層に分けて、それぞれの階層に対してのアプローチを徹底的に研究しているんです。

1層は、年に1回以上は観に来るコア層。2層は何かしらトピックスがあったら来る層──たとえば相手が強豪チームとか、昇格しそうだ、といった感じですね。3層が先ほど申し上げた、1回だけで来なくなった層。4層が、TVや新聞で結果は気になる、あるいはそのスポーツをやったことあるけれど、試合には行ったことない層。5層が、それらのいずれでもない層。

──つまり、無関心の層ですね。

木村 そうです。それぞれの層を分けて、彼ら・彼女らがなぜ1層になったのか、3層の人はなぜ「もういいや」と思うようになったのか、あるいは4層の人を3層に引き込むにはどうすればいいのか、ということをそれぞれ検証するわけです。

ウチに関して言えば、5層や4層をどう引き込むかといえば、選手のヒューマンな部分に触れるとか、あるいはホームタウン活動しかないと思っています。4層から3層、3層から2層というのは、やっぱり誘われる部分が大きい。ただ、3層に関して言えば、まだ完全に追跡調査しきれていないんですよね。

──1回だけで来なくなった層ですね。実際、どんなことが考えられますか?

木村 一番は「試合がつまらなかった」、次が「スタッフの対応が気に入らなかった」とか「ファジフーズに長蛇の列ができていた」というものが考えられるんですけど、スタジアムに来ている人にしか調査できていないんですよね。

──なるほど。本当はスタジアムに来なくなった人にリサーチすべきなのに、それがまだできていないということですね?

木村 そうなんです。調査のためのマンパワーが足りていないというのもあるんですけど、始めてまだ1年ということで、これを結果に結びつけるためにはもう少し時間がかかると思っています。ただ、去年は順位が下がって(8位→11位)客足も少し遠のいたんですけど、7000人割れした試合は2試合しかなかったんですね。つまりその7000人の大半は、勝敗に関係なく来てくださる1層の方々であったと。そういう方々には、本当に感謝しています。

ホームゲーム当日は木村代表自身も、積極的にファンと触れ合う機会を設けている。
ホームゲーム当日は木村代表自身も、積極的にファンと触れ合う機会を設けている。

■「平均観客数1万人を目指す」理由とは?

──今季の岡山のポスターに「Challenge 1(チャレンジ・ワン)」というスローガンがありました。これは平均観客数1万人を目指すプロジェクトだと聞いているのですが、この厳しめのハードルを設けた理由を教えてください。

木村 「Challenge 1」の「1」は1万人という意味もあるんですが、「J1」にもかけているんです。J1に行くための、そしてJ1にふさわしいクラブになるための1万人なんですね。それは、J2の時代からしっかりしたクラブ力があれば、十分に可能だと思っていますし、「ファジアーノが1万人を目指しとるみたいだよ」という話が地元のタクシーの運転手から出てくるようになればいいなと思っています。

──J1の話が出たところで、あえてお聞きしたいんですけど、木村さんはこれまで「●●年までにJ1昇格」といったことを一度もおっしゃったことがないですよね。何か理由があるんでしょうか。

木村 よくご存じで(笑)。もちろん目の前の試合には勝ちたいし、1年でも早くJ1に行きたいのは選手もスタッフもサポーターも、みんな一緒だと思うんですよ。では、なぜそれを言わないのかというと、決して逃げているわけではなくて当たり前の目標なので、「あえて言うほどのことでもない」という判断からです。それに、われわれが目指すのは「J1クラブになること」よりも「将来、日本一のクラブになること」だと思っていますので。

──「日本一のクラブ」というのは、日本一愛されるとか、日本一お客さんが入るといった意味でしょうか?

木村 はい、すべてにおいてです。当然、強いチームでありたいし、ファンクラブの会員も日本一でありたい。ただし漠然と「日本一」と言っているのではなくて、これまでの10年についてもきちんと目標設定していて、その延長線上での「日本一」なんですね。

まだ地域リーグにいた10年前、僕らは役員で合宿をしたんですけれど、そこで定めた目標設定はこうでした。今後3年でJリーグ入り、5年で練習拠点を確保する、10年で(平均入場者数)1万人、15年で専用スタジアム、20年で会員10万人。そういう途方もない若造の夢を、ピン留めした模造紙に数字で書いていったんですよ。

──まだ地域リーグの時代に、そうした目標設定を掲げていたというのは驚きです。

木村 ちなみに30年後の2036年には、スクールの無料化を目指しています。つまり、岡山のお子さんであれば、誰でも無料でファジアーノのスクールを受講できると。もちろん、そのためには自治体や地元企業の協力は不可欠です。地域に愛されながら、しっかり地域に還元していく。そういったことができて初めて、「日本一のクラブ」を名乗る資格があると思っています。

