Yahoo!ニュース

労働時間規制除外を「時間でなく成果」と誤報する風潮について

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)

昨日の政府の労働政策審議会で、労働時間規制のエグゼンプション(除外)制度の実現を求める報告書及びそれに基づく法案作成に向けた「建議」が提出されました。この制度については、政府は「高度プロフェッショナル制度」と呼び、反対する労働組合や弁護士は「残業代ゼロ法案」とか、「過労死促進法案」とか呼んでいて、名称の奪い合いのような形になっています。

このような場合に、報道機関がどのような報道姿勢を取るかは非常に重要だと思います。そこで、この件に関する昨日以降の報道のうち、ネット上で確認できるものをチェックするとタイトルは以下のようになっています。

(毎日)労政審:成果賃金導入の報告書 「健康確保」義務付け

(NHK)成果で報酬の新たな労働制度創設へ報告書

(産経)「高度プロフェッショナル制」導入へ 厚労省、労働改革の報告書まとまる 28年4月の施行を目指す

(朝日)「残業代ゼロ」法案提出へ 厚労省、来春の実施目指す

(共同通信)専門職「成果で賃金」来春にも 労働側の反対押し切る

(日経)脱時間給、金融・商社が意欲 生産性の向上狙う

筆者の主観でマシな順に並べると、朝日>毎日>産経>日経>NHKと思われます。あくまで上記オンライン上の記事を比べた結果であり、各紙の朝刊は読んでいません。

前提となる建議の内容

労働政策審議会の建議の内容については厚生労働省のホームページに早速公表されています。興味のある方は原典を当たってみることをおすすめします。

労働政策審議会建議「今後の労働時間法制等の在り方について」を公表します

焦点となっているエグゼンプション制度などについて言えば、

(1)平均年収の3倍を相当程度(具体的に1075万円を想定)上回るいくつかの業種(金融ディーラー、アナリスト、コンサルタント、研究者など)について労働時間規制を除外する制度を導入

(2)a「提案型営業」、b「事業の運営に関する事項の実施管理とその実施状況の検証結果に基づく企画立案調査分析を一体的に行う業務」に、みなし労働時間制度である企画業務型裁量労働制を拡大

の二つが柱になっています。(2)の裁量労働制は実際に何時間働いてもあらかじめ決められた労働時間働いたものとみなす制度なので、半ば労働時間規制の除外制度です。

事実と異なる報道

一番酷いのはNHKです。冒頭から「働いた時間ではなく成果で報酬を決める新たな労働制度」と報道しますが、今回の建議に、成果で報酬を決めるための規定は一つもありません。(1)について言えば年俸1075万円の固定給でも導入可能です。また、時給制で年間の最低保障給を1075万円とする賃金体系でも導入可能です。時間で報酬を決める制度ですら導入可能なのです。(2)について言えば最低賃金の時給制労働者でも理屈上は導入可能です。賃金額も給与体系も関係ありませんね。一方、今の労基法の下でも、成果賃金は多くの事業所で取り入れられています。時給制ではなく賃金と労働時間が直接リンクしない月給制で働いている労働者の方がむしろ多いのではないでしょうか。

また、「一般の労働者」などという書きぶりも酷い。エグゼンプション制度の対象外の労働者が「一般」だと、対象となる労働者はまるで「特殊」な労働者みたいになってしまいます。労働者の分断です。そして、裁量労働制のうち、最も定義が曖昧で、従って濫用に危険性もある上記bについて何も触れていません。

日経新聞も酷いですね。「脱時間給」。しかし日経新聞が例としてあげる金融や商社に勤務する労働者で時間給の人なんかほとんどいないはずです。そして、裁量労働制の拡大には触れない。

共同通信の配信記事が酷いため、地方紙の紙面も酷くなっています。今朝の京都新聞は一面に大きな文字で「成果で賃金」と書いてあって、筆者はのけぞりました。

マシなのは朝日、ついで毎日

一方、見出しで実際の建議の中核部分の一部をかろうじて捉えているのは朝日新聞だと思います。文中も政府の宣伝文句をひと言も取り上げていません。(1)について建議されたのは労働基準法の労働時間規制の除外制度であり、日本の労働時間規制が民事的には残業代の支払いと一体になっている以上、朝日新聞の「残業代ゼロ」という言い方は建議の本質の一端を捉えています。ただ(2)については表面をなでるだけでかつbには触れない内容になっています。

また、毎日新聞は、見出しが政府宣伝の垂れ流しであるため点数が大きく下がりますが、(1)(2)の制度の本質的な問題である、長時間労働が労働者の健康と命をむしばむ点について言及しており、ここは好感が持てます。朝日がこの点に言及しなかったのは残念ですね。

読売新聞は昨日以降の記事をネットで発見できなかったので言及しませんが、過去の記事を読むと、日経等同様の「脱時間給」という見出しを使っています。

労働時間規制も残業代も命の問題なのだ

もともと(1)の法案は「ホワイトカラーエグゼンプション」と言われており、横文字で分かりにくいなら、「労働時間規制除外」などと的確に報道することも可能です。ほとんど一片の真実も含まれていない「時間ではなく成果で賃金」などという政府の宣伝文句を垂れ流すのでは報道機関としての役割を果たしているとは言えないはずです。客観報道が大事だというなら、政府がいう「時間ではなく成果」「高度プロフェッショナル」などの謳い文句が制度の実態とずれていることを客観的に報道すべきです。

また、(2)については、年収要件すらなく、現在でもシステムエンジニアという名のプログラマーなど、脱法的に導入されている疑いがあります。営業職や、新聞記事に書けないくらい定義づけすら漠然とした業務に導入可能となれば、その周辺で、無数の脱法的な制度導入が起こる可能性があります。この点について報道機関が言及しなかったり、表面的なことしか報道しないのは、それ自体が政府のおとり作戦に引っかかっているように見えます。

労働時間規制のエグゼンプション制度の問題点については、ブラック企業対策弁護団が昨日発表した特設サイト「ブラック法案によろしく」が一番分かりやすいと思います。佐藤秀峰「ブラックジャックによろしく」の漫画のコマを二次利用したものですが、説明部分は読まず、漫画部分だけ読んでも読み応えがありますよ。

このサイトの最後にも出てくる言葉を引用すると「残業代は長時間労働のブレーキだ!それが無くなれば一体何が起きる?これは単なる金の問題ではない 命の問題だ!」。そう、残業代ゼロ法案は、長時間労働の歯止めをなくし、過労死を促進する命の問題なのです。まだ、実際の法案提出までは時間があるようなので、報道機関の報道姿勢を含めて、ガンガン追及していく必要があると思います。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

渡辺輝人の最近の記事