──今おっしゃった目標設定って、多少のズレはありましたけれど、Jリーグ入りも練習拠点の確保もすでに実現していますよね。その上での1万人であると。私は地域リーグ時代から岡山を取材していますが、あの頃はJリーグ入りとか1万人とか言われても、まったく想像することができませんでしたよね(笑)。

木村 一見、途方も無い夢のように思われるかもしれませんけど、1万人という数字も決して根拠がないわけではないんです。それだけ岡山という街にはポテンシャルがあると確信していますので、だからこそ今年は1万人を目指して僕らも頑張らなければならない。そしてやがてサッカー専用スタジアム、さらにはファンクラブ会員を10万人集めて専用スタジアムに常に2万人が埋まっている状態にしていかないと、その先が広がっていかないと思っています。そして30年後、スクール無料化が実現できたときに、本当の意味でファジアーノが地域に認められたと思っています。

今季の目標である「平均入場者数1万人」は、壮大な夢の実現の通過点に過ぎない。
今季の目標である「平均入場者数1万人」は、壮大な夢の実現の通過点に過ぎない。

■「FC今治のことは気になっていますね」

──岡山といえば、兵庫県と広島県に挟まれて、交通の要衝ゆえに「通り過ぎる街」という印象がありました。それでも政令指定都市だし、Jリーグ基準のスタジアムがすでにあったというアドバンテージは、ものすごく大きかったと思います。いかがでしょうか?

木村 アドバンテージは3つあったと思います。まず、ご指摘のとおりスタジアムですね。駐車場がないのが痛いんですが、ある程度は街なかにあるのは大きかったと思います。それと地域リーグ時代から、熱心なサポーターがいて、今でも応援していただいていること。それから城下町の歴史があって、ひとつにまとまりやすい土壌があったというのも見逃せないと思っています。岡山の方は二言目には、「岡山はまとまらん」と言いますが(笑)、実は違います。

──そういった好条件があった中で、最後にして最大のピースとなったのが木村さんの社長就任だったと私は思っているんですが。

木村 でも、本当に真価が問われるのは次の10年だと思います。「ここまでよく頑張っていたクラブ」で終わるのか、「衣食住に近いくらいに必要とされるクラブ」になれるのか。正直なところわれわれは、まだまだ岡山の人たちにとって必要な存在にはなりきれていないと思っていますので。それと私自身、本当は「(クラブの)代表の顔が知られていない」というのが理想なんです(苦笑)。あえて例に出しますが、阪神タイガースの球団社長の名前と顔って、ほとんどの人は知らないと思うんですよ。あれが自分にとっての理想ですね。

──クラブ経営ということに関して、木村さんの中でロールモデルとしている、あるいは注目しているクラブはありますか?

木村 やっぱり、岡田(武史)さんのFC今治のことは気になっていますね。ただ、地域性の違いというものは間違いなくありますから、今治のやり方がそのまま岡山に移植できるかというと、決してそうではないと思います。ですからロールモデルという意味では、「今の日本にはない」という答えが、最もしっくりくるように思います。つまり「岡山において突出して愛される存在」になるには、模倣するようなクラブはないということですね。

──おっしゃる通りだと思います。ただ、地域性というものを度外視して考えた場合、いかがでしょうか?

木村 そうですね。たとえば、ここ数年のサンフレッチェ広島の組織力の素晴らしさは際立っていると思っていて、それがしっかり結果に出ています。エディオン出身の本谷(祐一)さんに08年の暮れに初めてお会いし、その後も何かあれば今でも指導を請うています。その後の小谷野(薫)社長にもお世話になったんですが、エディオンという企業自体がどんどん進化していって、その影響がクラブにも確実に受け継がれている。広島さんからは、いろいろと学ばせていただいているんですが、やっぱりウチでは真似できないことですよね。

──Jリーグの理事をされているだけあって、木村さんは他のクラブへの観察には非常に熱心な印象を受けています。

木村 それは意識していますね。やはり井の中の蛙でいてはいけませんし、逆に「岡山モデル」を学ぼうとするJ3クラブもありますので、それはありがたいと思っています。ただ自分としてはJクラブに限定せずに、もっといろんなクラブ経営のあり方というものを勉強させていただいています。その意味でも、岡田さんのFC今治はさまざまな刺激に満ちていて、非常に参考になりますね。

<この稿、了>

●木村正明(きむら・まさあき)

1968年生まれ、岡山県岡山市出身。県立岡山朝日高等学校を経て、東京大学法学部へ進学。93年、ゴールドマン・サックスに入社。 2003年、同社マネージングディレクター就任。06年、同社を辞して株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブの代表取締役に就任。09年、同クラブのJ2昇格に多大に尽力する。14年1月31日よりJリーグ理事に就任(非常勤)。

※当インタビュー記事の後半部分はこちら(有料)。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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